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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第一話 1年目 春 四月
4/196

一章 最後の依頼(4)


                      2

 

 一九時五十五分、JR神戸駅前のロータリーに入ると約束の待ち合わせ場所、メトロ神戸からの上がりエスカレーターの前に依頼人の一人、もしくは荷物の一つが佇んでいるのを目にした。

 学校から直接ここに来たのであろうか、携帯で受け取った写真同様、黒髪のポニーテールと薄茶色のブレザー、チェックのスカートといった出で立ちの少女が所在無げに立っている。

 ただ、左手首の赤い時計は彼女に似合わず大振りで、若い頃にチンピラがナックル代わりに似たようなものを使っていた事を思い出した。

 通り過ぎる者が何人か気にしたように彼女を振り返るのは、その整った顔立ちが「可愛い」より「綺麗」と形容されるものだからだろうか。しかし、あまり目立っても困るのだが。

 残り二人の所在を気にしながら俺は207SWを彼女の傍らに止めた。

 ロータリーの周囲にそれらしい人影は無し、となると、まだ地下街をうろついているのか、それとも娘に近寄る者をエスカレーターの下から見張っているのか。

 左手首に巻いた黒縁の自動巻き時計の時刻を確認した。十九時五十七分、アメリカの時計メーカー、ハルミトンの作るこの腕時計が狂っていない限り、そろそら姿を見せて良い頃合いだが。

 俺は車を降り、少女の前に歩を進めた。

 プジョーには何があってもすぐに乗り込めるようドアをロックしないでおく。ただ盗まれないように車のリモコンキーには指を添えて注意しておこう。

 少女は近寄ってくる気配を感じ取ったのであろうか、視線を上げ俺の姿が目に入ると僅かに怯えたように表情を強張らせる。

 うむ、何かまずい事でもやってしまったのか。黒の背広と黒ネクタイ。サングラスの組み合わせは、別におかしい組み合わせではないと思うが。ここはひとつ、何か気の利いた小話でもするべきか。いや、何も思い浮かばない。

 黙っている俺を警戒したのだろう、少女は持っていた革製の鞄を胸前に構えて僅かに後退った。そのまま下がると、エスカレーターを上がってくる通行人にぶつかるか、もし通行人が避けてくれたとしても、エスカレーターを踏み外して、池田屋事件の勤王の志士のごとく階段を転げ落ちるのではないか。それを懸念した俺はひとまず彼女に名乗りを上げることにした。

「運び屋だ。御両親はどこにいる?」

 我ながら芸のない自己紹介だが、奇をてらって通行人に警察へ通報されても困るので、まあ無難な選択だろう。

 少女は俺の顔を暫く見つめた後、小型のオウム科、確かセキセイインコといったか、その鳥のように不意に背後のエスカレーターを振り返った。いや背後の地下街を覗き込んだというべきか。

 上から見えにくいエスカレーター脇の死角から、一組の男女が姿を現してエスカレーターで地上に上がってきた。

 俺と会う直前まで身を隠していたのか、何か追いつめられているのか、彼等依頼人夫婦は穴から這い出てきたネズミのように辺りを見回しており、早くここを離れたいようだ。

 娘であろう少女を見張りに立たせるのは、親としてはどうかと思ったが、子を見捨てる親など、この業界では別に珍しくもないことに気づき、俺はこの仕事が僅かに嫌になった。

 さっさと済ませようと俺は「ついて来い」と車を顎で示して、三人に背を向ける。

「乗れ」

 三人は小走りで207SWに駆け寄り、車内に滑り込むように乗り込んだ。

 男が助手席に、母親らしき女が俺の背後、右後部座席に腰掛け、少女は左後部座席に背筋を伸ばして腰掛けた。隣に腰掛けた男の整髪料と女の化粧品の臭いが混ざり合わさって、俺の仕事への意欲を更に萎えさせる。

 俺は運転席のドアの収納スペースから、バインダーに挟まれた紙束を取出し、一番上の用紙に今、現在の207SWの走行距離を書き込んで今回の荷物である男に突きつけた。

「名乗る必要はない。俺のことはブレードと呼べばいい。これが契約書だ。依頼内容に当てはまる項目をチェックしてくれ」

 男は何か不思議な生き物を見る目で俺を見返した。ひょっとしたら、こんな仕事で契約書があるとは予想していなかったかもしれない。

「支払うべき料金が解らなければ困るだろう。それに俺は、その契約書の仕事以外に指一本動かす気は無い」

 余計な事をして仕事を失敗するより、決められたルールを順守して仕事を完遂することがプロだと俺は、そう認識している。

「速度は法定速度のプラス一〇キロ迄、休憩は一時間半毎に一回、手頃なコンビニかサービスエリアで取る。現地到着で報酬を支払うこと。報酬は現金しか受け取らない。いいな? 契約書に書き込んだらこのインクで、契約者の欄に拇印を押してくれ。」

「わ、解った」

 親爺は俺の早口の説明に呑まれたのか、ようよう答えて俺に契約書を返した。契約書に書き洩らしもなく問題は無かった。後は円滑に荷物を目的地に運ぶだけだ。

 二〇時四分、JR神戸駅出発。取り敢えず京橋で阪神高速道路に上がって、名神高速道の吹田ジャンクションで中国道に乗り換えるルートを行くことにする。早いかもしれないが吹田SAで休憩を取っておくか。その次は岸和田SA(サービスエリア)で休憩を取ることにしよう。

「なあ、あんた」

 俺が岸和田SAの名物料理、「伝説のタコちゃんぽん」を帰りには絶対に食べてやろうと固く決心していると、助手席の親爺が話しかけてきた。

 まさか晩飯を俺に奢らせるつもりじゃないだろうな。

 警戒した俺がしかめっ面を向けると、親爺は根性の曲がった愛玩犬のような小さい目に愛想笑いをうかべた。

「あんた、この仕事は長いのか。儲かるのだろ」

 儲かっていればこんな仕事についていない事を、俺はこの親爺に延々と説明しなければならないのか。それとも「テレビ公開捜査スペシャル」や「行方不明者を探せ」に出て来る依頼者の様にハンカチで鼻と口を覆って、涙ながらにどれだけこの仕事で苦労してきたのかを訴えなければならないのか。いや、そんな事は無い筈だ。

「運転中に話しかけない方がいい」

 前を向き直り静かに語りかけると、親爺は何か言い返そうとしたが後部座席の女に肩を軽く叩かれ押し黙った。少女はつまらなさそうに窓の外の景色を眺めている。

 京橋の阪神高速道入口に到着する。俺は一般レーンの脇に設置された券売機から通行権を抜き取る。

 この車はETCを付けていない。というのも俺は「いつもニコニコ現金払い」をモットーとしており、依頼人のクレジットカード払いや口座振り込みを拒否している。

 報酬が本当に払い込まれているかすぐに解らないこともあるが、単に銀行や郵便局に出向いて引き落とすのが、非常に面倒臭いだけなのだ。

 しかし、と俺はバックミラーで女と少女、そして隣の親爺を観察した。先程から、この三人はちっとも言葉を交わしておらず、どこか余所余所しい雰囲気が漂っている。

 今の家族はこんなもので、親子の会話というものは全然無いものなのか。それとも運び屋の車内だから緊張して喋らないのか。

 まあ、親しげに三方向から話し掛けられて、肩を叩かれた挙句に馬鹿騒ぎされるよりは運転に集中出来て有難いのだが、不自然に空気が重い感じがするのだ。

 まあ、俺は自分の親爺と仲良く会話したことすら無いから解らんが。

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