二章 女傑理事と金髪の小悪魔(6)
俺は気を取り直して207SWのドアを開けた。湖乃波君も助手席側に乗り込む。
そうだ、言い忘れるところだった。
「湖乃波君、今日は面倒を掛けた。済まない」
湖乃波君は黙って左右に首を振った。怒ってないのだろうか。
「今日は……来てくれただけで、その、良かったから」
「……そうか」
俺はエンジンを掛けて学校を後にした。
馴れない保護者役に疲れたのだろうか、肩に軽い疲労を感じる。
そう言えば川田教諭は、湖乃波君がいつも独りで居ると言ってなかったか。
彼女が積極的に人と係わるタイプではない事は解っているが、少なくとも一人ぐらい友達がいると思うのだが。別のクラスで時間が合わないとかそんな理由かもしれない。
「なあ、湖乃波君。今、クラスで親しくしている友達とか居ないのか。居なければ他のクラスにいるとか」
俺の問い掛けに湖乃波君は暫く黙って俺の横顔を見つめていたが、黙って首を左右に振った。
うーむ、一人が好きなのか。他人が煩わしいとか。
「面倒臭いってことかな?」
また左右に首を振る。
成程、学生時代の俺は酷く他人と接するのが面倒臭くて仕方がなかったから、同じかと思ったのだが。
「理由は何か、聞いてもいいか?」
暫く湖乃波君はうつむいていたが、俺になら話して良いと思ってくれたのか暫くしてから口を開いた。
「去年迄だけど、友達程親しくはなってなかったけど、話しかけてくるクラスメイトはいたよ。ママが逝った時も、心配して電話をしてくれた子もいたの。でもね」
湖乃波君は一旦、そこで言葉を切った。俺は黙って彼女が再び口を開くのを待ち続けた。
「ママが亡くなって、すぐ叔父が保護者になっってから、少しづづクラスの子が話し掛けてこなくなって、二年の冬には私を無視するようになってたんだ。……理由は、解るよね」
「ああ、副担の言った通りなんだな」
俺の内心の怒りが伝わったのか、ハンドルがミシリと音を立てる。
俺に尋ねた時の湖乃波君の弱々しい笑みが、中学生にそんな笑みを浮かべさせる現実がとても痛かった。
「でもね、私がみんなに話せなくなったのは、みんなに無視されたからじゃないの」
「?」
「ママが亡くなって一人になった時、叔父と暮らすことになった時、いろんな人が私に声を掛けてきてくれたよ。心配してくれてるのは解る、けど、ママがいなくなって可哀想って、叔父に引き取られて可哀想って。じゃあ、どうするんですか、どうすればいいのって、私は声を掛けられる毎に傷ついてたんだ」
俺は何も言えない。
俺に属する世界では、そんな叫びにいちいち耳を貸していては生き残れない。自分が生きることに精一杯の者に弱者を助ける余裕などない。
この子に声を掛けて同情した者達は、救いたくても救う術を持たなかったのか。それとも単に心配している善人のアピールをして厄介事に関わり合いたくなかったのか。
俺にも湖乃波君を救うことは出来ないだろう。
そんな術など持ち合わせていない。ただ契約で彼女の面倒を見ているだけだ。
「そんな時、私は私が気付かずに、クラスメイトや知り合った人を言葉で傷付けたことはなかったのかなって思ったら、怖くて誰とも話し掛けれなくなったの。どう話していいのか、本当に解らなくなって」
傷付いたから、誰かを傷付けるかもしれない事が怖い、か。だから、誰とも距離を取りたがるのだろう。
昔、失う事が怖くて誰とも関わりを持たないと誓ってしまった子供がいたが、それと同じなのか。
結局、その子供は関わり合いを断っても、大事なものを失い続けたが。
「で、どうする?」
「え?」
「明日はものすごーく押しが強そうな子と、一日中一緒に居るんだが。会話も無く済ますことは不可能と思うのだが」
「う、うん」
湖乃波君は困ったように眉を寄せた。
さて、何かいい方法があるかどうか、明日の朝までに湖乃波君と案を練ってみよう。
その時、じっと何かを考え込んでいた湖乃波君が顔を上げた。妙案が浮かんだのかもしれない。
「トー〇ーストア、午後六時から八時までの見切り品処分セール。急いで」
「……」
取り敢えず晩飯を先に済ませるってことで。




