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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第二話 1年目 春 五月
29/196

一章 そういえば俺は保護者だった(4)

 暫くすると授業の終わりを知らせたと思われるチャイムが鳴り響き、校内が騒然とするのが感じられた。

 詰め所の警備員は受話器を取り上げて、電話機の並ぶボタンのひとつを押した。校舎から一般的なピンポンパンポーンと御知らせコールが鳴り響いてくる。

「中等部三年の野島湖乃波様、野島湖乃波様。お父さんを裏門の警備員詰め所でお預かりしています。至急、お迎えお願い致します」

「俺は迷子か!」

 なんて放送するんだ。恥ずかしいだろうが。

 警備員に抗議しようとした俺の視界に、校舎の昇降口から飛び出した人影が、陸上競技会の百メートル走選手のごとく猛スピードで裏門に向かって来るのが見えた。

 その後頭部で揺れる黒髪のポニーテールから、その人影が誰であるか俺には容易に想像出来る。

 そうか、湖乃波君って、けっこう足が速かったんだ。それと、あまり前傾姿勢で走ると後ろからスカートの中が見ちゃうぞ。

 湖乃波君は警備員詰所の前で滑り込むように駆け込むと、詰所と門番の警備員にすみません、すみません、と二度頭を下げた。いや彼等は職務で当然のことをしたまでだよ。

 荒い息を吐いている湖乃波君をリラックスさせる為、取り敢えず裏門に隔てられたまま、俺は朝に会ったばかりだが、左手を軽く上げて友好の挨拶を送った。

「よっ」

「――」

 なんでそんなに迷惑そうに睨むのかな、この子は。僕はせっかく来たのに悲しいじゃないか。挨拶の仕方を間違えたのかな。

 じゃ、此処はひとつ、保護者としての親愛を込めて。

「湖乃波君、パパだよ」

 湖乃波君は聞こえなかったかのように俺に背を向けて歩き出した。ま、待った。校舎に帰らないで。

「おーい、見捨てないでくれー。このままでは俺、不審者にされちゃうんだぞ」

 湖乃波君は心底嫌そうに、肩ごしに振り返った。美少女だけにその冷めた視線が一層冷やかに見える。

「あー、その、この人は君の保護者で間違いないね」

 門番が何故か間を取り繕う様な愛想笑いを浮かべて俺を手で示した。その顔には、この少女の保護者であった欲しくない、といった意思が表れている様で何となく面白くない。

「………はい」

 湖乃波君、間を置くほど考え込んじゃ駄目だよ。

 門番が残念そうに裏門の開閉ボタンを押すと、あっさりと門が開き、俺はようやく校舎内にへ入れるようになった。えらく時間を食ったもんだ。

「出迎えご苦労様」

 俺は湖乃波君に労いの言葉を掛けたが、湖乃波君はそれを無視するかのように足早に校舎へ歩き出す。

 やれやれ、俺も子供の頃、三者面談は恥ずかしかったよな、と昔の記憶を彼女に投影する。

 湖乃波君は靴箱の並んだ昇降口の右隣にある来客受付を指差して、俺を睨み付けた。

「あそこで、指示に従って。私は、鞄を取ってくる」

 まだ、怒っているらしい。直ぐに背を向けると足早に廊下の奥へと消えた。

 やれやれ、子供だよな。俺は苦笑しつつ受付の窓口に座った女性に目を向ける。ふむ、これは中々。

 俺は少々乱れた髪を後ろに撫で付けてから、ゆっくりとした歩調で窓口に近付く。俺の気配に気づいた受付嬢は顔を上げて俺を視界に捉えると一瞬、警戒の表情を浮かべた。

 黒の上下の背広にサングラスで癖毛をオールバックに撫で付けた人間は、こうも警戒されるべきなのか。世間の感覚に疑問を抱いてしまう。

 俺は受付嬢が口を開くより早く、俺は用件を口にした。

「今日、三者面談に伺いました野島湖乃波の保護者で、」

「はい、警備の者から聞いております。ここを入ってから、右手に曲がると職員室の隣に階段があります。それを四階まで上がって渡り廊下を右に曲がり、第二面談室の前でお待ちください」

 俺の皆まで言わせず、受付嬢は三者面談の場所を説明した。俺について、あの詰所の警備員はどう説明したのか、非常に気になるのだが。俺は受付嬢の顔を覗き込むように身を屈めた。

「ところで、君はあの放送を聴いたのかな」

「あの、放送ですか」

 受付嬢は何かを思い出すように視線を上に向け、そのピンクのルージュを引いたぷっくりとした唇の端が僅かに吊り上がる。どうやら笑いを堪えているらしい。

「やっぱり。困ったな、これは校内の笑い者だぞ。担任にどんな顔をして会えばいいのか」

 俺はサングラスを外して、眉間に人差し指を当て、とても困ったとポーズを作って見せた。

「それはそうですけど、野島さん、あ、お子さんですけど、その子の方がとても恥ずかしいんじゃないでしょうか」

「……ですよね。迎えに来た時、一言も喋りませんでしたから。三者面談が怖いな」

 うーむと悩む俺の姿が滑稽だったのか、受付嬢はアーモンド形の瞳を面白そうに細めて口に手を当てた。卵型の鼻筋の通った顔といい、天然だろうか、やや玉ねぎ色に近いセミロングの髪といい、服もクリーム色のカーディガンと彼女の柔らかそうな雰囲気にぴったりでセンスの良さを感じさせる。よし、来てよかった。

「保護者の務めですよ。頑張って下さい」

「はは、頑張ります」

 俺は受付窓口の向こうにある時計を目にした。いかん、遅刻してしまう。

「案内有難う御座います。それでは行ってきます」

「はい、頑張って下さい」

 これだけで俺はいい気分になるものだから、俺って単純だよな。まあ、ハードボイルドには美人は付き物だから別にいいよな。


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