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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第二話 1年目 春 五月
28/196

一章 そういえば俺は保護者だった(3)

                      2


 そして、待望の金曜日、俺は湖乃波君の通う私立中学へ向かって愛車プジョー207SWを駆っていた。

 勿論、午前中から念入りに洗車した上、車内もスプレー式消毒消臭剤で掃除済みである。

 運び屋である者、車は仕事道具ではなくもう一人の自分と思え。うん、いい格言だ。座右の銘としておこう。

 今朝、湖乃波君は俺に時間に遅れないでと念を押していたが、見くびられては困る。運び屋が約束の時間に遅れることは決して無い! 

 現に俺は六十五号線を予定より三十分以上早く通過しているぞ。この調子でとっとと三者面談を終わらせて、いや、あまりあっさりと終らせては印象に残らない。ここは頼れる保護者をアピールするべきではないのか。

 まず、授業料の割引は効かないのか、という質問はやめにしておこう。本当はそれが一番大事なのだが、今日はグッと我慢だ。

 それから、俺の職業は運び屋ではなく運送業としておこう。いや、その言い方だとトラックの運ちゃんになるのでショーファーですとでも言っておこうか。

 そして我が家の教育方針は「駄目で元々」いや違うな。

「明日には明日の風が吹く」これも何となく違うな。

「蓼食う虫も好き好き」もっと違うな。

「当たって(くじ)けろ」挫けてどうする。

 いい案が浮かばないので後日検討としよう。

大切なのは被保護者とのスキンシップ。うーん、言い方を間違えると警察を呼ばれそうだから注意して発言しよう。

 取り敢えず、叔父から預かっている大切な子なので、御姫様のように扱っています。まあ、実際は料理や掃除をさせているが、これは許容範囲ってことでひとつ。

 よし、担任に対するアピールは十分だ。あとは、何時もの様に湖乃波君が黙っていてくれればOK。

 神戸女子大須磨キャンパスの脇を通り抜けた。もうじき湖乃波君の通う中学校へ辿り着く。

 湖乃波君は中高一貫制の学校に通っており、そこは女子校でもあるらしい。

 普通、俺達の世代では、中高一貫制の女子校というのは勉強などせずに高校を遊んで卒業したい女性とが選ぶところというイメージが強い。が、この学校はそうでなく、中学生から英語やフランス語を中心とした外国語の授業に力を入れており、高校生となると語学研修や外国語での弁論大会に出場するらしい。

 その為か授業料は当然、公立と比較にならないほど高く、湖乃波君から学校の授業料についての資料を受け取ったとき、冗談だろうと天を仰いだほどだ。

 高倉台七丁目の校門から校内の駐車場に入った。

 見渡すと私立だからか、それとも帰国子女が多いからなのか駐車場に停めている車両も国際色豊かだったりする。

 ルノー、フォルクスワーゲン、フィアットなどの大衆車からベンツ、ポルシェ、お、跳ね馬のエンブレムが目を引くフェラーリまである。セレブか? セレブがいるのか? 知り合いになったら運転させてもらえるのだろうか。

 駐車場から校舎に通じる通路は裏門でさえぎられ、その脇の警備員詰め所の前に警備員らしい門番が、筋骨隆々たる身体を誇るかのように胸を張って立っていた。

 女子校だから警備にも力を入れているのか、その門番と警備員詰め所内にいるもう一人の男は、出来れば夜道では会いたくない類の容姿と体格だ。抑止力効果というやつだろうか。

 まあ、俺は三者面談に来た保護者だから怪しくも何とも無いぞ、と門番の前を通り過ぎて裏門の取手に手をかける。

「ちょっと待ってください」

背後から門番に声を掛けられる。

 俺が背後の門番に目をやると、彼は困ったような愛想笑いを浮かべて詰め所の前に置かれた用紙の束を手で示した。

「校内に入る前に、来校の御用件をこの紙に書き込んで下さい」

 なるほど、日付と時間、名前と目的を記入する欄があり、その下には面会者のサインとかかれた四角い枠がある。

 俺は目的欄にデートのお誘いと書こうか、などと不埒な考えが頭の中を過ぎったが、こんな場所でひと悶着起こしても何の特にもならないので素直に三者面談と用紙に記入した。それぐらいの良識は俺にもあるさ。

 門番は俺から用紙を受け取って目を通すと、すまなそうに用紙を俺の前に差し出した。

「?」

「済みません、お子さんの学年とクラスも記入して下さい」

「……」

 だんだん面倒臭くなってきたぞ。

 俺は用紙を受け取り、警備員詰め所の台に再び向き直る。

野島(のじま) 湖乃波(このは)、と、湖乃波君の氏名と学年、中学三年、クラスは、クラス、クラスと。

 用紙へ記入する手を止めた俺に、詰め所の警備員が僅かに腰を上げて用紙を覗き込んできた。

「どうしました?」

 門番も俺の背後から用紙を覗き込んでくる。

「ふむ」

 俺はそういえば大事なことを聞き逃していたなと我ながら呆れた。

「いや、娘のクラスは三年の何組だったかな?」

 俺の答えに門番と詰め所の警備員は互いに視線を交わすと俺を見返した。二人とも俺に対して僅かな不信感が目に浮かんでいる。

 おいおい勘違いしちゃ困るよ。ほんとに俺は保護者だよ。

「あー、済まない。野島湖乃波って中等部三年生の子のクラスを教えてくれないか」

 俺はサングラスを外しながら、情けなさとかっこ悪さを覆い隠して友好的な笑みを浮かべて警備員達にお願いした。怪しい者じゃないアピールをしたのだ。

「私共から生徒のプライバシーをお答えすることは出来ません」

ドケチッと横を向いて聞こえないよう毒つく。

 さて一刻一刻と面談の時間は近づいてくる。

「クラスの担任は誰か分かりますか?」

 詰め所の警備員の質問に俺は視線を宙に向け、掌を肩の高さまで上げた。

「お手上げですな」

 俺の答えに門番は一瞬険を込めた視線を向けてきたが、職務を優先したのか、ため息を吐いてから仕方なさそうに用紙を受け取った。

「あと十五分ほどでホームルームが終わりますから、取り敢えず生徒に確認してから、此処に迎えに来てもらいます。いいですね」

「OK、OK」

 俺は右手でOKサインを作り警備員に同意した。

 それしか確認方法が無ければ従うしかないじゃないか。

 仕方がないので黒背広の右内懐ポケットから愛飲している煙草【ワイルドカード】を取り出して一服しようと口に咥えた。もう一度右内懐ポケットに手を突っ込んでオイルライターを取り出す。

 愛用していたバーナーライターは、先月に簡易発火装置として使用した折にお亡くなりになったので、今は予備のオイルライターを代用している。

 このオイルライターは本体前側のトリガーを押し込むと火が付くギミックが好きなのだが、火を付けた際のオイルの燃える匂いがワイルドカードの微かな甘い香りを打ち消してしまうのが不満なのだ。

 火を付けて肺に煙草の香りを送り込む。

「すみません、校内は禁煙なんですよ」

「……」

 門番の注意に、殆ど燃えずに残っている煙草をもみ消す。

 愛煙家ではないが、近頃煙草を吸える場所がどんどん減らされていることに閉口する。

 こんなんじゃ日本のハードボイルドから、かっこいいタバコの吸い方が消えるのではないか。ダジールハメットやハンフリーボガード、アランドロンの魅せてきた男の美学が半減するのではないか。

 今の世の中、有識者の方々は、煙草を吸う描写がある映画は見ているものに悪影響を与えるから年齢制限しましょうと言ってくる。

 じゃあ何かい? 煙草は猥褻物同然かい? 十八ッ歳未満お断りなのか。松田優作や舘ひろし、チョウ・ユンファの顔にはモザイクが掛かっているのか。俺はそんな映画見てもちっとも楽しめないね。

 勿体ないので、揉み消されてくねくねになったワイルドカードを咥えて我慢する。

 吸ってないぞ、咥えているだけだからな。ふん。

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