三章 隠れ家での一夜(6)
数分後に朝食を終え、一息ついてこれからどうするか考える。
考えると言っても後は帰るだけなんだが、そうなると、ある決断を下すことを迫まれる。
つまり、少女を見捨てるのか、それとも何とかするのか。
見捨てるのは簡単だ。街に出て車から放り出せばよい。後は野となれ山となれ。俺が悩むことではない。
無いのだが困ったことに、それが出来ていない。我ながら情けなくもあるが、そんな決断が下せない。
相手がやくざや運びの仕事相手だと何時もビジネスライクに徹して切り捨ててきたが、それ以外となると、特に女性(美人限定!)や子供が関わると非情な決断が出来ずにずるずると関わってしまう。
ようやく三年にも渡る関係を清算して自由を謳歌しようというのに、また、俺は、懲りずに関わろうとするのか。
回収屋の竜胆にも聞かれたが、あの少女を助ける理由が俺には無い。ただ、そう動いてしまった。俺にはそうとしか答えられないのだ。
少女と宮様はくつろいでテレビを見ている。二人ともテレビの前に正座をしているのが、何となく微笑ましい。
如何やら南紀白浜の動物園で生まれたパンダの双子について名前を募集していたようだ。パンダの名前だとランランとカンカンだったかなとぼんやり考えた。うん、逃避しても仕方が無いのでそろそろ此処を出るか。
「宮様。そろそろ此処を出るよ。君、出るから支度して」
少女に外に出る支度をするように促して、俺も宮様からジャケットを受け取り、袖を通し乍ら気持ちを切り替える。
数分後、表門まで俺達を見送ってくれた宮様に俺は向き直って一礼した。少女も「有り難う御座いました」と頭を下げる。
「済まないね、宮様。休んでいるところに訳も話さず転がり込んで。いろいろ迷惑をかけた」
「とんでもない事で御座います。私の方こそ楽しゅうございました」
宮様は見上げる少女に目を合わせて微笑みかけた。
「何時も年配の方々に御眼に掛かる事ばかりで、可愛らしい子と過ごすのは久し振りなんです。私の方こそお礼を申し上げたいくらいですよ」
少女は赤くなって顔を伏せた。その黒髪の上を宮様が優しく撫でた。
「御迷惑でなければ、ぜひまた、私の話し相手にいらして下さい。それと、大変でしょうけど頑張って下さい」
「はい」
少女の返事に宮様は満足そうに頷いた。
彼女の言葉は、この宿の女主人として過ごしてきた彼女の社交辞令かも知れないが、少女に何らかの力を与えた様に俺は感じられた。
俺は207SWに乗り込みエンジンを始動させる。少女はもう一度、宮様にぺこりと頭を下げるとプジョーの助手席に乗り込んだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
207SWが走り出すと少女は助手席のパワーウインドを下げて僅かに車外へ顔を突出し後ろを振り返る。車内に吹き込む風に、ポニーテールに結わえられた長い髪が波打つ。
「ほんとうに、有り難う御座いました」
少女の声が宮様に届いたかどうか解らないが、宮様は207SWが山道を曲がりバックミラーから見えなくなるまで表門で手を振ってくれた。
少女は助手席のパワーウィンドを閉めると前に向き直り深々と助手席のシートにもたれかかった。
「綺麗で、いい人ですね」
「いい人かどうか解らないが、美人だな」
少女の呟きは答えを求めていなかったのかもしれないが、俺は素直に返答した。
「………」
「………」
どうやらピントの外れた答えだったらしい。
「まあ、なんだ。これから先、君が挫けそうになった時、世の中には私を応援してくれた人がいたんだと思い出せば、少しは力になるかもな」
少女が俺を意外そうに見ているのが解った。まあ、そうだろう。誰かを励ますなど俺らしくないのは、俺が一番よく知っている。




