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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第一話 1年目 春 四月
2/196

一章 最後の依頼(2)

「あーっ、こちら運び屋」

「ブレード」

 我ながら面倒臭そうに間延びした応対に対して、携帯電話からは若い男の声で俺の通り名を呼んだ。

「残念だったな。俺以外の奴が携帯に出てほしかったか」

「冗談言わんで下さい。仕事の連絡ですよ」

 僕の軽口に対して、仕事の斡旋から情報の収集といった窓口業務や雑務を引き受けてくれている若いハッカーは尻上りの口調で反論した。

 相方とはお互いパソコンが趣味だからだろうか、よく連絡を取り合っていた。

「ご苦労様、いつものように情報は携帯に入れてくれ」

 何時もの様に指示を出すと、携帯から僅かに躊躇(ためら)う様な気配が伝わってきた。

「……」

 相手が何を言いたいのか薄々感づいている俺は、敢えて無視を決め込んで仕事の話を進める。

「今夜二十時、メトロ神戸からJR神戸駅前に繋がる上りエスカレーターの前に待ち合わせだったな。荷物は三人で間違いないな。何時もの様に待ち合わせ時刻から五分過ぎると依頼はキャンセルさせてもらうぞ」

「解ってますよ。依頼人を含む三人を指示された場所へ運ぶこと。報酬は現地到着。依頼達成後に現金で受け取って下さい。依頼人の顔写真と目的地は、いつもの通りメールで携帯に届けておきますから。でも、本当にこれを最後の仕事にするんですか」

 情報屋は我慢出来なくなったようで、躊躇いがちに小さな声で尋ねてくる。

「ああ、きれいさっぱり足を洗うよ。運び屋を続ける理由も無いからな」

 元々、相方の目的を果たすために始めた裏稼業だ。彼女が目的を達してこの町を出た以上、俺にこの仕事を続ける理由はなかった。

「やっぱり俺は、裏稼業に向いていない。コンビニのレジ打ちでもして糊口(ここう)をしのぐさ」

「そうですか? 全然似合いませんけど」

 俺は無言で通話を切った。

 人の新生活への門出を祝おうという気持ちは、持ち合わせていないのだろうか。そんな態度に出られても絶縁状を叩き付けない俺は、なんて心が広いのだろうか。

 短く二度、手に持った携帯電話から着信音が響く。今回の依頼内容を受信したようだ。                                  

 最後の仕事だから、多少仕事の質に期待しないでもない。出来れば運ぶ三人は二十八歳以上、四十歳以下の美女なら文句は無いのだが。携帯の小さいボタンに苦労しつつメールに添付されたファイルを開く。

「開けゴマ」

 月並みな解放の呪文を唱えて情報を確認する。

「……」

 親爺だ。

 安っぽい背広を着た四十前半の親爺の、ベンチに腰掛けて新聞を広げている写真が表示される。

 つまらなさそうなしかめっ面から、どうせ新聞はデイリー何とかの競馬新聞で、万馬券を買ったけど見事に外れて素寒貧(すかんぴん)になったのであろう。そうに決まっている。

 しかし、最後の仕事ぐらい(はな)を求めても罰は当たらないと思うのだが。

 出来るなら依頼の完遂した後で、依頼人に気に入られて地の果てまで愛の逃避行といった展開を夢見させてくれないのか。

 それよりこの依頼はキャンセル出来ないのか? 

 萎えていく仕事への意欲を自覚しながら、俺は携帯に開いていないファイルが二つあるに気が付いた。

 そういえば依頼は三人を運ぶんだったよな。

 僅かな希望を親指に込めて、俺は残るファイルの一つをクリックした。

 今度は女性だった。まあ、人によっては美人という者もいるだろう。俺は言わないが。

 歳は先程の親爺より少し若い程度の、派手な化粧の女だった。

 肌の色の白さはファンデーションではなくパテで顔を覆っているように見える。またアイシャドーは歌舞伎の隈取りのように切れ長の目尻を強調しており、彼女の遠い親戚(しんせき)は御姫様に毒のリンゴを食べさせるのが趣味なのだろうかと考えなくともよい疑問が頭の中をよぎった。

 また黒光りする何かの皮で出来たハンドバックと、両手首の金のブレスレットが彼女の金銭感覚を物語っているようで、出来るなら知り合いになりたくない部類の女性だ。

 最後のファイルを半ばあきらめて開いてみる。

 こちらも女性だった。ただし十年程経たなければならないが。

 電車の中で隠し撮りされたのだろうか、少し下から写された染めていない黒髪のポニーテールと薄い茶色のブレザーに黒と赤のチェックの入ったスカートは俗にいう女学生だろう。

 整った左右対称に見える目鼻立ちのせいで、どこか冷めきっているように見えなくもないが街を歩いていれば目立つ部類の美少女だ。

 周りの大人の背と比較すると百四十から百五十センチぐらい、中学生だろうか。ま、マニア受けするかもしれない。俺は御免だが。

 依頼はこの三人を明日の午前十時、和歌山県田辺市近露王子の傍まで送り届けること。近場である近畿圏内にしては時間に余裕がある。

 夜中に移動するのに、観光する訳でもないし、途中のサービスエリアで車中泊でもするつもりだろうか。

 借金の夜逃げか、それとも何かに巻き込まれたか、理由はどうでもいいが、出来れば安全に仕事を進めたいものだ。

 俺は基本的に依頼人の受取人の名前と運ぶ理由を聞かない。ただ運ぶべき荷物の種類、内容に関しては必ず明かして貰う様にしている。その内容により、車両の操縦の質、目的地までの道順、予想されるべき障害の推測を行う。

 後は報酬だ。基本料金は物品輸送だと一時間につき三千五百円、今回の様に人畜輸送なら一時間につき四千五百円、プラス燃料費と諸経費だが(宿泊費は滅多なことが無い限り車中泊なので必要無い)荷物が違法なものや輸送中のトラブルが予想されるものは危険輸送として一時間五万円を基本とする。

 今回の場合、依頼人が荷物であり麻薬や火器等の非合法の運びよりも安全だと思うが、何しろ非合法の運び屋を雇うほどだ、十分注意が必要だろう。

 まあ、行ってみれば分かることだ、と俺は黒のジャケットを羽織ってから、レイヴァンのサングラスを掛けた。

 黒いフレームをしたアビエイターだが、僅かに小振りのサイズであり背広の胸ポケットに差し込むことが出来て掛けない時でも邪魔にならない。

 それが嬉しかったのか二個も購入したのは我ながら若い頃は調子に乗っていたんだなとあきれ返る。

 愛車のキーをテーブルの上から拾い上げドアへ向かった。

 仕事の時間まで、まだ時間がある。今の内に野暮用を片付けておこう。

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