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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
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後編 狗狼SIDE(2)

「で、アレクセイ。渡すものがあるからちょっと外へ付き合ってくれるか」

「? 別に構わないが」

 アレクセイは気軽に応じると腰を上げた。

「お、おい、狗狼(くろう)、それ」

 珍しく奥田が切迫した声を上げたのは、俺の手の中にある小箱を目にしたからだろう。

「気にするなよ探偵」

 飄々と答える俺へ探偵は銀縁眼鏡の向こうから睨み付ける様な視線を送って来たが、ふっと肩の力を抜く。

「……全く」

 へっぽこ探偵も腰を上げる。

 俺はへっぽこ探偵とアレクセイを伴って再び屋外に足を運んだ。

「やはり海の風は冷たいな。うちの館も山側にあるから風がきついが此処よりはまだましだ」

 アレクセイは大して寒くもなさそうに神戸港の沖へ視線を向けて呟いた。

「よくこんなところで住めるものだ。君の所の子も大変だろう?」

 アレクセイの問いに俺は肩をすくめた。

「いや、倉庫街だから日中は意外と人通りが多いんだ。駅からそれ程離れていないしな。俺としてはもう少し閑散とした場所に住みたかったんだが」

 しかし閑散とし過ぎて仕事の依頼が来ないのも困るので、妥協して此処に居を構えている。

「それで、渡してくれる物は何だ?」

「これさ」

 アレクセイは俺がアンダースローで放った焦げ茶色の小箱を左手で受け止める。

「前に君は干し肉用の木片(チップ)でローストした煙草の葉を巻いたフレーバー・スモークを喫っていたことを話してくれたな。そいつもローストフレーバーだ。吸ってみろ」

 アレクセイは既に開けられているその小箱から、煙草を一本抜き出すと口に咥えた。

 俺の差し出した右手のバーナーライターがアレクセイの彫りの深い顔を下から照らし出す。

「スパシーバ」

 少し前屈みになって煙草の先に火を付けると、アレクセイは上体を起こして深く息を吸い込んだ。

 おや、とでも言うかのように彼の右眉が僅かに上下した。

「いや、これは、驚いた」

 煙草を親指と人差し指で摘まんで口元から放すと、目を細めて笑みを浮かべる。如何やら満足のする味だったようだ。

「よく似ているな。こんなほろ苦い煙草がこの国で吸えるとは思わなかった」

「キャビン・ローストブレンド。今は販売されていない煙草で、今はウィンストン。キャビン・レッドに切り替わっている。だが、メーカーのウィンストンは味を変えていないとコメントしているが、ほろ苦さが柔らかくなったと酷評する者もいる」

「そうか」

 アレクセイは再びローストブレンドを口に咥え、右手の煙草の箱を指先で弄んでいる。

「箱の色と文字も良いデザインだ」

「このローストブレンドに採用されたCAのロゴデザインは好評で、後に他のキャビンでも採用された」

「なるほど。此奴は貴重な一箱になるわけだ」

 アレクセイは俺にキャビンの箱を投げ返そうと手首を返したが、俺は掌を向けてそれを制した。

「やるよ。俺は一本吸っただけで満足している」

「いいのか? 俺は貰って嬉しいのだが、返せるものなど無いぞ」

「構わんさ。メリークリスマス」

「狗狼!」

 奥田が口を挿むように声を上げたが、俺は問題ないとばかりに手を振る。

「勘違いするな探偵。これはただの煙草なんだ。時の戻る魔法など持ってもいないし、ましてや魂を呼び出す事など出来やしない。それを持ち続けるのはただの感傷だ」

「一番引き摺っている奴が偉そうに。だったらとっとと吸い尽くしてしまえばよかっただろう」

「俺の吸う煙草は決まっているんでね。前の持ち主が文句を言うワケでも無し、有効利用さ」

 俺は黒背広の内ポケットから愛飲する煙草【ワイルドカード】の箱を取り出すと、一本を抜き出して口に咥えた。

 バーナーライターで火を着けると、口腔内に煙と共に甘いコーヒーフレーバーを吸い込む。

 今日は何時もより喫う本数が多いのだが、今日はクリスマス。自分に対する御褒美としよう。

「ワケ有りのようだが、貰っておいた方が良さそうだな」

「ああ、俺が持っていて誰も吸わないまま味が落ちたら、煙草に申し訳ないからな」

 アレクセイは苦笑するとキャビンの箱からもう一本抜き取った。

 再びバーナーライターを近付けて火を着ける。

「……良い煙草だ。元の持ち主は趣味が良かったんだろうな」

「……変わった、女、だった」

 俺の言葉にアレクセイは目を丸くして俺を見返してから煙草へ視線を移す。

「女? 驚いたな」

「ああ、だから変わっているだろ」

「……なる程」

 アレクセイが感心したように上を向いて煙を吐いた。

「……たく」

 へっぽこ探偵はため息を吐くと観念したように右手の人差し指と中指を立てた。

「解ったよ。俺にも煙草を一本くれ」

「「どっちだ」」

 何なら二本一度に吸ってもいいぞ。

「すまないがキャビンを頼む」

 奥田はアレクセイから一本受け取ると、端正な顔を顰めたままキャビンの先端をバーナーライターの火に近付けて息を吸い込んだ。

「――げほげほげほ」

 うおーい。

「しょうがないだろう、久しぶりに煙草を吸うんだ。全く、、何でこんな不味いものを吸うんだ?」

 眼に涙を浮かべて咳き込みながらも辛うじて煙草を咥えるへっぽこ探偵。

 貴重な一本を吸っておいて酷い言い草だが、俺は探偵を咎める気は無かった。


 すまんな。


 そう胸の内で謝罪するに留める。 

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