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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
183/196

後編 湖乃波SIDE(7)

「オリガさん。ブレードはあんた達の組織とは距離をおいていたから、あんた等と面識は無かったはずだ」

 フランコさんが飲み干したワイングラスを片手で弄びながら、オリガさんに質問をする。

「先月、彼奴(あいつ)とセルゲイの間にひと悶着(もんちゃく)あったと噂が流れている。本当か?」

 視線を上げたフランコさんの視線は鋭く、オリガさんの顔を貫きそうな力があった。

 私はフランコさんとそう多く会うことは無いけど、こんな彼女の表情を見るのは初めてで、フランコさんが狗狼(くろう)と同じくあちら側の世界に属する人間だと理解する。

「ええ、本当よ。ただ、その件に関しては既に決着が着いているわ」

 そんなフランコさんの視線を平然と受け止めながら、オリガさんは唄う様に言葉を返した。

「私達の定めた掟に従って、今回は彼を不問にする事が決まっているの。当の本人は気にくわない様だけど」

「それは良かったわ」

 クイッとマオさんはショットグラスの中身を飲み干してからオリガさんに対して不敵な笑みを浮かべる。

「ブレード、いいえ、狗狼は私にとって年の離れた兄の様なものなの。そしてそこの赤毛も家族同然の関係でいた事もあったわ」

 フランカさんがひとつ頷く。

「正直言って、私の組織と同じぐらい狗狼は大事なの。【(クリェームリ)】は【紅龍(レッド・ドラゴン)】と【仮面舞踏会(ラ・マスケーラ)】を相手にしていたかもしれないわね」

 笑みを浮かべたまま、淡々ととんでもない事を話すマオさんと、それを否定もせずワインに口を付けるフランカさん。

 オリガさんは額に手を当てて残念がるように宙を仰いだ。

「それはそれは。確かにこの街で最大の勢力を誇る【紅龍】を敵に回すのは得策ではないわ。それに規模は小さいけど少数精鋭の【仮面舞踏会】が加わるとなれば、なおさらね」

 顔を下ろしたオリガさんは臆した様子も無く笑みを浮かべていた。

 綺麗な人食い虎が笑っている。そんな笑みだった。

「残念ね。この街の勢力地図を塗り替えるチャンスを逃していたなんて」

 三人の間を不可視の刃が行き交っているように感じたのは私だけであろうか。

 先程とは別の意味で心臓の鼓動が早くなり、私は動悸を押さえる様に両手で胸を抱え込んだ。

「別に今から一戦交えてもいいわよ。でも、その前に」

 マオさんとフランコさんの視線が、オリガさんと一緒にやって来たアレクセイさんと談笑する狗狼に向けられる。

「狗狼!」

 マオさんの呼び掛けに狗狼が振り返り、面倒臭そうに左手の人差し指で自分の顎先を指し示した。

 マオさんが重々しく二度頷き、傍らの座布団を平手で叩く。

「……」

 狗狼は何もかも諦めたような表情で億劫(おっくう)そうに腰を上げると、マオさんの側に歩み寄った。

「何かあったか?」

「狗狼、正座!」

「……全く、何だってんだ。飲み過ぎじゃないのか?」

 狗狼は愚痴りながらも素直に座布団の上で正座になると、両膝の上に掌をおいて姿勢を正す。

 狗狼はマオさん相手には素直で、マオさんが中華系組織の幹部だけでなく、彼女が口にしたように狗狼を歳の離れた兄のように思っている事がその理由なのかもしれない。

「狗狼、何時も言ってるでしょう。危ない仕事の場合は私に一報入れて欲しいって」

「な、何の事かな?」

 そう言いながらも狗狼は何の話題か見当はついているらしく、(わず)かにオリガさんへ首を傾ける。

「先月、セルゲイと仕事で対立したでしょう。しかもブレードがセルゲイに一矢報いたって噂になっているし」

「お」

「組織にとって、そんな噂を立てられることは面子(めんつ)に関わるの。余計な争いごとを生み出す原因にもなるのよ」

「いや、まあ、そうなんだが、依頼の内容上仕方が無かったんだ。依頼を受けた以上、反古(ほご)するのは信用に関わるからな」

 マオさんは少しだけ怒っているらしくてグラスを片手に身を乗り出す彼女を、狗狼は両掌を胸前に(かざ)して押し留める様にした。

「それにマオが出る事によって組織間に軋轢(あつれき)が出来るのを避けたかったんだ。この一件がここまで(こじ)れたのは、俺の落ち度が原因だったからな」

「マオを動かすことが無理なら、私に一報入れれば良いだろう? 私は組織の幹部と言っても若輩だ。個人的に動くのではそう問題にならないだろう」

 狗狼の反論にフランコさんが口を挿む。

 ほんのりと赤い彼女の頬はお酒によるものか、それとも狗狼に対する怒りによるものか私には判断出来なかった。

「いや、それは、お前が危険だろう」

「……私もそれなりに場数は踏んでいるぞ」

「いや、そう言う事では無くて、なあ」

 本当に困ったように言葉を濁す狗狼が珍しい。

「狗狼。私はこれ以上、誰かを失うわけにはいかないんだ」

 マオさんの言葉に狗狼は長く息を吐いた。

「……解った。今後はちゃんと連絡するから勘弁してくれ」

「本当ね?」

「絶対だぞ」

 両手を合わせて拝む様に頭を下げる狗狼に、マオさんとフランカさんはそれぞれ念を押した。

「まあ、二人共。私の組織は今後、ブレードと敵対しない事は決まっているし、彼も会員になっているから安心しなさい」

 オリガさんがとりなす様に声を掛けたけど、そのどこかが悪かったのかマオさんとフランコさんの表情が強張る。

「会員って、狗狼!」

「趣味が変わったのか、見損なったぞ!」

 狗狼は声には出さず何かをぼやいてから宙を仰ぐ。

 マオさんとフランコさんのお説教を、狗狼は座布団に正座したまま項垂(うなだ)れて聞いている。

 それでもこの三人は仲が良いと思う。

「おかえりー、早く食べないと無くなっちゃうゾ」

 私が食事を再開しようと席に戻ると、カテリーナが浸けダレの器にタラやほうれん草、生麩をよそってくれた。

「はい」

「ん、ありがと」

 カテリーナから器を受け取ると、立ち上る湯気と一緒に美味しそうな魚介類の匂いが鼻孔を刺激する。

「狗狼がマオさんと赤い女の人から説教されているけどどうしたの?」

「んん、私もよくは知らないけど、狗狼が危ない事をしてマオさんとフランコさんに怒られてる」

「……何それ?」

「私は気が付かなかったけど、先月そんなことがあったみたい」

 弾力のあるタラの切り身を呑み込んでから、私はカテリーナの疑問に答えた。

「さっき来たオリガさん、彼女が何か関係しているみたい。問題は解決してるみたいだけど」

 カテリーナはマオさんの手にしたグラスにお酒を注いでいるオリガさんを眺めながら首を傾げた。

「うーん、オリガさんは美人だし、ひょっとしたらオリガさんは何処かのボスの愛人で、狗狼がオリガさんに手を出そうとして、そのボスに殺されそうになったとか」

「……」

 違うと言えないのがちょっと悲しい。

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