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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第一話 1年目 春 四月
18/196

三章 隠れ家での一夜(4)

 俺はナイフを右懐へに納めると、右懐のポケットから煙草を取出し口に咥えようとしたが、突然、俺の眼前に竜胆の右掌を突き出してきた。

「俺は煙草を吸わないんだ。吸うのは外に出てからにしてくれ」

「お、おう」

 煙草をケースに戻して一息つく。

 竜胆はその様子を見て流石に悪いと思ったのか、彼は缶ビールを顎でしゃくって「飲むか」と訊いて来る。

「悪い。ビールは苦手でな。アルコールは日本酒かストレートのジンと決めている」

「成程、一人で飲むときは俺もウオッカをストレートで楽しむさ」

「別のモノで割るのは邪道か」

 竜胆は唇の端を僅かに上げて、同意したように見えた。

 きっとこの男はジャズかクラッシックを聞きながら、ショットグラスのウオッカを一晩かけてゆっくり味わい楽しむのだろう。俺が読書するときもそうだからな。

 竜胆は缶ビールに口を付けると一口飲んでから俺を見上げた。

「で、何の為にあの少女にそこまで肩入れするんだ。運び屋が荷に同情していたら仕事にならないんじゃないか」

 俺を問い質す回収業の男の声にからかう様な響きは無く、本気で知りたがっているのだろう。

 俺としては金だけ渡して、ビジネスライクにそれでおしまいというのを期待していたのだが。

「借金の回収が出来ればそれでいいじゃないか。回収業は金さえ手に入れば文句は無いと思ったのだが」

「はした金ならな。三百五十万となると気にせず受け取れと言われても、その金の意味まで俺は考えてしまうんだ。いい加減な仕事は出来ない性質(たち)なんだよ」

 俺の牽制に竜胆は苦笑交じりに答えた。見た目は細面のビジネスマン風で、仕事に市場を挟まず淡々とこなすタイプと見たが、意外と不器用な男かも知れなかった。

「俺が納得できる理由なら、金を受け取って一旦、引くことにする。だが、納得できなければ、俺はあの女の子を探し出して、俺の依頼主に引き渡すぞ。俺にも立場っていう者があるからな」

 それは困った。さて、どう答えたものか。俺はひとつ咳払いして、理由を告げた。

「実は俺、ロリなんだ」

「ほう」

 竜胆の眼鏡越しに細い目が冷たい光を伴って俺をねめつけた。

 こ、こええ。

「いや、冗談だ。さっきの一言は忘れてくれ」

 俺は手を振ってさっきの一言を打ち消した。それにしても冗談のひとつも受け付けないとは、結構この男、堅物か。

 しかし、助ける理由を話せと言われても、成り行きでそうなったのが実情だ。そんなことをどうやって説明するか、俺は首を捻って考えてみたが上手い説明など考えつかなかった。。

「まあ、そうだな。俺の仕事のルールに従っていたらこうなったというべきかな。、そういうことだ。あの子に同情したわけじゃない」

 説明を終えて竜胆を見ると、何とも呆れたような顔をして俺を見ていた。何だ、何か文句あるのか貴様。

 竜胆はひとつため息を吐くと、両目を閉じた。

「ひとつ言っていいか?」

「どうぞ」

 俺は鷹揚に頷いた。人の意見を聞かないほど俺は狭量ではない。

「お前は今の説明で、納得して貰えると思っているのか?」

「……口に出さなくても理解するのが男ってものじゃないか」

「……本当のロリコンか」

 酷い言い方だ。俺はボン、キュッ、ボンが好きなんだ。ちなみに最初のボンが八十以下は女と認めないぞ。

「ロリコンじゃないぞ。二十五から四十までの美人しか興味が湧かないからな」

 これは絶対に譲れない。

 グッと拳を握り締めて力説する俺を黙らせるように、竜胆は左掌を俺に向けて話をさえぎった。

「まあ、こちらも子供を借金の形にするのは、下手をこいた場合のリスクが高すぎるし、収入が不確定すぎる。正直、あの子は上玉だから依頼主は手に入れたがっていたが、俺は乗り気じゃなかった。そちらの提案は渡りに船で助かった」

 そうか、此奴のお得意様はロリコンか。保健所に連絡して駆除して貰おうか。

「だが、三百五十万のうち二百万は俺達の手数料にさせてもらう。今回は俺達も半端ない被害を被ったからな」

「それは可哀想に。まあ、こちらの与えた損害だから増額は仕方がないか。で、残りの二百五十万は行方を眩ました奴に払わせるのか」

「それが俺達の仕事だ」

 竜胆は気負った風もなく、当然のことのように答えた。もし見つからなければ、あの子の身が、また危うくなるわけか。

 借金の返済は百五十万で残り二百五十万。此奴らから少女の叔父が借りた金は返す事にして、他の借金に関しては俺が払う義理もない。多分、此奴らもこの後、少女の叔父を探すだろう。

 運が良ければ借金が無くなるが、まあ、期待はしないでおこう。

「取り敢えず、これでお互いの面子は立ったということでいいか?」

「まあ、な。俺達の被害が大きい事を除いてな」

 確かに、ベンツとジャガーの修理費はとんでもない額だろうな。特にジャガーは部品代がべらぼうに高かったはずだ。

 あの車の持つ独特の雰囲気は俺も嫌いじゃないのだが。うむ、本当にもったいない事をした。

 俺は話は終わったと奴等に背を向けてドアへ向かった。部屋を出る前に煙草を咥えてドアを開けたまま振り返る。

 最後の俺の誠意を伝えておかねばなるまい。

「まあ、姿を消した奴を探し出すのも手間が掛かる。俺の気が向いて金が余っていたら返済に回してやるよ」

 背後から竜胆の声が聞こえたが、俺が閉めたドアの音にかき消されて何を言っているのかは解らなかった。

ホテルの外に出て、宙を見上げる。

「ホント、俺は馬鹿だよな」

 言われるまでもなく俺が馬鹿だということは、俺自身が良く知っている。明日からどうやって生活するべきか等、頭を悩ませるべきであるが「まあ、なんとかなるさ」と自分自身を騙して生きていくしかないのだ。

 旅館に帰ってきたのは午前二時を過ぎたところで、昨日から積み重なった疲労に意識を持って行かれそうになり、このまま207SWの車内で一晩過ごしてしまいそうだ。

「神様、もう眠ってもいいですか」

 そうつぶやくものの当然ながらそれに対する答えは無く、俺はよいしょっとドアを開けて地面に下りる。

 まあ、遙か頭上から厳かな声で「眠りなさい」と声が掛かっても、俺はまだ天に召されたくないので聞こえなかった振りをさせてもらうが。

 重くなった足を引きずりながら何とか玄関にたどり着き、傍らに吊るされた魚板を撥で数度叩く。

「………」

 暫く待つが誰も出てこない。この時間は当然眠っているんだろうな。

 カカカカカコンと更に叩く。で、暫く待つ。やっぱり誰も起きてこない。

「………」

 撥が一本だから音が弱いのだろうか。ここは叩きながらグレゴリオ聖歌でも歌うべきであろうか。それともナンマイダブとでも唱え続けるか。

そこまですれば流石に宮様も起きてくるだろうが、その後怖い事になりそうだ。

「………」

 諦めて車中泊とするか、と踵を返したところで玄関に明かりが灯り、引き戸が開けられて浴衣姿の宮様が顔を覗かせた。

 まだ春先だと夜中は少し冷え込むようで、四方の上に薄桃色の羽織を重ね着としている。

「申し訳ありません。少し寝入ってしまったようです」

 ひとつ頭を下げると脇に退いて俺に屋内へ入るよう促した。

 俺の泊まる八畳の居間には既に布団が敷かれて、俺がいつ帰って来ても休める様に用意されていた。

「お休みの前に風呂になさいますか」

 宮様が何気なしに訊いて来るが、この宿は薪で風呂を沸かす。こんな真夜中に女性を風呂沸かしにこき使う様な非道な行為は出来るはずもなく、俺は手で遮ってもう眠ることを告げた。

「すまないな宮様。もう眠くてね。悪いけど着替えずにこのまま眠ってもいいかな。風呂は明日の朝に自分で沸かすよ」

「はい、かしこまりました。それではお休みなさいませ」

「ああ、遅くまで有難う」

 襖が閉まると俺はジャケットを脱いでネクタイを外すと、さっさと布団に潜り込んで目を瞑った。

 宮様が俺と鳳会の事を何も聞かず休むよう促してくれた事に、俺は安堵と感謝をしつつ直ぐに眠りに落ちていく。

 明日の事は明日考えよう。

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