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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
177/196

後編 湖乃波SIDE(1)

 後編 湖乃波(このは)SIDE


                      1


狗狼(くろう)、準備出来たよー」

 私はカセットコンロの上に置いた三つの鉄鍋の底に菜種油を引き、ブリやサバ、タラ等の魚の切り身とほうれん草、生麩(なまふ)、白ネギ等を均等に放り込むと、背後のソファーで撃沈したように寝そべっている狗狼に声を掛けた。

 何故、皆が忙しくクリスマスパーティーの準備で走り回る中、狗狼がソファーで両手足を投げ出して寝そべっているのは、パエリアを持ってきた褐色の肌をした妙齢の女性の仕業が原因なのだ。


「クロウ、パエリアを作ってきたよーっ。フランコも仕事が終わったら寄るって」

 波打つ黒髪を伸ばして白の開襟シャツと紺色のパンツルックに水色のエプロンを身に付けた大柄で肉感的な彼女は、満面の笑顔でそう告げると事務所兼自宅兼パーティー会場に通じるドアをくぐった。

 大股で歩みを進める彼女の視線の先には、「ご苦労様。よし、じゃあ魚すきの鍋を並べるか」とサングラスを掛けた黒い人がいて彼女に笑い掛ける。

 彼女は鍋を持ったまま狗狼の胸元に飛び込む。

「お?」

 彼女を抱き止めようとしたのか、両手を上げた狗狼が鈍い音を立てて仰け反りソファーに倒れ込み、私はその光景に驚いて目を見開いた。

 鍋で狗狼の横顔を引っ叩いた彼女は、溜息を吐くと呆れたようにソファーに横たわる狗狼を見下ろす。

「全く、皆でクリスマスパーティーをするなら先に言って。フランコから後で行くって連絡がきてびっくりしたよ」

 すみません、いつも思わせぶりな言葉ばかりで。

 私は完全にのびている保護者に代わって、胸の中で謝った。

 どうせ女性絡みなら、十中八九、狗狼が悪いに決まっているから。

 彼女はガラステーブルの上に鍋を置くと先程の光景にびっくりして固まっているカテリーナと私に歩み寄る。

「はあい、狗狼やフランコから話を聞いてるわ。貴女が湖乃波(このは)ちゃんね」

「あ、ど、どうも。何か苦労が迷惑をお掛けしたようでスミマセン」

「湖乃波が謝らなくてもいいよ。半分私の勘違いみたいなものだし」

「半分じゃないぞ、九割だ」

 ソファーから抗議の声が上がったが、私達はそれを無視しておく。

「私の名はジョセフィーナ。クロウからはジョーと呼ばれてる」

 ジョセフィーナは開襟シャツの袖を肘まで腕捲りした手を差し出した。

 私はその掌を握ると意外と掌の肉が分厚い事にびっくりする。そういえば肩幅も広く、腕も太い。

「あの、掌、分厚いんですね」

「やっぱり解る? 週に二度、総合格闘技(MMA)のジムに通っているんだ。って、総合格闘技って解るかな?」 

 私とカテリーナは顔を見合わせてから首を左右に振った。

「うーん、最近人気が出てきたと思うんだけどなあ。打つ、蹴る、投げる、固める。一番実戦に近い素手の格闘技と思うんだけど」

 その力で人を鍋で殴ったんですね。

 さっきから狗狼がソファーで伸びているのに納得してしまった。

「私はスペイン系のブラジル人でね。日本に来る前は結構物騒なところにいたから、自分の身は自分で守る必要があったの」

 ジョセフィーナは苦労した様な過去を気にした風も無く、笑顔で私達に話す。

 ミルクの濃いカフェオレの様な肌色をした彼女は、彼女が幼少の頃過ごしたであろう南米の太陽の様な明るい性格のようだ。

 私はジョセフィーナ笑顔が眩しくて目を細める。

「あ、ジョセフィーナも来たんだ」

 鉄鍋をガスコンロの上に置いたり準備をしていた龍生君(りゅうせい)が一息ついてこちらにやって来た。

「あ、龍生りゅうせい)。お前、また背が高くなったな」

 ジョセフィーナさんは龍生君の首に両手を回すと、力任せに引き込みで脇に抱えた。

「ジョ、ジョセフィーナ、く、苦しい。いや、それより、胸、胸!」

 顔を真っ赤にして抗議する龍生君。

 そういえばジョセフィーナのスタイルは胸もお尻も大きい上に、全体的に引き締まっている。

 ひょっとしたら狗狼の好みの体格かも知れない。

 カテリーナも同様の意見らしく、ジョセフィーナさんの背中に恐る恐る声を掛ける。

「その、狗狼とはどのような関係でしょうか。ひょっとして、その、手を出されたとか」

 ジョセフィーナはカテリーナの質問に、龍生君から両手を放すと苦笑してから肩をすくめた。

「うーん、そうだと良いんだけどね。狗狼は私がいくらモーションを掛けても、二十五歳以下は興味が無いって見向きもしないの」

 え、グラマーな体格のせいか大人びて見えるけど何歳(いくつ)何だろうか。

「あの、失礼になるかもしれないけど、ジョセフィーナさんって何歳なんですか」

「ん、私、今年で二十歳」

 私の質問を不快に思う事も無く、ジョセフィーナさんはあっさりと答えてくれたが、私はその回答に面喰ってしまった。

 まだ二十歳! 恐るべしラテンの国の女性。

 そう言えばカテリーナもまだ高校一年なのに胸が大きいし、スペインやフランスなどのラテン系の血は、私たち日本人では到底太刀打ち出来ないような女性的な因子が含まれているに違いない。

 あ、でも静流(しずる)さんなら対抗できるかも。

「だから、狗狼が女の子を引き取ったって聞いた時はショックだったけど、こんな可愛い子だったなんて、うん、可愛い可愛い」

 ジョセフィーナさんは両手を上げて私とカテリーナの髪の毛をちょっと乱暴に撫でた。

 でもその感触は不快でなく、私とカテリーナは少し恥ずかしいながらも黙って好きにさせておく。

 まるで、齢の離れたお姉さんみたいな感じがしたから。

「ジョセフィーナ―、マオがお腹が空いたって騒いでいるよ」

斑比(バンビ)も来てたの?」

「来てるよ。狗狼は片っ端から声を掛けたんだね」

「ほんと、フランカも後で来るからね」

 斑比さんとジョセフィーナさんも顔なじみらしく顔を見合わせて苦笑した。

 こうして皆がこの事務所に集まる事は珍しい事みたい。


「じゃあ、急いで準備を進めようか。湖乃波君、パエリアを取分ける大皿が三枚欲しいんだけど、あるかな?」

「大きめの中華皿があるからそれに盛るよ」

 残念ながらこの事務所にはテーブルがガラステーブルひとつしかないので、三つあるカセットコンロは床に直置きとした。

 カセットコンロに掛けられた魚肉などの鉄鍋の具に、復活した狗狼が割り下を注いで煮汁にする。

 鉄鍋が温められるにしたがい、和風の甘い醤油出汁(だし)の匂いが立ち込めて私達の空腹を訴える胃を虐め始めた。

「うーん、いい匂い。これはお酒が進むわ」

「って、もう大分飲んでるじゃないですか」

 マオさんはもう顔を赤くしているので、班比さんは彼女の背を押す様にしてカセットコンロの前に敷いたクッションの上に座らせる。

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