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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
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幕間 其の二 セルゲイ編

 幕間 其の二 セルゲイ編


「ふう」

 私は老眼鏡を外すと、目の疲れを和らげよう両眼の間を人差し指と親指で摘まみ揉み解した。

 年々視力が悪くなると共に、書類内容を読み取る時間が長くなっている。

 今年も終わりに近く、決裁しなければならない書類は残りわずかだ。

 表の仕事である輸入雑貨や元共産圏の中古車車両の販売は年々増加傾向にあり、評価も高い。

 また今年は明石と広島からの海産物や特産品の強力なルートが出来て、それをロシアへの輸出に回している。

 見返りとしてカニやキャビア、羊肉を輸入しておりそれらはマーシャの営むロシア料理店や元町にある創作料理店の食材として活用した。

 その反面、裏の仕事は減少傾向にあり、【(クリェームリ)】の会員も高齢化により第一線を退き始めて彼等の持つ情報の有用性が落ち始めた事だろう。

 闇ルートでの密輸入したAK47等の武器弾薬販売も、日本国内での抗争が昔の様に頻繁に発生することは無く需要は落ちる一方だ。

 日本の警察機関は賄賂(わいろ)を受け取らず優秀であり検挙率が高く、日本の非合法組織も暴力沙汰を起こす前にある程度の交渉、手打ちと言うらしいが、それを取り決める為に余程の事が無い限り抗争が激化しない。

 養子として引き取り【聖なる泥棒】の幹部となった娘のオリガは、(いず)れは【城】での娘達を使った商売は取りやめて表の仕事を増やしていく心算(つもり)のようだ。

 今では娘達の多くは学校に通い、将来的には【城】での仕事以外に生活する糧を見つける事になるだろう。

 我々の様に暴力や恐怖で事を納める時代はとうに終わっている。

 そう思わざるを得ない。

 しかし、組織を維持するためにある程度の力を誇示していく必要があり、それがオリガの率いる暗殺部隊【慈悲深き手(ドーヴルィ ルーキ)】であり、【(フリガーン)】の軍警察時代からの部下達【吹雪(ミチェーリ)】だ。

 【慈悲深き手】は組織の内側に対しての力であり、【吹雪】は外敵に対しての力であり、組織の発足以来、武力の集中を押さえる為にこの二つの組織は互いに独立していた。

 しかし【嵐】は両方の力を欲しており、それがオリガと【嵐】の不仲という風評が立つ元凶なっている。

 もっともオリガは【嵐】など眼中にないようだが。

 表の仕事に関してロシア本国とのやり取りは、ほぼオリガが取り仕切っており、裏に関しても銃器類の目利きは優れたものがある。

 ただ、仕事に関しては文句のつけようもない有能な娘だが、仕事以外ではどうか。

 自分の知る限り、オリガは何時も黒のシャツとスーツ、ネクタイを着用しており、少々堅苦しい雰囲気を纏い付かせている様に思えた。

 また実の妹である【騎手(バイケル)】に対しても親しく話している光景は見た事が無く、肉親でなく年長者、上司と部下として接している様に見えるのだ。

 確かに組織というものは肉親といえども他の者達と同列に扱わねばならない事もある。

 だが、血の繫がりというものは生きている限り消すことが出来ず、己を縛り続ける者なのだ。

 ならば組織の許す限り慈しみを以て、相手に接することが己を救う事もある。

「……」

 今日はクリスマス。

 久し振りマーシャの店でオリガと夕食を共にするのもいいだろう。

 オリガは夕方に顔を合わせた時は何事か悩んでいるようであった。

 組織の長としてではなく家族の一員として、悩みを聞いてやり、もう少し肩の力を抜いて過ごす様に助言してあげよう。

 私は書類を卓上に伏せると卓上の警備室と直通するインターフォンを押した。

はい(ダー)

「私だ。アレクセイはいるか。車を回して貰いたい」

「……申し訳ありません。アレクセイは只今所用で外に出ており、帰りは遅くなるようです」

「……」

 応対に出たのは警備室に詰めている双子のどちらか片割れだろう。彼等は僅かな逡巡の後、上司の不在を口にした。

 まあ、今日はクリスマスだ。アレクセイも時には同朋以外の誰かと過ごしたくなることもあるだろう。

「私共でよろしければお供致しますが」

「いや、私事で君等の手を煩わす心算は無い。今日はお前達も自由に過ごしてくれ」

「……有難う御座います、爺様(ヂェードゥシカ)。御用の際は気兼ねなくお呼び下さい」

 私はインターフォンから指を外すと、机の脇に立て掛けた杖を手に取り席を立った。

 愛用のボア付きコートを羽織り執務室を後にした時には、窓から覗く屋敷の外は闇に包まれ、この地域特有の山から吹き下ろす寒風が木々を揺らしていた。

 階段で二階に下った直ぐにあるオリガの部屋の扉を二度ノックして暫く待つ。

「……」

 オリガが出てくる気配はない。留守のようだ。

 さてどこに、と私が彼女の行き先について考え込んでいると、右隣の部屋のドアが開きオリガと同じく赤い髪をした長身の少女が白い小箱を小脇に抱え部屋から出てくる。

「爺様」

 姿勢を正して一礼する彼女を手で制する。

 オリガと同じく私の養女であるアリョーナだ。

 彼女はオリガの血の繫がった妹であり、彼女の直属の部下でもある。

 【聖なる泥棒】から与えられたアリョーナの名は【騎手(バイケル)】であり、愛用のバイクに跨る彼女が愛馬と共に氷原を疾走する孤高の戦士を髣髴(ほうふつ)とさせる為に名付けられた。

 ただ私は、表情の機微に乏しく口数の少ない少女の性格が掴み切れておらず少々苦手である。

「【騎手】よ。オリガは出掛けているのかね?」

 私の問いに【騎手】は形の良い眉を寄せてしばらく考え込む。

「はい、何処に行ったのかは解りませんが、最後に見かけた時はマーシャ小母さんと電話で話をしておりました」

「ふむ、そうか」

 如何やらマーシャの店に向かったようだ。

 しかし、クリスマスの晩餐(ばんさん)なら【騎手】や他の娘達と過ごさないのであろうか。

「今日はクリスマスだが、オリガは娘達と食事はしないのかね?」

「オーリャ姉さんはお酒が飲みたいので、プレゼントだけを用意して別行動を取っているんです」

 【騎手】はそう言って小脇に抱えた小箱の蓋を開いた。

 箱の中から香料の甘い香りが立ち上り、覗き込んだ私は鼻腔を刺激されてくしゃみを堪える。

「これは?」

「アロマキャンドルです。オーリャ姉さんと一緒に、プレゼントの交換会で妹達の誰に当たっても差し支えが無い物を選びました」

 非常にオリガらしい真面目なプレゼントだと私は思った。

 クリスマスのパーティーに妹達と過ごさないのは、年長である自分が同席すれば妹達も自由に楽しめないであろうと判断した結果だろうが、もう少し羽目を外しても良いのではなかろうか。

「【騎手】、オリガはもう少しお前を含めた妹達と親しくなるべきだ。そうは思わんか?」

「……はい?」

 私の問いに【騎手】は珍しい事に驚いたらしく、眼を見開いて私を見返した。

「いや,妹のお前からして、そんなオリガの姿が想像出来ないのは私にも解る。しかし、時には息抜きが必要だと、もう少し自由に振る舞っても良いのだと血の繫がったお前からオリガに助言してやってくれないか」

 くらり。

 【騎手】は額に手を当てて立ち眩みを起こした様に見えた。

「困難だろうがオリガの為だ。引き受けて欲しい。私からも一言伝えておくとしよう」

「……は、い」

 血の繫がった妹からの助言だと素直に聞き入れてくれるに違いない。

 オリガは【慈悲深き手】のリーダーとなった。ならばその重責に潰されないよう年長者が見守るべきなのだ。

 深々と頭を下げて一礼する【騎手】を背に、私はマーシャの店に向かうべく一階へ向かう階段へ足を向けた。


 マーシャの店への向かう途中で七面鳥のモモ肉のから揚げとウオッカのボトルを購入して小脇に抱える。

 【城】の門番達は私が独りで出掛ける事を良しとせず、数名が警護として同行しようとしたが家族水入らずで過ごしたいことを伝えて辞退した。

 そして、今、私は独りでマーシャの経営するロシア料理店のあるビルの三階まで階段を使って上っている。

 若い頃は三階までの高さの階段など苦痛でもなかったが、齢を取り杖を突き始めるとビルの狭い階段は転倒しないようにするだけでも骨が折れる。

「ん?」

 三階は薄暗く、マーシャのロシア料理店も微かに非常灯が付いている程度で人の気配が無かった。

 念の為、ドアの取っ手に手を掛けて引っ張ってみる。

 金属音と共に抵抗が私の手に伝わった。鍵が掛かっているようだ。

「クリスマス用の買い出しか?」

 ならば此処で待たせて貰おう。

 私はドアの前に座り込んだ。

 マーシャとオリガが食材を抱えて帰って来た時、どんな驚いた表情をするのか。

 年甲斐もなく愉快な気持ちになり、私は一人静かに笑みを浮かべる。

 なあ、メエーチ。一緒にクリスマスを祝おうか。

 ウオッカのボトルを開けてその小さな蓋にウオッカを注ぐと、私は一足先に逝った友人へ蓋を掲げてから一気にその中身を飲み干した。

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