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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
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前編 狗狼SIDE(12)

 俺は探偵を(うなが)してアレクセイから武器の入った小箱を受け取ると素早く身に付ける。

「【真珠(ジェームチゥク)】治ったらマーシャから連絡があると思う。その時に寄らせて貰うよ」

「それ以外に、暇があれば顔を出したらどうだ?」

 アレクセイは意味ありげが笑みを浮かべる。

「? 何でだ」

「いや、何でだって、解らんのか?」

「?」

 俺の顔を僅かな間眺めてから、アレクセイは諦めた様にため息を吐く。

「いや、まあ、いい。とりあえず顔は出す様にしてくれ」

「……まあ、暇が出来たらな」

 釈然としない思いに囚われつつ、俺はゴルフⅤを停めた階段下の駐車場へ歩き出した。

 まあ、此方の組織には何らかの思惑があるのかもしれない。出来れば巻き込まれたくはないが。

 そう思いつつも、もうここまで関わったら手遅れではないか、と肩を(すく)めるしかないのが現実なのだ。

「あとは、御飯だが白米だけじゃ寂しいかな」

 ゴルフⅤの運転席に腰掛けた俺の呟きに、奥田は「何が?」と返す。

「ああ、晩飯が【魚スキ】、魚のスキ焼に決定したんだが、御飯を白米だけじゃ(いろどり)が少ないと思ってな」

「そうか? 白米に煮汁を掛けるのもありだろ。白米は王者だよ」

「そうなんだが、クリスマス用にもう一品、工夫が欲しいな」

 俺はアクセルを踏み込むと門柱に向かい徐行運転をする。

「スキ焼はどちらかと言えば甘味があるな。弱い酸味が欲しいところだが」

「トマトか何か添えるとか?」

「トマトねえ。魚介繋がりでパエリアもいいな」

 俺は助手席の奥田の膝上に携帯電話を放った。

「【街からの手紙】のジョセフィーナに電話を掛けてくれ」

 【街からの手紙】はへっぽこ探偵が部屋を借りている西元町の小さなビルの一階にある海鮮レストランだ。

 従業員六名、四人掛けテーブル席五つとカウンター席の小さな店だが和洋混合の創作料理が素晴らしいと評判の高い店で、隠れた名店として客足を増やしつつあった。     

 先月、店のオーナーがあるトラブルで失踪、その後を受け継いだ副店長の品治(しなじ)君と店員達がいつオーナーが帰って来ても失望させない様に、日夜料理の腕を磨いている。

 ジョセフィーナはスペイン系ブラジル人であり、この店の開店時から主にパエリア等スペイン系の料理の調理を担当して、店に来る客の舌と胃袋を良い意味で裏切り続けているのだ。

 また、この店のスペイン語名である「ウナ カルタ デ ラ シウダッド」を最も綺麗に発音してくれるのが彼女である。

「――やあ、品治君、お久し振り。……いやいや、僕は真面目に働いていますよ。今日はむっつり運び屋の手伝いに駆り出されてるんだ。そう、そう、しばらく賄い飯にありついていないよねえ。……それでなんだが、今日も来た?」

 人の携帯電話で世間話をする非常識な探偵は、急にその携帯電話の向こう側に聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりまで声を小さくして品治君に尋ねた。

 返答がどうだったのか、携帯電話を耳に当てたまま奥田は宙に眼を据えていたが、眼を閉じると、かくんっ、と首を折って項垂れる。

「……そうか、それは仕方ないな。しばらく事務所には寄り付かないでおこう。ジョセフィーナはいる? 狗狼(くろう)がジョセフィーナに頼みごとがあるんだ」

 何があったのかは解らないがやっと本題に入れたようだ。

 俺がへっぽこ探偵を睨みつけると、探偵は肩をすくめて苦笑してから携帯電話を俺の耳に押し当てる。

メリークリスマス(フェリス ナビダッド)、クロウ!」

「メリークリスマス、ジョー」

 俺は受話器の向こうからラテン系特有の元気な声が俺の鼓膜を直撃して、俺は慌てて携帯電話を耳から話して挨拶した。

 ちなみにジョーはジョセフィーナを英語読みした際の愛称だ。

「相変わらず元気そうで何よりだ。実は俺の事務所までパエリアのデリバリーをお願いしたいのだが、出来るか?」

「どうかな? 今日の仕込みは終わって、後の仕事は品治さんにお願いして割込ますことも出来るけど、品治さんに聞いてみる?」

「お願い出来るか。出来ればジョセフィーナをそのままクリスマスパーティーに招待したい」

「え?」

「こちらも料理を用意しておくから、パエリアを持って来てくれたら、後は寛いで飲み食いを楽しんでくれ。何なら事務所に泊まってもいいぞ。朝になれば俺が送ってやるから」

「え、え、え」

「今年で二十歳(はたち)だろう。美味い酒の飲み方を教えてやる」

「――」

「ん、どうした。店が忙しければ無理して来なくてもいいぞ」

 携帯電話の向こう側でジョセフィーナが沈黙する。

 クリスマスで店も忙しい時に無理強いしているのは俺の方だ。彼女が顔を出せないのは当然で、彼女が気に病む必要は無い。

 まあ、湖乃波(このは)君との顔合わせはまた次の機会にすればいいか。

 そう考え、ジョセフィーナに労いの言葉を掛けようと俺は口を開いた。

「ジョセフィーナ、君が」

「行く!」

 俺の声を打ち消すかのように飛びこんで来たジョセフィーナの声は、俺の右耳から左耳へ鼓膜と脳をぶち抜いて通り抜ける。

「行く。絶対に行くから。二十五歳以下は興味が無いって言ってたけど、クリスマスに誘ってくれるなんて、私は特別ってことだね!」

「ん、あ、ああ」

 つい勢いに押されて返答してしまった俺を尻目に、携帯電話のからは弾んだ若い女性の声が響き続ける。

「品治さんが止めても、店が潰れても絶対に行くから待っててね!」

「……」

 携帯電話の通話が途絶えても、俺は半ば呆然として携帯電話を耳に当てたまま固まっていた。

 奥田がゆっくりと携帯電話を俺の耳から離して、畳んでからゴルフのダッシュボードに置く。

「……なあ、探偵」

「言わなくていいよ。僕にも聞こえたから」

「……そうか」

 俺はジョセフィーナのラテン系の血が現われたダークブラウンのウエーブの掛かった長い髪と同色の黒豹を想わせる瞳を思い出しながらため息を吐いた。

 彼女は今年で確か二十歳だが、見た目は二十三から二十五歳程度と大人びて見える。

 それは彼女の容姿が大人びており、彫りの深い顔立ちと褐色の肌色は彼女の肉感的な肢体と相俟って野生的な美しさを有している。

 またジョセフィーナは週に数回、MMA(総合格闘技)のジムに通っており、出る所は出て引き締まるべき部位は確りと引き締まった体形なのだ。

 彼女と出会って間もない頃は、俺は彼女が未成年とは知らずいつも通り接していたのだが、就労の為の書類を作成する際、彼女の実年齢を知り一気に血の気が引いた。

 現在はラテン及び南米のボディランゲージを繰り返す彼女に対して、俺は彼女が二十五歳以下だと己に言い聞かせながら節度ある付き合いを継続している。

 しているのだが。

「……俺は何か間違ったか?」

「間違っていないが、こういう場合はえてして女性の言い分が通るものだよね」

「有難くない助言だな」

 俺も長年生きてきて、男女の関係に理屈など存在しない事にとうに気が付いている。ただ、男が常識から足を踏み外して色恋沙汰に奔ると、みっともないと罵倒されのがオチだが、女性が常識から足を踏み外して色恋沙汰に奔っても、自由奔放とか一途とか称賛されることも多い。

 つまり男がどうドンファンを気取ろうが、結局女性の後をついて行く事しか出来ないのではないか。

 そう思うのだ。

「……まあ、なんとかするしかないか。帰ろう」

「そうだね。湖乃波君も待ってることだし、言い訳の準備もいるからね」

「ジョーより先に事務所に帰らないと、良い訳すら許されないだろうな」

 なんてクリスマスだ。そう呟きかけて俺は口を(つぐ)んだ。

 齢を取ってから、クリスマスは酔い潰れる事を正当化する為の行事でしかなかったが、今年は違う。

 主賓である湖乃波君とカテ公が笑顔である事。

 そして今日、龍生やジョセフィーナ達と顔を合わせ、若者同士でどう親交を深めていくのか。

 奥田が自分のスマートフォンを覗き込んで苦笑した。

「マオと斑比(バンビ)ちゃんがもうじき事務所に着くんだって」

「ったく、騒がしいクリスマスになりそうだ」

「ホント、何年振りだろう」

 屈託なく笑う探偵の脳裏に浮かぶ風景。

 俺は容易にそれを想像出来るが思い出したところで時が戻る訳でもなく、俺は其れに対する感傷を意識の外に追いやった。

 さて、今夜は素面で忙しいクリスマスになりそうだ。

 願わくば、数十年後、先程の探偵同様に湖乃波君も笑顔でその情景を思い出すことが出来ますように。

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