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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
169/196

前編 狗狼SIDE(7)


 階段中腹の踊り場へ到着した俺と奥田は一旦、その脇に立てられた警備室で金髪の眼鏡を掛けた双子の身体検査を受ける事となっている。幹部とこの【(クリェームリ)】に居を構える者以外は【城】の内部に武器を持ち込めないのだ。

 また会員ではない奥田はこれから先を進む事は許されず、この場所で俺が戻るのを待たなければならない。

 奥田は警備室のシャワー室や冷蔵庫、休憩用のベッド等、意外と豪華な室内を珍しそうに見回す。

「初めて此処に入るよ」

「そうだったか?」

 俺は彼等に武器を預ける為、用意された小物入れの小箱に愛用するアップルゲートコンバットフォルダーの大小2本のナイフとビクトリアノックスの多機能ナイフ【マネージャー】を放り込む。

 奥田は左脇のホルスターから愛銃であるV10ウルトラコンパクトを抜き出すと、銃口を地面に向けたままグリップ横に突き出たマガジンリリースを押して、六連装の弾倉を左手でグリップ底から抜き取った。

 弾倉を用意された小物入れに放り込むと、グリップ付け根の安全装置(サム・セフティイ)を下げて解除した。

 奥田が銃本体の薬倉室(チャンバー)に残った一発を抜き出そうと遊底スライドに左手を掛けた時、警備室の入り口から複数の足音が湧いて、俺達はそちらへ視線を向ける。

 濃紺色(ダークネイビー)の背広を着た若い二人組に挟まれるように、ブラウンのグレンチェック柄をした高級そうなスリーピースを着こなした壮年後期、四〇代後半の男が薄灰色の髭に覆われた口元を楽しそうに歪めて室内に足を踏み入れてきた。

 その人物の七三に分けられて後頭部に流された灰色の髪や、真っすぐにアイロンがけされたような濃いブルーのカッターシャツから、体格はそれなりにがっしりしているが神経質な情報局くずれの軍人に近い匂いを俺は感じ取る。

 ダークネイビーの二人はブラウン背広と比較して胸板も厚く、上腕のシルエットが背広越しでも解ることから、かなり鍛えていることが読み取れた。

 二人のオールバックにまとめられた髪も灰色で、何処か狐を思わせるツリ眼がブラウン背広を含めて三人とも共通していることから親戚御一同かもしれない。

 アレクセイと警備の眼鏡双子が背筋を正して彼等に直立不動の姿勢を取った。

「【(フリガーン)】。幹部である貴方が此処(ここ)に何の用でしょうか」

「あの赤毛に盾突き、さらにメエーチに決闘で勝った日本人(イポーニッツ)がどんな奴か見に来た」

 笑みを消さないまま俺の前に立つと値踏みするように見回す。

「ふん、どんな重戦車だろうと気にしていたが、痩せっぽちだったか」

 【嵐】と呼ばれた男は失望したように呟いて首を仰け反らせて背後のアレクセイへ視線を向ける。

「なあ【(ズヴェズダー)】よ。本当に此奴(こいつ)が赤毛と子飼いの奴等(パーパ)とやり合ったのか。メエーチはあの赤毛に騙し討ちにされたのが本当じゃないのか?」

「いいえ、決闘の結果、彼が勝利しました。私もその場に立ち会いましたので間違いありません」

 アレクセイが恭しく一礼して答えた。

 如何(どう)やらアレクセイは【星】と名を付けられているようだ。これから、そう呼ぶべきかどうか聞いておこう。

「そうか、あの化物がねぇっ」

 アレクセイに眼を向けた【嵐】の左脇から光を反射しながら何かが俺の喉下に飛び込むのを、俺は僅かに身を引いてやり過ごした。

 俺の顎先を通り過ぎた【嵐】の右手首が返され、その掌に握られた鹿角らしい素材をグリップに取り付けた刃渡り十五センチ程のナイフが、通り過ぎた軌跡をなぞる様に再び喉下へ走り始める。

 何かが噛み合わさる金属音と共に、警備室の木の床から硬質の音が響いた。

 その音は徐々(じょじょ)に音を小さくしながら床を転がり椅子に当たって動きを止める。

 それは一発の弾丸、まだ使用されていない45ACP弾だ。

 【嵐】の背後に控えていたネイビースーツの二人組が、ようやく状況に追い付き左懐から自動拳銃オートマチックピストル、|MP446Cを抜き出して俺と奥田の背中に向けた。

 【嵐】はこの状況を楽しむかのように笑い声が漏れるのをかみ殺していたが、遂に堪えられなくなったらしく、大口を開けて左手で目を覆って笑い始めた。

「いいな、貴様、気に入った。おい、お前等、銃を下ろせ。今のは挨拶だ」

 俺は【嵐】の握ったナイフの峰を挿み込んで捻っていた左手の人差し指と中指を外すと共に、【嵐】の灰色の髪に触れそうなぐらいに突き付けられていたV10のスライドから手を外した。

 アレクセイが息を吐いて奥田の頭部へ向けたトカレフの銃口を外し、護衛の双子もMP446Cを握った右手を下方に垂らす。

 床に転がった45ACPは、奥田が銃を上げて【嵐】の頭部へ銃口を向けると同時に、俺がⅤ10の遊底(スライド)に右手を掛けて引いた為に銃本体から排出されたものだ。

 こうでもしないと、今頃Ⅴ10の薬室チャンバー内に残った一発で【嵐】の頭には大穴が開けられていたに違いない。

 そうなるとアレクセイと双子の護衛に俺とへっぽこ探偵は確実に射殺されただろう。

 【嵐】がナイフを左脇のホルスターに納めると、護衛二人もそれぞれ武器を左脇に戻す。

「あの赤毛が難癖をつけて来たら俺に言え。俺がきっちりと納めてやるよ」

 踵を返した奴が警備室から退出すると、アレクセイと警備の双子は大きく溜息を吐いた。

「はーっ、勘弁して欲しいですね」

 双子のうち、スクエアタイプの眼鏡を掛けた方が緊張に耐えかねたように声を漏らす。

「ホント、日本(ここ)じゃあ上位の幹部だから逆らえないないしな。【城】には出来るだけ来て欲しくないよ」

 ラウンドタイプの眼鏡を掛けた方は警備室の出口を睨み付けるようにして吐き捨てた。

「……奴は何者だ?」

 奥田が弾の入っていないV10を片手にアレクセイに問い掛けた。

 その銀縁眼鏡の奥にある両眼は、普段の茫洋とした柔和な光がなりを潜め、硬質な険呑さを含んで床に落ちている。

爺様(セルゲイ)と同じく【聖なる泥棒】の幹部で此処のナンバー2だ。セルゲイが【城】を管理して、【嵐】は神戸周辺の荒事を受け持っている」

 アレクセイは憮然とした表情でトカレフをショルダーホルスターに納めながら答えた。先程の一発触発の状況を作り出したのが此方側の幹部だと言う事に責任を感じているのだろう。

「【嵐】はシベリアから移住させられた【ウルカの民】でなく、元々、ロシアの介入により発足した政権の軍警くずれだが、やり過ぎた為に職を追われたらしい。本来なら本国の爺さん達はその手の輩を嫌うのだが、若手の幹部からロシア中央との人脈を見込まれてウチに入れられた」

 成程、奴の(かも)し出す雰囲気がセルゲイやメエーチと異なっている様に感じられたのはその為か。

「【嵐】と呼ばれるのは、軍警時代に疑わしい者は根こそぎ潰していく奴のやり方から名付けられたものだ。事実、そのやり方で成果を出しているから誰も文句は言えないんだ」

「セルゲイやメエーチと仲が悪いのか。奴のやり方だと昔からこの地に根付いているソ連時代や東欧出身の人達と軋轢(あつれき)は強いだろう。彼等は震災以降に勢力を伸ばして来たシチリアやコルシカの面々とも表面上は仲良くしているからな」

 俺の問いにアレクセイは渋面をつくる。

「その通りだ。だが噂では奴は本国から古参の幹部を監視する為に派遣されているのではないか、そう言われている。古参のメンバーは【嵐】に対して強く出れないのが現状だな」

「……セルゲイも大変だね」

 探偵は落ち着いたのか宙を見上げて茫洋とした表情で苦笑する。

「今日、【城】に立ち寄ったのも、セルゲイがメエーチ亡き後の【慈悲深き手(ドーヴルィ ルーキ)】を取り纏める役目を娘のオリガに任せた事に対する抗議の為だ。恐らく奴がメエーチの後釜に座りたかったんだろうな」

 元軍警出身としては己のやり方の通せる組織への懲罰部隊である【慈悲深き手】が欲しかったのだろうが、セルゲイと決闘によるメエーチの意向が優先されたのだろう。

「でも良いのか、俺にそんな事を話して?」

「本来なら駄目だろうな。だが、俺の勘では【嵐】はお前に一目置いた。ひょっとしたら利用しようと手を打ってくるかもしれん。その警告だ」

「……それは迷惑だな」

 俺は嘆息せざるを得なかった。

 俺達の様な有象無象の死肉にたかる蛆虫が、満たされずに共食いを始めている。

 それでも飽き足らず新鮮な食糧に(かじ)り付き、必要のない悲劇を巻き起こす。

「俺はともかく、湖乃波君に類が及ばない様にしないと」

 その前に、俺はすでに齧り付かれてしまった犠牲者に会わなければならないのだが。


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