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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
167/196

前編 狗狼SIDE(5)

                       3


 やはりトナカイよりサンタクロースの方がケーキを配る仕事に適していたのか、二十四個のオーガニックショートケーキの配達作業は何の障害も無く終えることが出来た。

 いや、何の障害も無かったことは無かった。

 十分待っても戻ってこないへっぽこサンタクロースが心配になり様子を見に行くと、奴は空色のワンピースを着た、ロングパーマで丸い球体のイヤリングをした妙齢の女性に玄関先で両手首を掴まれ色々と口説かれている最中だったのだ。

 俺が「ぶおーっつ」と鳴いてちゃちゃを入れたから良かったものの、あと数分遅ければ探偵自身があの女性へのプレゼントと化している事は否定出来ないだろう。

 そう言えば、あの女性はクリスマスケーキを一個しか注文していなかった。純粋にケーキを味わう為に注文したのか、それとも今は独り身なのか、後で探偵に情報を訊くことにしよう。

 恐らく呆れ果てた視線を向けられるだろうが仕方がない。この世は美人が多いのに、それに馴れることが出来ない俺が純朴故の悲劇なのだ。

 俺は、その真理に到達すると網膜に残る彼女の高い鼻をした高級ブティックの似合いそうな美貌を脳内の奥深くへしまい込んだ。

 元町のケーキ屋に戻ると、俺は約束通りに雪柳(ゆきやなぎ)さんから残り九個のオーガニックショートケーキを受け取った。料金は運び賃から天引きしてもらう。

 彼女は今日のノルマを達成したのか、コック帽を外して艶やかな手触りの良さそうな柔らかい黒髪を背中に垂らした。

 今日は残りの時間を寝て過ごすらしい。

 彼女と一緒にクリスマスを過ごせないのは残念だが、彼女にも休息を取る権利はあるのだ。此処はぐっと我慢して額に口づけをするだけに留める。

「それで、そのケーキは食べるのか?」

「余れば食べる。むしろ足りるかどうか心配だ」

「?」

 珍しいな、と銀縁眼鏡の奥の目を丸くする探偵へ、俺は苦笑を浮かべた。

「俺は寄るところがある。その前に事務所で降ろすから湖乃波君と待っててくれ」

「……何処へ寄るんだ?」

 探偵は面白くもなさそうに茫洋(ぼうよう)とした口調で俺に問い掛けた。

「……まず花屋だ」

「クリスマスの飾り付け用、てなわけじゃなさそうだ」

「変な推理はやめとけよ、探偵」

 俺の(まと)う雰囲気を読み取ったのか、探偵は前を向いたまま感想を口にする。

 これは俺の問題で、探偵は一切関係が無いのだ。

「……湖乃波ちゃんを手伝えと言われても、俺は料理出来ないから肩身が狭いよ。用が済むまで車内で大人しくしているさ」

 本当に面倒臭そうに答える奥田を一瞬だけ俺は横目で睨んだだけで、ステアリングを回転させるとポートアイランドへ向かう車線から反対車線へ乗り入れる。

 へっぽこ探偵が何を考えているかは解っているが、口に出さないのが礼儀というものだろう。


 俺はセンター街の花屋に寄り花束を二つ作って貰った。

 ひとつは白い大輪のカサブランカを二本だけ紙に巻いて纏めたもの。

 百合は初夏に咲く花だと思っていたが、今では球根の状態で手を加える事により一年中その花を咲かせることが出来るそうだ。

 もう一つは同じく白い小さな花を咲かせたカモミールを七本、同様に紙に纏めて巻いて貰った。

 花屋の女性店員は何を思ったのか、トナカイのマスクを見上げて生真面目な表情で「食べるんですか?」と聞いてきたので「それは無い」と答えておく。


 フラワーロードから不動坂に入り北野町まで北上する。坂の上の異人館を左手に通り過ぎ突き当りを右折すると、左右を雑木林に囲まれた一本道が現れた。

 ロシア系組織【聖なる泥棒】の幹部であるセルゲイ・セレズニョフの直轄する組織(クラブ)の名称であり、この一本道の先にある【(クリェームリ)】と呼ばれる白磁の洋館が俺の目的地だ。

 しばらく進むと黒く重厚な高さ三メートル近い鉄製の門が、道を塞ぐように俺とゴルフを出迎える。

 そして先月からその門を守る責任者となった豊かな口ひげを生やした灰色の背広姿の男が、停車して運転席側の窓を開けたゴルフに近づき内部を覗き込んだ。

「……」

 彼の青い瞳が揺れる。その右手が僅かに左脇に上がっているのは、今、自分の目にしている相手の正体が解らない為だろう。

 彼の左脇には早撃ちに特化するように照門(リアサイト)照星(フロントサイト)を削り、用心鉄(トリガーガード)の前半分も切り落として改造(カスタマイズ)されたTT―1933(トカレフ)が収められ、この門を押し通ろうとする不届き者を瞬時に仕留めることが出来る。

誰だ(クトー)?」

 彼の背後に控えた部下達も彼の(いぶか)しげな口調に触発されたのか、それぞれが己の武器に向けて指先を移動させていた。

 途中で着替えて来るべきだったか、そう俺は反省して被ったトナカイの頭部の頭巾を撥ね上げ、口を覆うトナカイの鼻先を顎先にずらす。

「メリークリスマス、アレクセイ」

「……」

 現れた一ヶ月ぶりの見知った顔に、灰色の背広を着た門番は右手から力を抜いて軽く息を吐いた。

「クリスマスのサービスか、ブレード? 車も変えたんだな」

「本当に様にならない格好さ」

「いや、意外と似合ってる。その格好で運び屋をすればどうだ? 客が増えるかも知れん」

 俺の愚痴にアレクセイは軽口を返すと口ひげに覆われた口角を愉快そうに吊り上げる。

「それで、そちらの同乗者は?」

「どうも、僕は元町で探偵を営んでいる奥田と申します」

 ゆったりとした口調で笑顔を浮かべる探偵は、俺越しにアレクセイに左手を差し出した。アレクセイも気にした風も無く左手を差し出し互いの手を握る。

「私は此処の警備を任されているアレクセイ・グリゴローヴィチだ」

 探偵はアレクセイの背広の左脇が不自然に盛り上がっている事から、拳銃使いであることを見抜いたのかもしれない。

 そしてアレクセイも同様なのだろう。

 拳銃使い(ガンスリンガー)同士の挨拶は短く終わり、アレクセイは探偵の手を離すと俺に向き直った。

「それで、今日は何の用だ? ヂェードゥシカからお前が来る事は知らされていないが」

 ヂェードゥシカとはロシア語でお爺さんの意味であり、クリェームリに関わる者は主であるセルゲイを敬意を込めてそう呼ぶ。

「マーシャからあのが良くなったと連絡があった。なら、ケジメを付けないと」

 俺の答えにアレクセイの顔から笑みが消えた。大きくため息を吐くと額に手を当てる。

「全く。あんたは生真面目か、ふざけてるのだか解らない奴だ」

「そうそう、気難しいんだよ、此奴(こいつ)

 横から探偵が口を(はさ)むのを無視して俺は後部座席の花束を顎で示した。

「それに、メエーチへ花束を添えに来た。あの爺さんへの花は墓ではなく、長年守り通してその生涯を終えたこの場所が相応しいと思う。まあ、命を奪った俺が言うのもおかしなものだが」

 俺の苦笑にアレクセイは青い目に沈痛の色を覗かせる。

「そうだな、俺達よりブレード、あんたの方が付き合いは長かったな」

 奴は運転席側のドアから一歩引いた。

「いいさ。花を添えてくれ。ただ……」

 奴はゴルフから降りた俺の頭の天辺から足の爪先まで視線を往復させると、俺に近付いて声を潜めた。

「だが此処の守りに就いている奴は、(ほとん)どが元メエーチの部下だ。【シベリアの掟】で定められた決闘とはいえその結果を受け入れられない奴も多い」

 だろうな。

 アレクセイが俺を確認した後というのに、まだ左脇や右腰に手首を差し込んでいる奴がいるのがその証拠だろう。

「だから、せめて着替えてくれないか。その恰好は奴等を挑発している様にしか見えないんだ」

「解った」

 俺はゴルフのバックハッチを開けてカッターシャツを手に取った。

 着替えるとなるとジャケットとスラックスを脱いでから、背中のジッパーを外してTシャツとトランクスになりカッターシャツを着なけらばならない。

 ゴルフとはいえ、後部座席で着替えるのは少々手狭と思った。

「その脇の雑木林に入っていいか? 君等も此処で男のセミストリップを見たくもないだろう」

 俺のからかう様な口調に、アレクセイはさっさと行けとでもいうかのように嫌そうな顔をする。

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