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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
164/196

前編 狗狼SIDE(2)

「あ」

 サンタクロースでふと、用意した品物が間に合うかどうか確認しようと、元町高架下の時計屋に電話をする事にした。

「はい、一刻屋(いっこくや)

 携帯電話の向こうからしわがれた老人の声が不機嫌そうに鳴り響く。

「よっ、爺さん。景気はどうだい」

「ワシはお前と同じで甘いもんは嫌いだと知っとうだろうが」

「……耳は遠いんだな」

 それともクリスマス呆けか? まあ、年末は忙しいとかボヤいていたが。

 俺は今年で八十を超える細面でしかめっ面の老人の顔を脳裏に浮かべた。

 俺が今、電話を掛けている老人、砺波(となみ) 善次郎(ぜんじろう)は腕時計の修繕(しゅうぜん)、復旧つまりレストレアやオーバーホールのみを専門とする時計店【一刻屋】の主である。

 【一刻屋】の六畳ほどの狭い店内は善次郎の作業スペースと腕時計の保管スペースに区切られており、余分な埃が入らないよう防塵シートで区切られた作業スペースの薄暗い空間で、彼は朝早くから夜遅くまで、興が乗った時は平気で徹夜をして日がな一日腕時計をいじくるのだ。

 彼の腕は彼自身の愛用する腕時計が物語っており、その手首に巻かれたセイコー【ローレル】は日本で初めて製造販売された腕時計で、一九一三年発売以来、時を刻み続けている。

「で、頼んでいたモノは仕上がりそうか」

「ブレード、無茶を言ったらいかんぞ。先週ぶらっとやって来て時計を預けたばかりじゃろ。せめてふた月は待ってもらわんと」

「だろうな。そういや、苦戦していたロレックス・ル・マンは出来上がったのか」

 俺が店にオーバーホール用の腕時計を持って行くと、片眼鏡をして円形の金属板をやすりで削っていた。訊くと歯車を作っていると返答があったが。

 ロレックス・ル・マンは一九六三年製コスモグラフRef6239の初期の名称であり、後に初代デイトナと呼ばれるモデルである。

 ちなみにこのモデルをデイトナと呼ぶと善次郎に怒られる。

 特徴として有名なのはベゼルのタキメーターの目盛が三〇〇まである中で二七五の目盛が存在している事、そして後のデイトナより細長い時針と分針だ。

 彼の受けた修繕の依頼は内部部品のリペアと劣化した長針と分針を後の仕様のものに変えずに修復して欲しいというものだった。

 その針は当然コレクターが手放すわけは無く、善次郎は採寸して貰ったオリジナルの針を参考に、他の時計の長針と分針から削り出して見た目は全く同じものを作り上げていた。

「今日作業が終わったばかりじゃ。全く、期日に間に合ったから良かったが、齢を取ると作業が遅くて敵わん」

「全く、爺さんは仕事の鬼だな」

 弟子志願が来ても長続きしないんだな。神業過ぎて。

「何を言うか。期日を切られていない預かり物がまだまだあるぞ。仕事休みなどいらんわい」

「おいおい、今日、明日ぐらいは休んだらどうだ」

 爺さんの好きなバーボンウイスキーでも差し入れて、強制的に休ませた方が良いかも知れない。

「お前さんの預かり物も早く渡したほうがいいじゃろう。待っとけ」

「気にするな。爺さんの体内時計が止まる方がよっぽど怖い。俺は三月まで待てるさ。また珍しい時計の薀蓄(うんちく)を聞かせてくれ」

「……解ったわい。そこまで言うなら仕方ない。仕上げを楽しみにしておれ」

「ああ、期待している。じゃ」

 俺が携帯電話を閉じてスラックスのポケットに収めると、探偵は俺の僅かな表情の変化を読み取ったのか「どうした?」と問い掛けてくる。

「ん、いや、湖乃波君へのクリスマスプレゼントが間に合わなかったな」

「そうか。まあ、あの子がクリスマスプレゼントを欲しがるとは思えないが」

「それを幸いって言っていいのか解らんが、仕方ないな。パーティーを開いて楽しんでもらうってことで勘弁して貰って、アレは中学卒業記念に渡すとするか」

「そうだな。で、マオは勝手に押しかけて来るからいいとして」

「去年は誰かさんが海に蹴落とされたしな」

「……」

 端正な顔を曇らせる奥田、きっと去年の事を思い出しているのだろう。

狗狼(くろう)、今年は」

「解っている。だが諦めろ。アイツに酒を飲ませないのは不可能だ」

 俺は方向指示器を出してゴルフⅤのアクセルを踏み込んだ。

「とにかく仕事をして稼ぐか。誰かさんが居候(いそうろう)しているし」

「違うな、有能なオブザーバーが常駐していると思ってくれ」

「……」

 どうやら事務所に居られないワケを話す気は無いようだ。

 俺は軽くため息を吐いた。

 しかし、普段は顔だけの男だが、此奴はこれでも幾つかの荒事はこなしてきているし、人脈もそれなりにある。

 奥田の左脇に吊った、上体に密着するように作られた小型のホルスターには、かって米軍の正式採用拳銃であったコルト1911A1を小型化したデザインを持つ、スプリングフィールドアーモリー社製V10ウルトラコンパクトが|撃鉄を起こされて手動セフティを掛けた状態《コック & ロック》で納まっている。

 それにすらも力不足である事態としたら厄介としか言いようがない。

 もっとも、俺は奥田の愛銃が人に向けてその弾丸である45ACPを放ったことを見た事が無い。

 それは俺の役目だ。

 昔から俺が奥田 桂人(けいと)の弾丸なのだ。

「やれやれ」

「?」

 まあ、今の此奴はサンタクロースで俺はトナカイだ。

 その時が来れば嫌でも解るだろう。

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