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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
163/196

前編 狗狼SIDE(1)

 前編 狗狼(くろう)SIDE 


                    1


「ふう、危ない所だった」

「全くだ」

 助手席に腰掛けたサンタクロース、もといへっぽこ探偵である奥田(おくだ) 桂人(けいと)がバックミラーを見上げて安堵するのに、俺も憮然とした表情で応じた。といっても今の俺はトナカイなんだが。

 俺は先月にとうとうお亡くなりになった長年の相棒、プジョー207SWに代わり予備機から昇格したVW(フォルクスワーゲン) ゴルフ(ファイヴ) GT TSIのバックミラーを見上げる。

 俺の事務所兼住居である倉庫の前に佇んで、走り去るゴルフVを見送る一人の少女が、その四角く区切られた世界で徐々に小さくなっていった。

 少女の名は野島(のじま) 湖乃波(このは)

 今年の四月から訳有りで俺が保護者として面倒を見る事となった中学三年生の契約者だ。

 本来なら来年の三月までの契約だったが、俺の稼ぎの少ない為か四年間に延長する事となり今に至る。

 四月以降、口数の少なく表情の変化に乏しい彼女との距離感が掴めず、さてどうしたものかと途方に暮れる事もあった。

 しかし夏に仕事ついでの小旅行へ彼女を連れて繰り出して以来、湖乃波君の口数は多少増えて、お互いに不快にならない程度の距離に落ち着いている。

 これからの四年間、これなら何とかやっていけそうだと胸を撫で下ろしたのだが、それとは別の懸念が俺にはあった。

 それは彼女の友人が少ないのではないか、との懸念である。

 湖乃波君の同年代の友人と言えば、あの金髪の悪魔(カテリーナ)以外、俺が知る訳は無く、それ以外では大人しか思い浮かばないのだ。

 俺と同じく運び屋を生業とする【レッド・バード】こと小鳥遊(たかなし) 静流(しずる)やこの街の闇の一部を受け持つ中華系非合法組織【紅龍(レッド・ドラゴン)】の幹部で俺とは長年の顔見知りであるマオが時々湖乃波君と行動を共にしているが、彼女達との関係を友人と評して良いのか判断に苦しむ。

 そんなわけで俺と奥田はクリスマスだのパーティーだのプレゼントだの一言も口にしない湖乃波君を心配した。

 まあ、湖乃波君が事務所の床に寝そべって、足をバタつかせながら「○○買って―」と駄々を捏ねたら天変地異の前触れぐらい俺は驚くが。

 しかし、男も四十代ともなると、自ら「クリスマスパーティー」と口にするのも抵抗があるのだ。

 正直、二十五歳以上の女性に対してなら誘い方もいくつか考え付くのだが、年頃の女の子に対してどう切り出すかは、まったく経験が無い。

 そこでへっぽこ探偵の立案した計画が【勢いで押し切ろう作戦】だった。

 あらかじめ用意しておいたケーキを隠しておいて、夕食の時間に「メリークリスマース」と言いながらサンタとトナカイが事務所に乱入する計画だ。

 それに加え、事前にアルコールを摂取しておけば、

「もう、二人とも馬鹿な事をして!」

 と湖乃波君も酔った勢いという事で変に構えず、気を使わなくて済むのかもしれない。

  そしてクリスマス当日、俺と奥田は昼頃にイベント関係を取り仕切るお得意さんから届けられたサンタクロースとトナカイの衣装を試着した。

 まあ、これなら十分悪ふざけになるだろうとお互いを(けな)しあった後、俺は煙草を吸いに事務所の外へ出て、奥田もその恰好を見物しようと外に()いて来て、

「……狗狼、その恰好は何?」

 終業式の為、俺達の想定より早く帰宅した湖乃波君に見つかり、見事に計画は頓挫(とんざ)したのだ。


「まあ良かったじゃないか。湖乃波君から言い出したんだし」

「そうだな」

 カテリーナを呼ぶのはいいが、母親である富樫(とがし)理事は了承してくれているのか?

 あっちはあっちで家族限定のクリスマスパーティーを開くのではないだろうか。

 確認しておくか。

 俺は神戸大橋へ上がる手前の脇道にゴルフⅤを停車させて携帯電話を取り出すと、既に馴染となっている携帯電話番号をプッシュした。

「あら、乾さん。今日はどうしたのかしら」

 さほど待つ事も無く携帯電話の向こうから落ち着いた女性の声が帰って来る。

「いや、今晩は予定が詰まって貴女の声を聴けないのが残念でね。今聞いておこうと思った」

「ふふ、そう言って私を誘った事は一度も無いじゃないの」

流石(さすが)に人妻を誘う禁忌(タブー)を犯す勇気が無くてね。年甲斐もなく純愛(【プラトニック)を貫いているんだ。まあ、禁断の果実を口にして貴女と楽園を追放されるのは本望だが」

「アダムとイヴになるつもり?」

「お望みとあらば」

「却下よ。聞きたいのはカテリーナの事でしょう?」

「ははは、千里眼でも備えていますか?」

 俺の目的を察した富樫理事に、俺は乾いた笑いで誤魔化す様に応じながら彼女の洞察力に舌を巻いた。

「種明かしは簡単よ。ついさっきあの子から今晩は野島さんと一緒にクリスマスを祝うって連絡があったの」

「なるほど、で、どう答えたんですか?」

 彼女の返答によっては今晩の予定を大幅に変更しなけらばならないかもしれない。

 暗く沈んだ湖乃波君の表情を見ながらクリスマスを祝うのは勘弁して欲しいものだ。

「私が断るわけないでしょう。もう高校生だから自分でどう過ごすのか決めなさい。って答えたわよ」

「それはありがたい」

 俺は内心安堵して深く息を吐いた。

「しかし、他の家族は? 一人娘が抜ける事で理事を責めたりしないのか」

「あの子の兄達は二十五歳を超えているわ。家族で祝おうって齢でも無いし、亭主は亭主で彼があの子に求めているのは、学校生活同様に品行方正な娘としての顔よ」

 富樫理事から苦笑交じりの答えに俺も苦笑を浮かべる。

「亭主に対して酷い言い様だな」

「愛情など尽きているのよ。亭主が求めているのは優秀な後妻としての顔」

「……」

 他人の家庭の事情に首を突っ込む気は無いが、なかなか厄介そうだ。

 富樫理事がクリスマスケーキを作ったら、亭主の顔に投げつけたくなるのかも知れない。

 さて、カテリーナは問題ないからこのままクリスマスパーティーの準備を進めても構わないが、大人としては少女二人では華が足りないのではないか、そう思った。

「……で、貴女はどうする? 貴女も一緒に来てくれるとカテリーナも気を使わずに済むと思うんだが。そして俺の問題も解決する」

「問題?」

「声だけでなく、理事の姿を拝めることだ。それと美文さんも誘ってくれると嬉しい」

「ひどいわねえ。本命は美文?」

 美文さんは湖乃波君の通う学校の語学教師で、さらりとした栗色の髪と縁の太い眼鏡がトレードマークの美人さんだ。

 俺としてはふと笑った拍子に少しアヒル口気味になるのが可愛らしいのではないかと思う。

「いや、本命が人妻だと周りに気付かせないためのブラフさ。あくまで俺は富樫理事しか見えてないんだ」

「へえ、なら、そう美文に伝えておくわ。それとパーティーには出席させてもらおうかしら」

「じゃあ、仕事がひと段落したら迎えに行くことにしよう。ドレスコードは無いから安心してくれ」

「ふふ、じゃあ楽しみにしておくわ」

 携帯電話の向うから彼女の含み笑いが響くと共に通話が切られ、俺は携帯電話を耳から離すと一息ついた。

「……」

「なんだね、へっぽこ探偵」

 助手席から呆れ顔で俺を眺めていた奥田は、俺の問い掛けに対して苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「いやなに、お前が魅力的な女性を誘うのは別に構わないが、パーティーの最中、そちらにかまけるあまり、肝心の主賓をおざなりにしないか心配でね」

 主賓って誰? と俺が訊き返せば長年の付き合いが反故(ほご)にされて清々したかも知れないが、いくら俺でもそこまで女好きではない。

「解っているさ。湖乃波君とカテ公が今日の主賓だということは忘れてない。今の電話の相手は、カテ公の母親で湖乃波君の通う学校の理事の一人だ。仲良くしても罰は当たるまい」

「まあ、そうだがね」

 奥田は全く信用していないのか、端正な顔の下にぶら下がったサンタクロースの付け髭を指先で弄びながら答えた。

 俺としても富樫理事が美人だから仲良くしているのではない。

 知り合った湖乃波君の学校の理事が、たまたま美人だった。そして富樫理事を先輩と慕う美文さんもおっとりとした美人なのは、本当に偶然で俺にはどうしようもない事なのだ。

 そんな彼女等と懇意(こんい)となって非難されるいわれは俺にはなく、その偶然を演出したサンタクロースよりもっと偉い存在こそ非難されるべきであろう。


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