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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
161/196

前編 湖乃波SIDE(8)

「わりしたは北浜のおばあさんからレシピを教えて貰ったから私が作ります。カテリーナは魚の臭み取りをお願い」

「え、臭み取りってどうやるの、湖乃波?」

 そうだった、カテリーナはあまり料理は得意じゃなかったんだ。

「じゃあ、一緒にやろう」

 私は食べ易い大きさに切られたタラの切り身を流し台の上に敷いたキッチンペーパーの上に並べ、塩を指先で摘まむとその上に散らした。

 カテリーナも私と同じようにタラの白い切り身に塩を振りかける。

「こうするとタラの臭みの源が水分と一緒に出てくるから、五から一〇分後で塩もろとも水で流すの。他の魚の臭みを取る時にも使えるよ」

「ふーん、で、残りの魚も同じようにするの?」

「あ、ブリはもうひと手間かけないといけないの。塩を流水じゃなくて表面が白くなるぐらいの熱湯を掛けて【霜降(しもふ)り】状態にするの。それから流水洗いすると旨味が閉じ込められるんだって」

 カテリーナと二人で並んで料理をするのは、狗狼(くろう)とはまた違った楽しさがある。

「うん、解ったけど、あの量を臭み取りするの? 全部食べられる?」

「……」

 私は背後の発泡スチロールの箱に詰まった切り身の量を考えた。確かにこれは食べきれないかもしれない。後日、煮付けや照り焼きに使った方が良いかも。

「ああ、それは心配いらない。狗狼が数人に声を掛けておくってさ」

「狗狼が?」

 龍生(りゅうせい)君の言葉に、私は珍しいと声を上げた。

 狗狼は食事に人を呼ぶなど滅多になく、大抵は相手が食事に押しかけて来る。

「本当に、クリスマスパーティーを開くんだ」

 私が頼んだことだけど、その規模にびっくりする。

 どうしよう、私上手く料理を作れるかな。

「凄くにぎやかになりそうだね、カテリーナ」

「……」

 返事が無いので視線を向けると、私の年上の親友は視線を落として考え事の最中だったらしく、「カテリーナ?」と再度問い掛けると我に返ったように慌てて視線を上げた。

「な、なに、湖乃波(このは)?」

「う、うん。賑やかになりそうだよ。ちょっとびっくりしてる」

「あ、うん、そうね。まあ、賑やかなのもいいか」

 カテリーナは苦笑して私の背を軽く叩いた。

「じゃあ、頑張って片っ端から臭み取りをしますか。狗狼はいつ帰って来るの?」

「出来るだけ早く帰ってきて準備を手伝うってさ」

 龍生君は適度な長さに切った大根を器用に桂剥きにしていく。一定の速度を保ったまま剥かれていく皮に私は感嘆の声を上げた。

「凄い。料理は良くするんですか」

「休日は、ね。親爺も母さんも海外の仕事が多いから、二年以上一人暮らししてる」

「え、それって大変じゃないですか」

「いや、全然。むしろ五月蠅(うるさ)いのが居なくてホッとしてる。それに狗狼や奥田さん、マオさんが親父に様子を見るように頼まれているらしくて、よく覗きに来るんだ」

 狗狼が? 何となく「面倒くさい」と言って突っぱねそうな気がするけど。

 私が素直に思った事を口にすると、龍生君は同意するように二度頷く。

「俺もそう思うんだ。実際、親爺には散々ごねたらしい。でも頼むとしょうがねーなーって感じで協力してくれる」

「あ、それは解ります。苦笑しながら、しょうがねーなー、ってぼやくんです」

「そうそう、でも始めると手を抜いてくれないんだよ。山登りでも自転車でも、本当に狗狼にしごかれたなぁ」

 そう言って龍生君は笑った。

 目を細めて、嬉しそうに。

 ああ、この人は狗狼が好きなんだ。

 龍生君にとって、狗狼はもう一人の父親みたいなものかもしれない。

「すまない。おろし金を貸してくれないか」

「え、具材じゃないんですか?」

 てっきり輪切か半月切りで具材にすると思っていた私は、龍生君に問い掛けた。

「食べる時の付けだれ用。()り下ろした大根と卵、甘海老をぶつ切りにしたものに柚子(ゆず)を数滴垂らしてから掻き混ぜて完成」

 私は手鍋に汲んだ水に利尻昆布を浸して弱火に掛けてから、龍生君に我が家愛用のおろし金を手渡す。

「有難う」

「刃の大きい方が表面で大根おろし用。裏側は刃が細かい薬味用だよ」

 彼は大根を表面に当てて数回動かすと、目を見張って感嘆の声を上げる。

「いや、これ使いやすいな」

「うん、狗狼の(こだわ)り道具。おろし金はこれが良いんだって。純銅製でおろした具材に水っぽさが無くふわふわとした食感になるの。裏面に細かい刃がついているから山葵(わさび)も擂りおろせるよ」

 刃は職人が(タガネ)で一本ずつ起こしていく【本目立て】で、歯が重ならない様に並べられているのは素晴らしいと狗狼は語っていた。

 当然、刃は使い続けていくと摩耗するけど、元町商店街の刃物屋さんに持って行けば研ぎに出してくれるそうだ。

「なになに? 楽しそう」

 切り身の臭み取りを終えたカテリーナが私と龍生君の間から顔を覗かせる。

「うん、このおろし金がとっても使い易いって」

 龍生君がひょいっとおろし金を掲げると、カテリーナは目を丸くして光沢のあるその表面を眺めた。

「コレ金属製なんだ。ウチはプラ製のケース付きを使っているけど、何か違うの?」

「違うぞ」

「違うよ」

「……アンタ達、すっかり仲良しねえ」

「まあ、使ってみなって、解るから」

 カテリーナは半信半疑の表情でおろし金と大根を受け取ると、大根をおろし金の表面に当てて数回滑らせる。

「……」

 深い緑色の瞳に感嘆の色が浮かび上がった。

「凄い、良く削れる。シャバシャバじゃない」

「でしょ、でしょ」

 何となく嬉しい私。

「へえ、これ面白いね。もうちょっと擂りおろしていいかな?」

 数分後、私達三人は銀色のボウルに天下盛りとなった大根おろしを前に沈黙していた。

「……」

「……」

「……(私は赤面)」

「なあ、これだけの量、要るのか?」

「何よ、あんたが一番嬉しがっておろしてたじゃない」

「俺は必要分しか擂ってないだろ。お前の分がプラスアルファだ!」

「まあまあ、二人共。ひょっとしたら全部使い切るかもしれないよ」

 私の意見に、二人は一旦口を(つぐ)んで矛先を収める。

「そうね、余ったら御飯代わりに狗狼に食べさせる?」

「そうだな。御飯も大根も白いから見た目は変わらんだろう」

 全然違うよ!

 あまりもの狗狼の不憫(ふびん)さに私は胸中で突っ込んだ。

「じゃあ、俺は甘海老を剥くか」

「ああ、甘海老が剥かれちゃうのね」

「……御免、富樫さん。その言い方、やめてくれないか。その、ちょっと、えろ、エロいし」

 顔を赤くしてどもりながら抗議する龍生君に、カテリーナはしてやったりと意地の悪い笑みを見せた。

「ええ? じゃあ私の代わりに湖乃波に言ってもらうね。さあ、どうぞ!」

「嫌だよ!」

 私の抗議にカテリーナは目を丸くする。

「どうして? 私、スマホのマイクをONにしているのに。ねえ!」

「しないで!」

「今、オカズを作っているんでしょ。私だけのオカズにするから!」

「歯に衣着せろ、痴女」

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