前編 湖乃波SIDE(7)
「タダ飯を喰うのも悪いから、手伝いすることは無いかな。その前に名乗っておいた方が良いか? 俺は……」
彼の言葉を遮るように再び来客のブザーが鳴り、ドアの向こうから聞き覚えのある女の子の声が響いて来る。
「やっほー、湖乃波―っ、お待たせ―」
「あ、カテリーナ。待っててー」
御免なさいと彼に謝ってからドアを開ける。
「メリークリスマース、このはーっ!」
カテリーナは学校での良家のお嬢様的な印象と異なり、金色の波打つ長髪をサイドテールに纏めた、黒の皮ジャケットに色の剥げたデニムのホットパンツ、太腿まで伸びた紫のニーソックスとロングブーツと言ったかなりワイルドな格好をしている。豊かな双丘はニーソックスにあわせた紫色のルーズシャツに隠されているけど、胸元が開放的でドキマキしてしまうのは私だけだろうか。
出会いがしらに抱き付かれて私は少し驚いた。
「ん、カテリーナ、どうしたの?」
「……うん、クリスマスパーティー、有難う。私、すごく嬉しい」
彼女は私を抱きしめる両手に力を込める。
私は同じように彼女の背中に手を回し、二度軽く叩いた。
「大したことないよ。カテリーナの為だったら。皆も協力してくれているから」
「ふふ、凄いね湖乃波は。お礼のプレゼントは……」
カテリーナはするりと私の背に回した手で私のハイネックシャツの裾をたくし上げると、露わになった背中に彼女のさっきまで外に居た為に冷え切った掌を当てる。
「ひゃっつ!」
「とっても冷たい外の冷気だー」
「ち、ちょっと、カテリーナ、冷たい、冷たい!」
背中に掌が押し当てられる度に、仰け反って嬌声を張り上げてしまう私。
「あ」
不意にカテリーナが動きを止めて私を解放したので、私もブラジャーの背紐が見える位に挙げられたハイネックシャツを慌てて下ろして振り返る。
そこにはびっくりしたように目を見開いて口を半開きにした長身の彼が、仰け反った姿勢を維持したまま私達を凝視していた。
うわあ、赤面してしまうよ。
ちらりとカテリーナへ視線を向けると彼女は困った様に笑みを浮かべている。
「えっと、ボンジュール」
「え、お、ボンジュール?」
彼はカテリーナのばつの悪そうな挨拶に、顔を赤くしたまま辛うじて挨拶を返した。
それはそうなると、私は思う。
訪問してきた長身で金髪の美少女が、迎えに出た私にいきなり抱き付いてシャツをたくし上げてじゃれ付いているんだから。
「ねえ、湖乃波。あの人は誰かな?」
「え、私もよく知らないんだけど、狗狼に今日の食材を持ってくるように頼まれた人」
「……え、何処の誰だか知らないの? さっきのは拙かったかなぁ」
「普通、拙いよ、あんな事」
ひそひそ話の内容が聞こえたのか、彼は気を取り直す様に深呼吸をする。
「……自己紹介に戻るが、俺は狗狼の幼馴染の息子だ。狗狼と奥田さんにはガキの頃から世話になっている」
「あ、そうだったんですか。私は、今、狗狼と同居している……」
「知ってる。狗狼の仕事の依頼人だろ。四年間、狗狼が保護者でいる契約だよな」
「は、はい」
それから彼は、カテリーナに視線を向ける。
「で、騒がしいアンタは何者だ」
カテリーナは彼の物言いに少しだけムッとしたように睨み付ける。
「私はカテリーナ・富樫。この子、野島 湖乃波の先輩で親友」
「へえ、痴女かと思ったよ」
「私も狗狼の留守中に入り込んだ不審者かと思ったけど、本当に違うのね?」
いや、二人共、人の頭越しに火花を散らさないで。
「二人共、さっきのは事故みたいなものだから忘れようよ」
「……そうだな」
「……そうね」
何となく不服そうに矛を収める二人に胸を撫で下ろし、私は右手を長身の彼に、左手をカテリーナに差し出した。
「じゃあ、改めて私も自己紹介するね。狗狼の同居人で中学三年生の野島 湖乃波です。これからも宜しくお願いします」
「よろしく。根神 龍生だ」
「うん、野島 湖乃波、これからもよろしく」
龍生さんは私の右手を、カテリーナは私の左手を握りしめる。
「しかし、あんた、いや、富樫さんは背が高いな。いくつあるんだ?」
「貴方がそれを聞く? 百七十二センチよ。貴方は?」
「百七十九センチ。親父は百八十五センチだから、ひょっとしたらまだ伸びるかもしてない」
背丈が一六〇センチに届かない私にとっては羨ましい話である。
「でも中学三年生で百七十九センチだから高校に入るとあまり伸びない可能性も……、二人ともどうした?」
私とカテリーナは目を丸くして龍生君を見つめていた。
私と同学年! カテリーナより年下!
「う、ううん、な、何でもないです」
「そうそう、高校三年生ぐらいと思っていたとは言わないから」
「言ってるじゃないか。まあ、慣れているけど」
「でも、子供っぽいより、大人びている方が良いよね。ね、ねえ、カテリーナ?」
「そうね、年下に見えず可愛げが無いとは絶対思っていないから」
「あんたも実年齢より上に見えるだろ」
「私はワザとそう見せているの」
「……」
ひょっとしてこの二人、相性が悪い?
「……ふ、二人共、そろそろ料理を始めないとクリスマス・パーティーが始まらないよ。食材が多いから手伝ってくれないかなぁ」
睨み合いをしていたカテリーナと龍生君は、私に向き直ると二人同時に息を吐いた。
「そうね、身体が大きいとはいえまだ中学生だから、此処は年上の余裕を見せてあげないと」
「一年早く生まれただけで人生の先輩面されてもな。年齢しか誇れるものが無いからしょうがないよな」
間違いなく相性が悪い。
私は奥の手を出すことにした。これで狗狼と奥田さんは鉾を納めてくれるけど、この二人は上手くいくかどうか心配だよ。
「二人共、仲良くしないと御飯抜きにしちゃうよ」
「「はい、仲良くなりました」」
異口同音に棒読みで返答する二人にため息を吐きながら、私は龍生君の持って来てくれたビニール袋の中身を確認した。
菊菜、大根、人参、白ネギ、えのき、生麩、卵。
「狗狼が白菜は水気が多くて味が薄くなるから入れない方がいいって。あと魚は塩を降って臭みを取ってから、わりしたに浸して味をつけておくことだって」
大根を手に取りながら龍生君が狗狼からの伝言を口にした。




