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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
157/196

前編 湖乃波SIDE(4)

                       2


 私は薄茶色(ベージュ)のジャケットに、チェック柄のスカートと浅黄色のネクタイの組み合わせである学校の制服から、白のハイネックシャツに黒のスカートとストッキングに着替える。

 これに黒ビニール地のパーカーを羽織るのが私の最近のお気に入りスタイルだ。

 決して狗狼を意識して黒白の組み合わせにしたのではなく、適当に服を買い組み合わせるとそうなってしまったのだ。

 背が伸びたのでそれほど多くはない衣服の殆どが袖を通すことが出来なくなり、慌てて服を買い揃えたのだが、殆どが黒白の組み合わせでありカテリーナを呆れさせている。

 ポートライナーに乗り込み三宮へ向かう。

 ポートライナーみなとじま駅前のトーホーストアーは三宮で買うより安いのだが食材の種類が限られるので、今日ぐらいはそごうや地下街で豪勢なものを選んでもバチは当たらないと思った。

「……その前に」

 私がセンタープラザへ立ち寄ったのは今日がクリスマスであり、食材以外にクリスマスプレゼントを購入すべきかどうか迷っているからだ。

 例えば狗狼(くろう)、彼は値段が安かろうが高かろうが関係なく、自分の使い易いものしか所持しない。シンプル イズ ベストが彼の好みだろう。

 だからプレゼントを贈る側は非常に悩むことになる。

 貰いものを一度使ったきり気に入られず、箪笥(タンス)の肥やしかディスカウントショップへ横流しの運命を辿っている貰い物を、私は何度となく目撃しているからだ。

 私はジュンク堂書店の二階に併設された文房具店に足を運んでみる。

 以前、狗狼と本を買いに来た折、彼がこの店の商品、特にペーパーナイフを興味深そうに眺めていたのを思い出したからだ。

 光量を押さえられた落ち着いた文房具店のブースに入ると、店員さんが(うやうや)しく一礼してくれる。

 ちょっと緊張しつつ私は狗狼が覗き込んでいたガラスケースの前に足を運び、問題のペーパーナイフへ目を移す。

 鏡の様に私の目を映す(ブレード)と黒い滑らかな(グリップ)で装飾は一切ない。確かに狗狼が気に入りそうな代物だ。

 どれどれ、と私はペーパーナイフの側に添えられた説明書きを読んでみる。

 「【モンブラン】と【ライヨール】の合作によるペーパーナイフの逸品。ハンドル素材は黒檀を磨き上げたもの】

 ……えっと、値段は?

「……」

 今後、狗狼にはこの区画に立ち入ることを禁止する通達を出しておこう。

 そう決心して、取り敢えず撤退することにした。

「本、が無難かなぁ」

 呟いてみるものの、これも難易度が高い。

 狗狼は小説を読まず、基本的にエッセイや図鑑、実用書等を好んで購入している。

 ただ、彼の好みである分野が何なのかどうもあやふやなのだ。何しろ読み終わると直ぐに古本屋かブックオフに放り込まれている為、単なる暇つぶしに読んでいる可能性も高い。

 そう言えば、前に読んでいたのはロシアの手話を説明したガイドブックだった。狗狼とロシア語の手話がどう関係するのか、やはり謎だ。

 諦めて料理本のコーナーへ足を運ぶ。

 クリスマスの料理をどうしようか、そのヒントを得ようと手頃な一冊を手に取り中身に目を通す。

「……ロースト・ターキー」

 七面鳥のお肉ってそごうで手に入るのだろうか。

 それ以外の料理ですぐに食材が手に入りそうなものはロースト・ビーフやポテサラツリーぐらいで、あとはブッシュドノエルやシュトレン、パネトーネといったデザートが大半を占めていた。

 狗狼は甘いものが苦手でデザートには手を出さない。

「うーん」

 店に行って手に入った食材を工夫した方がいいのかも。

 そう考えて私はジュンク堂を後にした。

 左手の手首に巻いた腕時計に目をやると午後三時前で、私は一時間以上ジュンク堂で悩んでしまっていた様だ。

 急がないと調理する時間が無くなってしまう。

 私は一番近いセンタープラザ西館地下一階にある魚屋【魚政(うおまさ)】へ足を運んだ。

 この魚屋さんはその場で頼んだ魚を捌いてくれることも有り、切り身が多めに必要な時は重宝している。

 鮭の切り身でクリームパスタが手軽で量も稼げそう。余ればクリームシチューに転用できそうだし。

「こんにちは」

「お、今日は早いねえ。どうしたの?」

 店先に椅子を出して暇そうに店の主人であるおじさんが雑誌を読んでいたので声を掛けると、おじさんは驚いたように顔を上げて笑みを浮かべた。

「今日は終業式だから学校は早く終わったんです。それでクリスマス用の料理を作ろうかと思って」

「だよな。今日は皆、クリスマス料理で魚じゃなく肉買いに行ってるから閑古鳥が鳴いてるよ。せっかく良い奴が揃ってるんだがねえ」

 活魚【魚政】のおじさんは苦笑してから腰を上げる。

「まあ、今日は外食する奴らもいるだろうから、店に卸した分で儲けはトントンまで持って行けるんだが、余らすのも可哀想でな」

 おじさんが腕組みして傍らの陳列棚へ目を向けるのに釣られて、私もその魚達を目にした。

「……鮭、無いんですか?」

「ああ、仕入れておいた鮭は午前中に全て持っていかれたよ。あの、赤毛でショートカットの姉ちゃんが買い付けに来たんだ。店でサーモンステーキをメインにするとか」

 赤毛でショートカットの姉ちゃんに私は心当りがあった。

 きっとフランコさんだろう。

 彼女は赤毛のショートカットにマルーン色の三つ揃いを何時も着用した女性で、長田区の人気イタリア料理店【イルマーレ】の給仕(カメリエーラ)を務めている。

 しかしそれは表向きの顔で、裏では若きシシリアン・マフィア【仮面舞踏会(ラ・マスケーラ)】の女幹部だ。

 彼女は狗狼と古い縁があるみたいだけど、二人共それに関しては何も語ろうとしない。

 ただ、狗狼はフランコの女性表記であるフランカで彼女を呼ぶ事があり、その時のフランコさんは嬉しそうでもあり悲しそうでもある複雑な表情を浮かべている。

 今日はクリスマスだからお客も多いと判断して、食材の買い付けを手伝っているのだろう。

「うーん、鮭は売り切れですか……」

「ははは、切り身だけに売り切り、イタッ」

 小気味良い音と共に、おじさんの背中が反り返る。

「下手なダジャレを言わないの。湖乃波ちゃん、このままだと売れ残る魚が可愛そうだから買ってくれない? ブリ、サバ、タラなら全部四割引きしちゃうわよ」

「お、それいいね。どうだい、湖乃波ちゃん?」

「……四割引き」

 どうしよう、つい顔が綻んでしまうんですけど。

 私は陳列棚に目を映す。

 ブリ、サバ、タラ。

 それぞれ大きな切り身が並んでいる。

「どうしよう、今日はクリスマスパーティーの食材を買いにきたから」

 でも四割引き!

 ここはひとつ、我が家の隠れシェフに連絡を取って見よう。

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