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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
156/196

前編 湖乃波SIDE(3)

 山陽本線須磨駅にバスが到着すると、私達は急いで電車に乗り換えようと改札を(くぐ)る。

 阪神電鉄梅田行特急に乗って三宮まで、そこから私はポートライナーで中埠頭駅まで乗り自宅である倉庫へ、カテリーナは阪神岩屋で降りて、駅から自宅までは徒歩だ。

「じゃあ、狗狼から許可が貰えたら連絡する」

「私もママから了承されたら連絡するから」

 カテリーナと別れると私は阪神三ノ宮駅のホームの階段を駆け上がり、足早にポートライナーの三宮駅飛び込む。

 いつもなら三宮とポートピアのショッピングセンターで帰るついでに買い物を済ませるのだけど、今日は狗狼の返答次第で夕食の献立と分量が変わるのだ。

 昼前で時間に余裕があるとはいえ、今日は料理の時間を多めに取っておきたいから私の歩みは自然と早くなってくる。

 クリスマスだからちょっと豪華に手の込んだシチューとかパスタにしてもいいかも。

 ポートライナーでの移動中にも、私は料理の献立を考えるのに忙しく、中埠頭駅に到着すると自宅までの五百メートルを駆け足で通り抜ける。

 自宅兼倉庫に通じる道路の前は神戸港の岸壁であり、十二月ともなると海から吹く風は容赦なく冷たく、歩くだけでも肺が痛くなるのだ。

 自宅である倉庫が近くなるにつれ、倉庫の前に二つの人影が見て取れた。

 お客さんかな。そうであれば私はカテリーナと二人で夕食を取ることとなる。

 それが倉庫までの距離が一〇メートル程度まで近づくと、私にもその人影、いや人と人の様なモノがお客で無い事が判断出来た。

 自然と私の駆け足が早歩きに変わり、早歩きが普通歩き、いや、精神的疲労を伴った牛歩へと変化する。

 そしてその人影の三メートル手前で、とうとう私の両足はそれ以上近づく事を拒否して止まってしまった。

「……」

「やあ、湖乃波ちゃん、今日の学校はもう終わりなんだね」

 そうにこやかに挨拶してきたのは、もう馴染みと言っていい人物だった。

 その人物は少なくとも二〇歳は若く見える端正な顔立ちと声音で、私に向けて笑顔を浮かべる。

 しかし、いつもは白の上下の背広に青色のカッターシャツ、オレンジ色のネクタイを締めてソフト帽を被っているのだけど今日は趣が異なっていた。

「奥田さん、今日はどうしてそんな恰好をしているのですか?」

 私は出来るだけもう一方の人影? を視界に収めない様に注意しながら【探偵事務所 閑古堂(かんこどう)】の所長へ問い掛ける。

「うん、今日はちょっとした仕事の依頼があって、君の所の暇人に手伝って貰うんだ」

 答えになっている様な、なっていないような、曖昧な返答を返した奥田さんは銀縁の眼鏡の奥にある優しげな双眸(そうぼう)を細めた。

 探偵業を営む奥田さんの仕事は、実際の処、(よろず)引き受けます的な何でも屋であり元町商店街や三宮界隈の雑事をこなすことを生業(なりわい)としている。

 本業である探偵事務所で食っていける程に依頼があればいいのだけど、現在、彼はある事情で探偵事務所から退避しており、ほぼ私達の自宅で居候(ただめしぐらい)と化している。

 その彼の今日の服装は、ある意味今日に相応しいもので、その鮮やかな赤い色彩を灰色の倉庫街に誇示していた。

 白いぼんぼりの付いたふかふかの三角帽に同じく赤い起毛のオーバー、そしてくどい様だけど赤い起毛のズボンと赤い革靴。

「……サンタ・クロースなんですね」

「そうなんだ。衣装は借りているけどね。今日はこれでケーキを配るんだ」

 そう言って顔面偏差値の異常に高いサンタクロースは笑みを浮かべる。

 そうか、配送の仕事だったら狗狼の出番だよね。

 でも、狗狼はどこに行ったんだろう。

 私は周囲を見回すがそれらしき人物がいない事に絶望しつつも、あえて探すふりをした。

「ん、何か探し物か?」

 ついに奥田さんの隣にいた未確認生物が口を利いたので、私は仕方なくそちらへ視線を向ける。

「……」

「湖乃波君? そんなに眉を寄せると奇麗な顔の眉間に皴が出来るぞ」

 認めよう、いや、この物言いは確かに彼と認めざるを得ない。

「……狗狼、その恰好は、何?」

「何って、そりゃあ」

 そう言って狗狼らしき生物は自分の姿を見下ろした。

 こげ茶色の全身タイツで、鼻と口がマスクのような作りで前方に長く伸びている。

 それに加えて頭頂部には枯れ枝の様な枝分かれした角が生えていた。

 これだけなら、私でも何かか答える事が出来る。

 問題はそれにプラスアルファされた要因なのだ。

 長く伸びた鼻と口に掛かっているのはサングラスであり、口の脇からはにょっきりと火の点けられた煙草が刺さって長い鼻の頭から二本の煙が宙に向けて立ち昇っている。

 茶色い上半身に被さっているのは(くら)ではなく黒の背広で、首に巻かれたのは引き綱ではなく黒地に模様入りのネクタイだ。

「……」

 その怪生物は器用に三本指に分かれた手袋の先で煙草を摘まむと、横にいる赤い人物に鼻先を向けた。

「なんだろうな、へっぽこ探偵。答えてあげてくれ」

「トナカイだ」

「だ、そうだ」

「……」

 そう当然のように答える直立歩行可能なサングラス・トナカイに、私は頭痛をこらえながら抗議した。

「違うよ。私が聞きたいのは、どうしてそんな恰好をしているってこと」

「それみろ、探偵。俺が怒られたぞ」

「おかしいな。今日はクリスマスだから間違いはないはずだけど」

「ははは、去年みたいに海に蹴り落してやろうか?」

「いや、間違いはないよ。サンタを運ぶのはトナカイじゃないか。運転手のお前がトナカイの格好をするのは必然だろう」

「そうなのか? じゃあ、お前が運転しろよ」

「どうして僕が運転するんだ。僕はそんな格好悪い全身タイツ着たくないぞ」

「よし、トナカイが深夜労働に抗議してサンタクロースを惨殺する一面記事を載せてやろう」

「二人とも喧嘩しないで、全く」

 グダグダな会話を繰り広げる幼馴染二人組に私は呆れ返るしかなかった。

 こんなことをしている暇は無いのに。

「狗狼、お願いがあるんだけど」

「ん?」

「今日クリスマスパーティーを自宅(ここ)で開いてもいい? カテリーナも呼びたいの」

 私はサンタクロースとクロスカウンターで相打ちになったトナカイへ、承諾を得ようと問い掛ける。

「え、カテ公とクリスマスパーティーか? それは急だな」

「……駄目? 仕事があるんだよね」

 やはり急な予定を組むのは無理があったみたいで、私はわずかに肩を落とした。

「まあ、たまにはいいか! なあ、極悪サンタ」

「そうだね、(グラム)最安値肉のトナカイ」

「ああ!」

「おお!」

「もう、ふたりとも」

 また睨み合いを始める二人に、私は笑みが湧き上がるのを自覚した。

「ハイハイ、ケンカしないの。……その、ありがとう」

「礼を言われる覚えはないが、君の家だろ」

「そうそう、結局、僕らも飲む事に変わりはないしね」

 何故か足早に脇に停めてあったフォルクスワーゲン・ゴルフ(ファイヴ) GT TSIに乗り込む二人。

 狗狼の被ったトナカイの角がつっかえたのか、左側の一本が根こそぎ剥がれて地面に落ちる。

「なんてこった、これじゃあハリケーンミキサーの威力が!」

「? 行ってらっしゃい」

 私が声を掛けると、ゴルフⅤはロケットスタートでポートアイランド中央へ走り出した。

 しかし、埠頭道路を出る直前、ゴルフⅤは急停止するといきなり猛スピードのバック走行を開始する。

 私の前にブレーキ音を響かせて停車すると、狗狼が運転席のドアを開けて右手の人差し指と中指の間に挟んだ折り畳まれた一万円札を私へ突き出した。

「湖乃波君、これで今日の食材を買っておくといい。ああ、それとカテ公の件は俺から富樫理事に連絡を取っておく。富樫理事と美文さんに声を掛けておけばカテ公も此処(ここ)に来易いだろう」

「え、いいの?」

 私は一万円札を両掌で受け取りながら呆然と狗狼を見返した。

「構わんさ。クリスマスは楽しく、だ。もし食材が多い様なら店の電話を借りて俺の携帯まで連絡してくれ。運ぶ手伝いをさせる奴に心当たりがある」

 そう言い残して狗狼は再びアクセルを踏み込む。

「此処にサンタとトナカイがいる。なら、それに相応(ふさわ)しい夜でないと面白くない」

 再び走り出したゴルフⅤの後ろ姿を見送りながら、私は苦笑した。

「全く、トナカイの格好じゃなかったら、格好良かったのに」

 親友と素直でない大人ふたりに感謝を込めて、今日は料理に腕を振るおう。

 そう私は決心した。

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