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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第六話 運び屋の季節 1年目 冬 十二月
155/196

前編 湖乃波SIDE(2)

 恐れ多いことに文化発表会当日は高等部が忙しい中を時間を割いて、私が作成したレポートのコピーを来場者に配ってくれたり、カテリーナと二人で発表前の私に応援の色紙を送ってくれるなど元気づけてもらったりしたのだ。

「君はどうすれば難民や戦争孤児、少年兵が無くなると思う」

 私の発表が終わり拍手を終えると、歩み寄ってきた明るめのグレーの三つ揃いを着た紳士が私に向かって右手を差し出して問い掛けてきた。

 彼が【スピーシーズ・オブ・ホープ】の代表であるオリヴィエ・ジャルダンで混じりけの無い明るい金髪と口髭が発表会場である体育館のライトを反射している。

「それを生み出す戦争を無くすべき。……そんな答えは求めていませんね」

(さと)い子供は私は好きだよ」

 私は彼の手を握るが、彼は唇を笑みの形に動かしただけで青い瞳は冷然たる光を放っていた。

「……自分の側にいる人が大切ならば、相手も同じだということに気付くべき、と思います」

「汝の隣人を愛せ。それも必要な事でしょうね」

 彼は目を細めて笑みを浮かべた。

 どうやら回答より、私が質問に答えたことに満足したみたいだ。

「私はね、資源イコール幸せだと思っているんだ」

 彼は何処か左右非対称の笑みを浮かべているように見えた。

 泣き笑いする道化師(ぴえろ)

「資源は有限で枯渇しているのが現状なら、幸せの数をとうに人口は超えているんじゃないだろうか」


 

「……嵐のような二学期だったよ」

「そうですねえ」

「本当に」

 思い返して辟易(へきえき)とする私に吉野先輩とカテリーナが同意した。

 昇降口の前が空き始めたので、私達はそれぞれの靴箱へ靴を履き替えに向かう。

「野島先輩、さようなら」

「あ、さ、さようなら」

 すれ違った中等部の二年生二人連れから挨拶され、私は面喰いながらも何とか挨拶を返した。

 私、先輩に挨拶した、ホントに綺麗! そう笑い合いながら昇降口に駆け出している名も知らぬ後輩の背中を、私は僅かな羨望を込めて眺める。

 何故ああも、いとも簡単に笑顔になれるのだろう。

 自分に取って嵐のようだった夏休みと秋の学校生活が終わると、「睨み付けているような可愛げの無い目付き」は「理知的な意思を持った瞳」と評され、「何を考えているか解らない無表情」は「プレッシャーにも動じない強さを秘めた表情」とこれまでと百八十度異なる評価を受ける事となった。

 それに伴い周囲のクラスメイトや先生方が声を掛けてくれるようになったのは、まあ、いいとして、それに笑顔で答える事が私には出来ない。

 どうしても声を表情を連動出来ず、引き()った笑みになるか返答のタイミングが遅れるのだ。

 これは何とかしなくてはならない。

 取り敢えず身近な人で練習しようと私は昇降口出口で待つ、カテリーナと吉乃先輩に向けてさり気ない笑みを浮かべた。

「お、お待たせ」

 にこり。

 何故か険しくなる二人の表情。

「野島さん大丈夫? 靴箱で足の小指でも打ったの!」

「熱は無い? 大丈夫ですか!」

 ……無理に笑うのは止めよう。


「それじゃあ、また来年に会いましょう」

 吉乃先輩は優雅に一礼して迎えの車の待つ駐車場へ向かい、私とカテリーナは学校から駅までの通学用バスへ足を向けた。

 私達が乗り込むと時間ぎりぎりだったのか、すぐさまバスが走り出して通路に立つ私達の身体を左右に揺らす。

「吉乃先輩も、あと三箇月で高等部卒業かぁ。もっと早く仲良くなれてたら良かったのにね、湖乃波(このは)

「う、うん」

 カテリーナの口調がお嬢様めいたものから、親しげのあるものへ変わった。

 学校内では理事の娘という事もあり猫を被っているが、本来の彼女は悪戯(いたずら)好きな活発少女だ。

 カテリーナのその様な面を見せる人物は少なく、家族でも母親の久美さんだけであり、友人では私と私の保護者である狗狼(くろう)しかいないらしい。

 その為、急にちょっかいを掛けられる狗狼はカテリーナが苦手らしく、カテリーナの事を女の子には相応しくない【カテ公】と呼んでいるけど、当のカテリーナはその名で呼ばれると嬉しそうに目を細めて微笑(わら)っている。

「そう言えば湖乃波、今日クリスマス・イヴなんだけど、今日、クロさんとクリスマス・パーティーの予定はあるの?」

「……」

 私は呆然とカテリーナの顔を見返した。

 すみません、今日がクリスマス・イヴって全然頭に入っておりませんでした。

「えっと、そんな予定は全然無いけど。狗狼(くろう)もわざわざお祝いをするってタイプじゃなさそうだし」

 今朝もそんな話題は出なかったから、たぶん関心が無いんじゃないかなぁ。

「うーん、そういえばそんな気もするけど。ずっと一人だっただろうし」

 カテリーナはも同意して考え込んでいたけど、不意に顔を上げて「あっ」と何かに気付いたような声を上げた。

「ど、どうしたの?」

「うん、ひょっとしたら」

 カテリーナは言い難そうに視線を落とすと苦笑を浮かべる。

「何処かの女性とデートする心算(つもり)で、湖乃波とのパーティーの予定を入れていないかも」

「……」

 あり得る話に私は沈黙する。

 そうかもしれない。いや、きっとそうだ。

 あの女好きがクリスマス・イヴの様なイベントを忘れる訳が無い。

 きっと、大人しか入れない様なお洒落な店で、二十五歳以上の美女とお酒を飲む約束をしているのだ。そして何時もの様に朝帰りとなるに決まっている。

「……」

「ね、ねえ、湖乃波。顔が怖いんですけど」

「あ、ゴメン」

 カテリーナの注意に我に返った。

 知らず知らずの内に険しい顔になっていたのか、私は前の座席に腰掛けている一年生の引き攣った顔に笑い掛ける。

「御免なさい。貴女に怒った訳ではないの」

「こ、湖乃波、表情が硬いって」

 睨み付けている様にしか見えないらしい。

「……」

 明日から鏡の前で微笑む練習をしておこう。冬休みの課題に決定。

「そっか、湖乃波のとこでパーティーするなら、お邪魔しようかなって思ったけど仕方ないね」

「カテリーナは家族とクリスマスパーティーするの?」

「うん、ママ以外、反りの合わない家族とね」

 カテリーナの表情が暗くなる。

 彼女の家族はとうに亡く、本来は私と同じ天涯孤独の身だ。

 彼女の祖母は日本人で、その遠縁にあたる富樫家に引き取られたのも欧州を又に事業を展開していたカテリーナの家族の遺産が見当てで、いずれ富樫家の三男と婚約する事が決まっていると聞いている。

 それに反対しているのが久美さんで勝手に子供の未来を決める事を嫌悪しているのだ。

 久美さんは後妻でカテリーナが引き取られたときに変に同情せず、さばさばとした姉のような態度で接していたのでカテリーナも自然体で接することが出来たようだ。

 久美さんも私達の学校の理事となってからは仕事が忙しく、古い価値観を持つカテリーナの義理のお父さんとは折り合いが悪くなっている。

「ママも今日は終業式だから早く家に帰って来るし、大人しくするしかないよね」

「……」

 子供に出来る事は少ない。私に出来る事は何だろう。

「……ねえ、カテリーナ」

「何?」

「まだ時間があるから、狗狼にクリスマスパーティーを開きたいって提案してみる」

「ホント?」

「うん、もし狗狼が用事でいなくても二人でお祝いしよう」

 私に声を掛けてくれた大切な友人に、私の出来る事はこの程度だけど、何か助けになればいい。

 彼女が心から笑えればそれでいい。

「あ、有難う、湖乃波。うん、嬉しい」

「ふふ、料理の腕は上達しているから、楽しみにしてて」

「それは、楽しみ。湖乃波のお弁当は本当に美味しいから」

 カテリーナが向日葵の様な笑顔を浮かべる。

 私は親友の鮮やかな金髪とそれに引けを取らない笑顔に目を細めつつ、自然に微笑むことが出来た。

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