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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
153/196

Extra edition(3)


 そうして私達は尾道の旅館にベンツのSクラスで移動した。

 私のウラルとアリョーナのFZ250はそれぞれトラックの荷台に乗せられて、旅館の前に運ばれる。

 さすがに真夜中の為に夕食にはありつけなかったが、二十四時間露天風呂は切り替えで使えるらしい。

「まあまあ、海外からようこそ、こんな辺鄙(へんぴ)な遠い所まで」

 真夜中だというのに女将が直々に対応してくれる。藤色の着物が華やかで私の目を楽しませる。

「留学生ですか。小さいのに大変ねえ」

 と年齢欄に十四歳と記入された名簿を覗き込んだ女将に声を掛けられたのは、当然ながら向日葵(パトソールニチニク)だ。

「……」

 可哀そうに、涙目になっているわ。

 ウサ耳フードの威力は絶大のようね。


 私は女将の敷いてくれた布団にダイブした。そのまま仰向けに転がる。

 妹達二人はそれを呆れた様に見下ろしてきた。

「オーリャ姉さん、浴衣に着替えないと」

「そうね、早くお露天風呂に入りましょう。一日の疲れを癒さないと」

 浴衣に着替えたアリョーナと向日葵の可愛さに、私はそう答えながら見惚れる。

 脱衣所では私自ら、彼女達の浴衣を脱がしてあげよう。

 恥じらいながら湯船に浸かると、二人の白い肌が少し色付くのだ。

 そして三人、湯船の中で……

「オーリャ姉さん、私、今日、温泉は止めておくわ」

「なんで!」

 アリョーナの一言に私は勢いよく起き上がる。

 アリョーナは布団の上に腰掛け、女将に借りた救急箱からシップと包帯を取り出す。

「今日は患部を冷やさないといけないから」

 足首にシップを貼って器用に包帯を巻いていくアリョーナを眺める。

 残念ながら私はこういう作業は不器用の部類に入るので、黙ってその光景を見つめるしかない。

「オーリャ姉さん。明日の晩、腫れが引いてたら一緒に入ろう」

「……うん」

 私は向日葵を露天風呂に誘おうと振り返る。

「え?」

 向日葵はもぞもぞと分厚い布団に潜り込むところだった。

「ちょっと、ちょっと、向日葵。露天風呂は!」

 向日葵は眩しそうに目を細めて私を見上げてくる。

「お姉さん、私眠い。朝起きてから入るから」

 更に布団へ潜り込み完全に見えなくなった。

「……」

 アリョーナも布団に横たわって、胸上まで掛け布団を引き上げる。

「オーリャ姉さん、お休みなさい」

「……お休みなさい」

 私はばたりと布団に倒れこむ。

 涙で枕を濡らすから。


 ふと目が覚めて、私は布団から起き上がった。

 どうやら、安全だと完全に保証されない限り、私は熟睡出来ない様だ。

 赤毛をかき上げてから妹達に視線を移す。

 向日葵は完全に布団に包まっており、まるで蓑虫のようだ。そのまま抱きしめたら気持ちいいだろうな。

 中から響いてくる寝息につい笑みがこぼれる。

 ゆっくり休んで。明日は普段の事は忘れて、向日葵の様に笑って楽しんで欲しい。

 貴女や真珠の温かさで私達は救われているのだから。

 アリョーナは、と私の背後を振り返ると、彼女は静かに寝息を立てていた。

 ただ、その両手は布団をしっかりと、ユーカリの木にしがみ付くコアラのように抱きしめている。

 身体を横向きにしており、右肘がわき腹の下敷きとなっていた。

「こらこら、そんな体勢じゃあ、朝、手が痺れちゃうよ。ちゃんと布団も被って」

 私はアリョーナから布団を引き外してから彼女を仰向けに横たえて、枕を首の下に敷いた。

 彼女の寝顔を見下ろす。

 小さい頃、私は一人で眠ることが怖くて、幼いアリョーナにしがみ付いて眠っていた。アリョーナの「大丈夫、悪いものは来ないよ」の言葉でようやく眠れたのだ。

 今はアリョーナが何かにしがみ付いている。

 アリョーナにとって悪いものは?

「……ごめんなさい」

 父を失い、母を失い、そして私はアリョーナの父親を……。

 その後は生きていく為に戦うことを覚えて、【聖なる泥棒】に拾われた。

 彼らは言った。

 お前は我等の聖なる名を与えられないと。

 お前はオリガ以外の何者でもない。

 「怪物」に与えられる名など在りはしない。

「……怪物になって、ごめんなさい」

 私が【聖なる泥棒】で生きていく限り、アリョーナは私について来て人を殺め続ける。

 悪いのものは、私だ。

 怪物となった私なのだ。

 私は、私と同じ艶やか闇夜で光るアリョーナの長い赤毛をかき上げた。

 私の後をついて来る彼女に、私は何をすればいいのか。


「……揉むか」

 私は決心をした。

 だって、アリョーナの形の綺麗で大きい美乳が、さっきから寝息と共に浴衣の合わせ目を押し上げているのよ。

 下はTシャツを着けていない素肌だし、おまけに谷間はさらけ出して、あと少しで頂点のサクランボが、あああ、どうしよう。

「もう私、怪物になるわね」

 広げた両掌を彼女の双丘に伸ばす。

 ブイー、ブイーと私のスマートフォンが振動した。

 送信者はセルゲイだ。

「……」

 このまま放っておいたら脳卒中で逝ってくれるかも。

 当然そんなことは起こるわけもなく、仕方なくスマートフォンを耳に当てる。

「ダー」

「オリガ、至急戻ってくれないか。今回の件、意外と厄介なことになるやも知れん」

「……」

「どこから洩れたか解らんが、慈悲深き手の追撃が失敗したことを他の幹部に知られた。失敗は許されない。下手をすると娘達が追放されるぞ」

 ミシリとスマートフォンが音を立てる。

「解った、すぐに戻るから」

 通話を切って、私はアリョーナを揺り動かした。

「アリョーナ、ごめんなさい。用事ですぐに神戸へ戻るから」

 眠い目を擦った後、アリョーナは起き上がる。

「じゃあ、私も」

「いいえ、本当に貴女は身体を休めて旅行を楽しんで。でも、無理しちゃ駄目よ」

 私の念押しにアリョーナが頷くのを確認して、私はウラルの鍵を手にする。

 貴女に、あの運転手は殺せない。

「じゃあ、向日葵のことはお願いするわ。行ってきます」

 足早に宿泊部屋から外に出た。

「待って、オーリャ姉さん。服を着て!」


 何時もの黒パンツスーツに赤ネクタイ姿に着替え、私はウラルに跨る。

 太いエンジン音と共に私は暗闇の中へ走り出す。


 怪物の生きる闇しかない世界、それが私の生きる場所。

 怪物は、そこで喰らい、肥大し続けて、いつか滅ぼされる。

 

 怪物を退治するのはいったい誰なのか。

 願わくば、それが妹達であることを私は願う。


                       Extra edition 完


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