Extra edition(1)
Extra edition
1
私は愛車を降りて目的の家屋へ足を進めた。
多少拍子抜けしているのは仕方が無い。
普通、アウトローの集まりというのはどこかのビルを丸ごと借りているか、自前の店で悪事を企んでいるものだ。
決して平屋の一戸建てが悪いのではないが、ジャパニーズマフィアの予備軍が集まるにしては少々無用心ではないか。
「……帰ろうかな」
一気に面倒臭くなってしまい別の者に任せたくなるのだが、自らこの場所へ出向いたのには訳が有り、頼りになる彼女達を追跡部隊として標的を追わせたのも、それが理由だ。
今回の標的を仕留めるのは彼女達にとってそう難しい事ではなく、行きがけの駄賃として気軽にこなして欲しいし、そう出来る腕を持っている。
それに標的の息の掛かった下っ端共を抑えれば、標的の属する組織にも私達の実力を知らしめることが出来るので、やはり私が手を下すほうが得策なのだ。
まあ、標的である金髪馬鹿のしでかした事は彼等には関係のない事だろうが、ま、運が悪くて可哀想ね、と同情はしてあげよう。
私は平屋の玄関口に立つと、愛用の赤いネクタイを緩めて黒いワイシャツのボタンを上から3番目まで外す。
襟を左右に開くと胸元の谷間と僅かに黒いレースのブラジャーが覗いたので、それが見えるように屈んでから玄関脇のインターフォンを押した。
「ああ、誰や。ってどちらさんで!」
インターフォンの向こうからダルそうな男の声が聞こえたが、直ぐに面食らった様な大声を上げる。
インターフォンに内蔵されたカメラには私の胸元が大写しになっているはずだ。
私の顔がインターフォンの真正面に映るように姿勢を下げる。
「私、孝道さんに、仕事が上手く行ったからお祝いに貴方達の相手をしてくれ。そう頼まれたのだけど、入れてもらえないかしら」
私は前髪を掻き上げてウインクをした。
インターフォンは暫く沈黙した後、生唾を呑み込む様な音を立てる。
「おおお、本当か」
インターフォンの向こうが急に騒がしくなった。如何やら他にも数名がモニターを覗き込んでいるようだ。
「本当よ。お金は前払いで預かっているから朝まで愉しめるわよ。私もプロだから一人で貴方達全員の相手をしてあげる」
私が腕組みをして胸を腕の間からはみ出させてると共に、舌を出して自分の唇をなめてあげると、更に男共の歓声が響いてくる。
「解った、今、開けるからちょっと待ってろ!」
そう言ってインターフォンが沈黙する。
うーん、チョロ過ぎる。
ドアの向こうから廊下を走る足音が響くと、間髪入れず日に焼けた浅黒い肌の馬面が、鼻息も荒く勢いよくドアを開けて身を乗り出した。
「うお、マジかよ。あんたモデルさんか?」
「ふふ、どうかしら。今から外で確かめてみる?」
「え?」
私の申し出に馬面は、何の疑いも抱かずに近付いて来た。きっと、頭の中は馬以下なのだろう。
私は両手を馬面の首に回して引き寄せると、身体を回してインターフォンのカメラへ彼の背を押し付けた。
「あ、あんた背が高いし、胸が当たって」
手を解いて、私はブーツの内側からナイフを抜き出す。
私は馬面の脇腹にナイフを浅く突き立てると、へその下へ曲線を描きながら切り裂いていき、それから再び曲線を描いて切り上げてUの字を描いた。
「お」
馬面が声を上げる前に私の左掌が顎を掴んで口を塞ぐ。
Uの字に浅く切り裂かれた彼のお腹は、出血量は少ないものの下腹部が膨らみ始めていた。
ぶびゅる。
馬面の腹からは内圧によって無傷の腸が跳び出し、彼は涙を流しながら息苦しそうに唸り声を上げる。
馬じゃなくて豚?
「助かりたい? なら、静かにして」
私の低い声音に何を感じたのか、馬面は汗と涙で濡れた顔を私に向けてもがくのを止めた。
「私は貴方を殺す気は無いわ。此処に何人、貴方の仲間がいるか教えて欲しいの。正直に答えてくれれば早く用が済んだ後、貴方を病院に連れて行ってあげる」
馬面の顎を掴んだ左手に力を込めると異音を立てて何かが口から零れ落ちた。
私は地面に落ちたその奥歯を爪先で蹴っ飛ばす。
「ただし、貴方が嘘をついて私が手こずると、時間を無駄に消費して貴方は助からない。どう、教えるも教えないも、嘘を吐くのも貴方の勝手。好きにすれはいいわ」
馬面は失礼な事に悪魔を見るように眼を見開いた。それから弱々しく視線を外す。
「……じゅ、一〇人です」
「よろしい。じゃあ待っててね」
私は一旦愛車であるウラルの傍まで戻ると、サイドカーの中からお気に入りの武器を取り出した。
AKS74Uアサルトカービン、西側ではクリンコフと呼ばれるそれは、銃身を短く切り詰め肩当てを折り畳みとした事により消音器を銃口に取り付けた状態でもサイドカーの内部に隠すことの出来るコンパクトな自動小銃だ。
あともう一つの武器も積み込んでいるけど、流石にこれは住宅地で使える代物ではなかった。
ドアを開けて平屋の内部へ身体を滑り込ませる。
「お」
奥まで続く廊下に二人の若い男が玄関に向かって歩いてきた。ひとりは髪を短く刈ったアーミースタイルで、もう一人はスエット姿の禿坊主だ。
私はAKS74Uを握った右手を背に回して彼等から隠す。
「うわっ、本当にスゲエ。あんた、本当に俺達の全員の相手をしてくれるんだろうな」
「ええ、その心算よ」
二人は互いに顔を見合わせると、意味ありげに笑みを浮かべる。まあ、何を考えているかは想像がつくけど。
「おおおお、俺一番な」
「じゃあ、俺は二番で」
「はいはい、慌てなくてもいいわよ」
私はアーミースタイルへAKS74Uを向ける。
「まず一番目」
低い連射音と共にアーミースタイルの頭が弾けて中身を廊下に撒き散らす。
「はい、二番目―っ」
スエット姿は何が起こったか解らず、いやらしい笑みを浮かべたまま鼻から上を吹き飛ばされて崩れ落ちる。
私はブーツを履いたまま廊下へ上がり、脇にある一番手前のドアを開けた。
小さなテーブルとその上に乗ったモニターカメラ、ソファがひとつ。馬面と今しがた射殺した二人はこの部屋にいたのであろう。だとすると他の八人は私が来たことすら知らないかもしれない。
「……二分以内で終わるかも」
実際、その通りに終わった。
多少欲求不満を抱えたまま私は外に出る。
玄関脇では馬面が地面に腸をこぼしてへたり込んでいて、私が無事に外へ出てくるとすすり泣きながら私を見上げてきた。
「……た、助けて、下さい」
「あら大変、早く片付けたけど、大分こぼれてしまったのね」
私は浅黒い脈打つ器官を見下ろした。
「それで、もし、貴方のボスがここにいれば、貴方を病院に連れて行ってくれるのかしら?」
「……へ?」
予期せぬ質問に馬面は、質問の意味が解らず戸惑ったように馬ならぬ馬鹿面をさらしてくれた。
「貴方のボスは、口の利けない少女をベッドの上でひたすら殴り続けていたの。その娘が口を利けたら、何度助けて下さいってお願いしたのかしら。ねえ、教えてほしいわ。貴方はそんなボスが助けてくれると思うの?」
「あ……」
馬面は私を見上げたまま、二の句を告げずに固まっている。ようやく彼は自分のこれから待つ運命に気が付いたようだ。
お祈りの言葉は、必要ないわね。
私は馬面に微笑みかけると、馬面の腸を一気にブーツの底で踏み躙った。
馬面は一度震えると、ぐりんと白目を剥いて口から泡を吹いた後、ばたりと倒れる。ショック死したみたいだ。
私のスマートフォンが振動して、誰かからの連絡が入った事を私に知らせた。
画面には我が愛しの妹からの着信であり、彼女の仕事が終わった事の連絡だろう。
「はいはい、お姉ちゃんですよー」
「オーリャ姉さん」
私は上機嫌でスマホに耳を当てたが、通話を終えると傍らに横たわった馬面の頭部を腹立ち紛れに蹴っ飛ばす。
「なかなか手強いわね、運転手」
やはり私が直接相手するべきだったか。
城の前ですれ違った彼は、着古した黒背広に身を包んでスラックスのポケットに両手を突っ込んだ、何処か薄ボンヤリとした雰囲気を持った男だった。
猫背姿で階段を上がって来るその姿と、サングラスを掛けて視線を隠しているものの、あからさまに私の胸に注目しているのが解るので、つい笑みをこぼしてしまったのだが、これほど厄介な相手とは思わなかった。
先発した三人が彼に撃退されて、私が彼を仕留めるとセルゲイに提案すると、熟考するように目を閉じて黙り込んでしまった。数秒後、妹達なら相手しても大丈夫だがオリガは危険だ、との結論を下したセルゲイを、私がいくら説得をしても彼は首を縦に振らなかったのだ。
私が彼に負けるのか、と問い掛けると「そう言う事では無いから、奴と二人きりになるな」と言葉を濁すだけで要領を得なかった。
しかし、妹達も向日葵を除いて撃退された今、彼女が失敗すれば私が相手するしかなさそうだ。
私達、慈悲深き手の失敗は粛清される定め。妹達を守るに彼を始末するしかない。
その為の武器も用意はしてある。
平屋の前の道路に黒塗りのメルセデスベンツSクラスが数台停車した。先程始末した一〇人の有様を写真に撮って、この組の重要人物に流しておいたのだ。
背広姿の屈強な男達に囲まれた和服の老人に私は微笑み掛ける。
「貴方がこの者達の責任者? そうなら聞いて欲しい事とやって戴きたいことがあります」
老人の両脇に控えた男が内懐に手を入れる。
荒事専門? まあ、あの写真を見れば怒るわよね。
銃声と共に老人の左側に居た男の半顔が、二発の357マグナムで吹き飛んだ。もう一人は銃を握った右手が、背広から抜ける寸前で停止している。
その驚愕した視線は、己に不動の直線を引いたMP412REXリボルバーの銃口へ向けられていた。
「エアフォース・ワンの護衛は背広の内側から1.2秒で銃を抜き撃つ事を要求されている。私と競うならせめて一秒以下で撃ちなさい」
私がMP412の銃口を下げると男と老人は安心したように肩の力を抜いて、空気の弾けるような音と共に男のみ懐に手を突っ込んだまま後方へ吹き飛ぶ。
MP412を下ろすと同時に上がった、AKS74Uの連射を喰らったからだ。
人様に銃口を向けようとして、無事に済むとは思わない事。
そのままAKS74Uの銃口を老人に向けて、私はもう一度笑い掛けてあげた。
老人の両肩がびくりと震え、顔面に汗が伝う。
慈悲深き手。
私達は、この煉獄から、慈悲を持って血の救済を与えるもの。