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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第一話 1年目 春 四月
15/196

三章 隠れ家での一夜(1)

                    三章 隠れ家での一夜


                        1


 一時間後、薪で火を起こして風呂を沸かし終えた俺は、続けて晩飯を作るべく三和土(たたき)造りの台所へ向かった。いわゆる土間であり三個の小振りな釜戸が、この宿の古風な雰囲気を高めている。

 さて、料理に取り掛かるかと、和風建築に違和感無い様に木目の外装を誂えられた冷蔵庫の扉を開いた。

「へえ、これはなかなか」

 宮様は大した食材が無いと言っていたが、俺にしてみれば豪華過ぎて立ち眩みしそうだ。

 (はまぐり)、空豆、筍、大和芋、百合根(ゆりね)、じゃこ。どれも立派な食材だ。何も入っていない我が家の冷蔵庫とは比べ物にならない。

 手鍋に水を張り一〇センチ角に切った昆布を一枚放り込んで、弱火で加熱する。

さて大和芋を(さい)の目切りにしようと包丁を取り上げたところで、風呂場に通じる廊下から少女が顔を覗かせた。

 おずおずと俺の傍まで近付き、視線を調理台に置かれた食材と俺の顔の間を往復させる。

「あの、何か、手伝います」

 どうやら宿代を俺が働いて払うのを気にしているようで、少女は消え入りそうな声で俺に申し出た。

俺は別に気にしていないのだが、少女が俺の顔を睨み付ける様に見上げる表情を見ていると、別に手伝わなくていいと申し出を無下にするのが罪のように思えてくる。

「そうだな、君は何か得意料理があるのかな」

 俺の問い掛けに、少女は暫く沈黙した後、「ご飯を炊いたことがあります」とよりいっそう消え入りそうな声で答えた。どうやら料理に関しては得意ではないようだ。

「では、美味しいご飯の炊き方を、教えてあげませう」

 俺は食器棚に並んだ鍋の中から土鍋を見つけたのでそれを炊事場に置き、わざとゆっくりとした口調で喋りながら少女を手招きした。

「まず、必要な分量の御米を土鍋に入れる。今日は三人だから、そこの計量カップの縁よりわずかに少なく入れると一合だから、それを三杯入れるといい」

 言われた通りに少女が土鍋に米を投入するのを確認してから、米が隠れるぐらいの水を加えた。

「米を軽くといでから、とぎ汁を捨てる。」

 俺は手鍋で煮られた昆布から良い匂いが立ち上って来たので、鰹節をふた掴みほど手鍋に放り込み、更に弱火にした。

「で、この出汁(だし)が出来上がったら、水の代わりに御米に注ぐ」

 少女はコクコクと頷きながら興味深そうに土鍋と手鍋を見つめている。ふむ、出汁を作るのを初めて見たのかな。

 手鍋の鰹節が湯の中に完全に沈み、湯も泡立ち始めたので火を止める。

「出汁は沸騰させるとあくの強い風味になるので、大体七十度ぐらいで火を止める。できれば一晩昆布を水につけておいてから、鰹節を放り込んで出汁を作ると、美味しいお吸い物が出来上がるんだ」

 俺は別の鍋の中に目の細かいざるを置き、出汁を取った手鍋の中身をその中に移した。

「さて、これを御米の倍の高さまで土鍋に入れる。で、隠し味として日本酒を御猪口半分ぐらい混ぜると、御米の風味がすごく引き立つ」

 俺は戸棚を開けて料理用の日本酒を探したが、見つけたのは【純米大吟醸 八重垣 無】だった。料理酒に使うのは勿体ないかと思ったが、まあ御猪口半分ぐらいだったら宮様も許してくれるだろう。

「これでご飯を炊く準備は完了。後は釜戸でじっくりと炊くだけだ」

 ガスバーナーの予備として持ち歩いているオイルライターで新聞紙に火をつけ、細く千切った木の皮へへ火を移す。少女は釜戸の上に土鍋を置くと一息ついて徐々に大きくなっていく火を見つめていた。

「電気炊飯器のご飯より、ガス炊飯器とか土鍋で炊くご飯の方が俺は好きでね」

 どう味が違うのか聞かれると困るが、その御飯の持つ雰囲気が何となく好きなのだ。

「料理、作るのが好きなの?」

 少女の問いに俺はうーむと腕組みをして首を傾げた。

「いや、俺は面倒臭い事は嫌いでね。自分ひとりじゃあ、コンビニのサンドイッチとお茶で済ませるんだ。料理が出来るようになったのは、俺の他に料理を作るやつがいなかったんだよ」

 ふと、俺の脳裏を懐かしい顔が横切った。駄目だ、今は仕事中だから忘れておかなければ。

「あと一時間ほどで食事の用意が出来るから、君は先に風呂に入って御腹を空かせておくように」

 俺の言い方が変だったのか、少女は頬を綻ばせると「はい、行ってきます」と言って風呂場へ踵を返した。

「………」

 まあ、なんだ。普段は仏頂面の少女が見せる笑顔というのは、中々破壊力のあるもんだな、と俺はその少女の後姿を見送りながらつくづく思った。

 気を取り直して料理を続けよう。

 まず小さく賽の目に切られた大和芋を用意する。

 次に塩を振って蒸した百合根を磨り潰して、薄口しょうゆを数滴加え団子状に丸める。それを軽く火に炙って焦げ目を付けてから、大和芋と一緒に酒とみりん、醤油、出汁を併せた鍋に入れ一分ほど煮る。

 最後に鍋のまま氷水で冷やすことで味を馴染ませた。これで大和芋と百合根の旨煮が出来上がった。

 空豆、筍、じゃこは混ぜ合わせて炒めた後、吹き始めた御飯の釜の中に放り込んだ。単純だが炊き込みご飯の具としてとてもポピュラーな食材で美味いからだ。

 蛤は三つ葉を添えてお吸い物とする。出汁に一滴だけ醤油を垂らした控えめな味付けにしておく。

 以上、夕食の準備は終わり。そろそろ風呂から上がってくる頃だから配膳を済ましてしまおう。

 八畳の客室に置かれた座テーブルの上に料理を並べていると、風呂から上がってきた宮様と少女が、上気した顔に驚きの表情を浮かべて座布団の上に腰を下ろした。

 二人とも浴衣に着替えて寛いでおり、特に宮様の浴衣姿を始めて目にした俺は、普段、見慣れている着物姿とはまた別種の色気があるよな。と彼女の項を横目で眺めながら胸中で感涙する。

「これは、このままお品書きに載せたくなる様な料理ですね」

「いや、宮様の作ってくれる料理には敵いませんよ」

 宮様のお世辞に謙遜(けんそん)で返す。

 風呂からあがり、ポニーテールに結わえていた艶やかな長い黒髪を下ろした少女は、テーブルに並べられた料理を有名な巨匠の描いた絵画を見る様にじっと眺めていたが、俺に目を移して躊躇いがちに小さい声で訊ねてきた。

「これ、私が食べて、いいの?」

「当然だ。品数は少ないが、その分手間をかけている。食べてくれないと俺が困る」

 窯から御櫃(おひつ)に移した炊き込みご飯を、それぞれの茶碗に装い乍ら俺は答えた。

「あ、有り難うございます」

 俺から茶碗を受け取った少女が顔を赤くして頭を下げた。

「お礼を言うのは、料理が口に合ったかどうか確かめてからでいいよ」

 俺は自分の席に着くと手を合わせて「いただきます」と料理に頭を下げる。

「いただきます」

「あ、いただきます」

 宮様と少女も手を合わせて、頭を下げる。

 宮様はまず、大和芋と百合根の旨煮に箸をつけた。大和芋をその整った唇に挟み触感を楽しんでいる。

「この食感が良いですね」

 どうやら宮様の口に合うようだ。

 宮様はその仕事柄、普段から美味しいものを食べていることが予想されるだけに、彼女から俺の料理に合格点が貰えるかどうか心配だったのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 少女は百合根の団子を箸で四等分に割り、その一切れを口に運んだ。それから彼女は何かを考え込むかの様に目を閉じて咀嚼した後、目を開いてコクコクと頷いた。

 まるで餌を食べている雀のようで、俺はつい吹き出しそうになったが、食事中なので辛うじて堪える。

 次に炊き込み御飯、そしてお吸い物の蛤と、少女は最初の一口目に必ず先程の旨煮と同じように料理を味わった後、二度頷いている。僅かに口元が綻んでいるように見えるから、彼女もこの料理がお気に召したようだ。

「旬のものは季節感も楽しめて、一層美味しくいただけますね」

 宮様は頬に手を当てて、その細い目を更に細くして料理を褒めてくれる。彼女は普段、客に出す料理の合間に食事を取っているのだろう。こうくつろいで食事を取ること自体、珍しいのかもしれない。

「宮様の用意してくれた食材がいいからだろうね。普段はこうもうまく出来ないさ」

 謙遜でなく、本当に俺はそう思っている。

「でも、本当に美味しいですよ。ねえ?」

 宮様に振られて少女はこくりと頷いた。

「御飯を美味しくしたのは君だ。俺だと、こうは美味く炊き上がらない」

「あ、有り難うございます」

 少女は顔を赤くして、短く答えると慌てた様に急いでご飯を口に運んだ。本当に人に褒められる事に慣れていないかもしれない。

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