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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
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四章 慈悲深き手【ドーヴルィ ルーキ】(6)

「……二人とも銃を下ろしてくれないか」

「ああ? わりゃー、たいがいにせえよ」

「ふざけないで下さい」

 207SWの速度はアクセルを踏んでいるにも関わらずノロノロ運転へと変化して、社内の緊張感に耐えかねたかのように、ついにエンジンを止めてしまった。

「ふざけてはいないさ。孝道さん、あんたが引き金を引くと、この娘が反動で引き金を引くかも知れないんだ」

「死ぬのはお前だ。俺には関係ないぜ」

「あるさ。右手を添えてないと短機関銃の反動を制御出来ないだろう。ひょっとするとナイフが食い込むかもな。手首を切って出血多量はごめんだろう?」

 俺は少女へ視線を向ける。

「君も、だ。俺を撃ってこの金髪へ銃口を向ける前に、君は確実に撃たれるぞ」

 少女の青い瞳と孝道の三白眼が交差した。お互いの出方を探っているのだろう。

 俺は用を成さなくなったステアリングを放してアクセルから右足をどける。

「三つ数えて俺がナイフをどけるから、二人とも銃から手を放すんだな。いくぞ、一、二」

 俺は孝道の手首に当てたナイフを僅かに浮かせる。

「三!」

 俺がナイフをどけると同時に孝道の短機関銃の銃口が跳ね上がり、少女の右手のマカロフが孝道へ向けられた。

 しかし、跳ね上がった短機関銃は沈黙を保ち、少女のマカロフは孝道の手首からのけられたナイフに弾かれて宙を仰いでいる。

「おいおい。君達は人の提案が聞けないのか?」

 孝道が怒りに満ちた視線を俺にぶつけてくる。

「何言ってやがる。一番信用してないのはてめーだろうが!」

 俺は孝道の新調されたジャケットの左袖を助手席に縫い付けた、コンビニで手に入れた見えないナイフを引き抜く。ステアリングから手を放したのは、数える前にそのナイフを構えるためだった。

「結果良ければ全て良しさ。解ったら短機関銃を捨てるんだな。今度は指が落ちるぞ」

 俺の言葉が脅しでないことを悟ったのか、孝道は不満そうな表情を崩さずに助手席に短機関銃を放り出す。

 少女も突きつけられたコンバットフォルダーをしばらく見つめると、観念したかのようにマカロフをポケットに収める。

「じゃあ、ここから目的地までは歩きだ。車を降りようか」

 俺に促され二人とも渋々と207SWから外へ降りた。

 二人に続いて降りた俺は207SWを振り返り、その満身創痍っぷりに宙を仰ぐ。

 直るのか?

 長年の相棒を此処に置いて行くのは心苦しいが、後でレッカーを呼んでやる事にして、今は仕事を片付けなければ。

「急ごう。車が通りかかって通報されるとまずい。君も来い」

 俺は少女の背負ったピンクのディバックにサブマシンガンを突っ込んで促した。深夜に少女を連れ回している、やくざ者二名としか見えないだろうが置いて行くわけにもいかんだろう。

「しかし、寒いな」

 目的地まで車だと十分、徒歩だと一時間半ってとこか。明日は筋肉痛だろうな。

 俺は現金の入った鞄を手に取り歩き出そうとしたが、一直線に続く道路の向こうからふたつの光点が近付いて来るのを認めて足を止める。

「ようやく、来たかぁ」

 孝道が喜色を浮かべる。どうやら迎えに来るよう事前に連絡を取っていたのだろう。

 俺達の前に止まったのはトヨタ・ベルファイアで、黒塗りの車体に動くクリスマスツリーと突っ込みたくなるようなLED電飾がフロントバンパーとサイドミラー、トヨタのエンブレムに飾られていた。

 こんな大型バン、夜中のドンキホーテでよく見るよな。

 ベルファイヤのドアが開かれ、車内から車の派手さに負けない格好の男達が顔を出す。

 降りてきた五人の男達はいずれも背広姿ではなく、ジャージや革ジャン、ジャンバー姿であることから、組関係ではなく孝道子飼いの半グレの可能性も考えられる。

 金属バットやら木刀やら猟銃やら、武装しているのは孝道を守るためなのか。

「わりゃー、いつまで待たせるんじゃ」

「すみません!」

 孝道は一括すると、頭をたれる男達の前に歩み寄って、その内の一人の頭を平手ではたいた。

 どうやら俺の仕事は此処までのようだ。後は彼らが三原の組まで送り届けるのだろう。

 孝道は安心したのか、余裕めいた笑みさえ浮かべて俺を振り返った。

「おお、ご苦労じゃったの、運び屋」

「ああ、苦労を掛けさせられたよ」

 俺の皮肉に孝道の笑みが強張る。

「じゃあ、依頼は果たした。帰らせて貰おう」

 俺は現金の入った鞄を片手に、ボブカットの少女の背中を軽く叩いた。

 少女の上半身はダウンジャケットで温かそうだが、下半身は少し短めのスカートと紺のストッキングで少々肌寒いのではないだろうか。

「帰ろう。離れた所でタクシーとレッカー車を呼ぶか」

 あのオラン・ウータンもこの時間は寝ているだろう。そう予想しながらも、無慈悲に携帯電話に番号を打ち込んだ。

「おい、何、金をがめとるんや」

 孝道からの抗議に俺は携帯電話を耳から放した。

「がめとる?」

 がめとるって、何?

「勝手に持って行くな」

 おいおい。俺は宙を仰いでから孝道へ向き直った。

「孝道さん。これは必要経費として徴収させてもらうよ。こちらも必要外の危険輸送を請け負わされたんだ。車の修理費を含めると、この中の金額でも不足している」

 孝道の背後にいる男達からざわめきと怒気が立ち上る。

「ああ、そりゃー災難やったの。そこは大目に見ろや。取り敢えず、その鞄とメスガキは置いて行け」

「言っている意味が解らないんだが?」

「さっさと手ぶらで帰れって解んねえのか?」

 孝道の声に怒気が含まれると、半グレ達が武器を手に一歩踏み出した。

「いや、人を散々痛めつけてくれた礼はせんとな、運び屋ぁ」

 俺は鞄を地面に置くと少女を後ろに下がらせた。

「君は手を出すな。これは運び屋の問題だ」

 俺は両手に嵌めた黒手袋の裾を引っ張り、指との隙間を少なくする。

「孝道さん、俺のルールは、契約違反にはペナルティとして五倍の料金を請求することにしている。考え直す気は無いのか?」

「は、幾ら腕が立っていようがこっちは五人、どう考え直せって? ざけるな!」

 いや、大真面目なんだが。今、君達から違約金を徴収しようとしても手持ちがないだろう。俺はクレジットカードなんか受け取らないぞ。

「違約金を支払えない場合は、もうひとつのルールが適用される」

「ローンで分割払いか。安心しなよ。元々払う気なんか無いさ」

 いや、俺は依頼を達成したから孝道に対して遠慮をする気も無いし、後藤との義理を果たした。後は俺の運び屋としてのルールを通させてもらう。

「なら、孝道。お前の命で払ってもらおう。正直言って、俺は貴様の命に一円の価値があるとは思ってないが、大目に見てやるよ」

 俺の言葉に孝道の顔色は蒼くなった後、急激に赤くなった。

 無事な左手の人差し指を俺に向ける。

「ぶっこ、へ?」

 孝道は号令を忘れて、己の隣に立つ猟銃を構えた男へ驚愕した視線を向けた。

 そいつは俺の言葉が終わると同時に飛来した、予備のコンバットフォルダーに左頬を貫かれ、銃口を下に向けていたのだ。

 殺すことが決まっているなら、余裕を持って喋る前に撃っておくべきなのだ。暴君の手下は号令を待って、一つ々々の行動が遅くなり足下を(すく)われる。

 これで飛び道具は封じた。後は――、

 手下を無視して孝道の前に跳び込もうとした俺だが、次に起こった出来事に踵を返して、ボブカットの少女を抱え上げる。

 悲鳴を上げてナイフを抜こうと猟銃を下ろした半グレの上半身がいきなり弾け跳び、下半身が孝道へ向けて吹き飛ばされてきたのだ。

「ひ、ああっつ」

 飛び散った血潮を浴びて悲鳴を上げた孝道の背後で、彼等を運んで来たベルファイアが異音を発する。

 運転席側のドアに握り拳大の穴が開くと共に、運転席のステアリングやダッシュボードが粉砕されて車外へ吐き出された。

 俺は少女を抱えたまま207SWの陰に隠れたが、俺の予想通りなら、この程度の遮蔽物は気休めにもならない。

 異音と共にベルファイアの前後右側のタイヤが破裂する。これで俺達は此処から逃げる術を失った。

「……な」

 突っ立ったまま状況が把握出来ず、辺りを見回す孝道達。

 弾ける音と共に金属バットを握った丸刈りが胴に大穴を開けて首を宙に打ち上げる。

 間違いない、対物(アンチマテリアル)ライフルだ。

「……姉さんね」

 大して驚いた様子も無く、淡々と事実だけを述べるボブカットの少女を俺は見下ろした。

「姉さんって、赤毛の長髪で黒づくめの?」

 俺の問い掛けに少女が頷く。どうやら先回りされていたようだ。

 ようやく我に返ったカーキ色のハーフコートを羽織ったアーミースタイルの男が道路に沿った田んぼの中に逃れようと駆け出したが、その勢いのままのけぞり用水路へ落ちていった。

 身を伏せた禿頭の頭が破裂すると同時に、革ジャン男が腹部から内臓を撒き散らし、地面にのしいかの様に叩き付けられる。

 既に道路上は207SWの陰に隠れた俺とボブカットの少女、道路の中央に頭を抱えて丸まっている孝道以外に動くものはいなかった。

「さて、どうしたものかな」

 少女から離れた途端、ズドンっとやられるのは勘弁してほしい。

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