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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
142/196

四章 慈悲深き手【ドーヴルィ ルーキ】(5)

                        2


「寒い」

 十一月の、冬を間近に控えた深夜の高速道路は、吹き付ける風で運転手の体温を休息の奪っていく。

 フロントガラスが落ちきった上に、俺の服装はカッターシャツとスラックス。レイヴァンで風から眼を保護しているが、それが俺の急激に下がっていく体感温度を留めてくれるとは思えなかった。

 俺は何度目になるか解らなくなったがヒーターのスイッチを押してみる。

 一応、温かい風がダクトから車内に吹き付けて来るが、何故かスリッパを叩くような音が響き風に勢いがない。

 やはり先程の銃撃で所々損傷しているのだろう。

 高速道路の一般道に比べると遙かにましな路面の段差も、何故か正確にシート越しに体で感じられた。乗り心地と旋回性能に定評のあるプジョーらしからぬ感触に、サスペンションがイカレているのではないかと疑ったりする。

 風船が最後の空気を縛りだして萎む様な変な音を立てて暖房が途絶えた。

「……」

 黙って暖房のスイッチを入れる。その繰り返し。

「……寒いな」  

 後部座席から抗議しているようにも聞こえる独り言が聞こえる。

「……」

 俺は聞かなかったことにして時速八〇キロの走行を続ける。

 一般道ではあまり出す事の無い猛スピードも、高速道路の走行ではノロノロ運転の扱いを受けるのか、後続の車がパッシングやらクラックションを鳴らしては追い抜いて行く。

「おい、寒いぞ」

「……」

 言われなくとも解っている。

 どうしようもないから無視しているのだ。

 俺はため息を吐いてから後部座席に言い聞かせる事にした。

「なあ、孝道さん。さっき福山SAを通り過ぎたから、あと少しで高速を下りてスピードを落とせる。目的地まで三〇分程度だから我慢してくれ」

 尾道インターチェンジから降りて五十五号線を下ると三原まで直ぐであり、ようやくこの厄介な依頼を終えることが出来る。

 幸いと言ってもいいのかは解らないが福石PA(パーキングエリア)以降、一時間半ほど経過しているが【慈悲深き手(ドーヴルィ ルーキ)】の追撃は途絶えており、アレが最後の難関だったのではないかと希望を抱いてしまう。

「そんなワケないか」

 つい独り言が漏れてしまった。

 単に追い付かれていないか、それとも先回りをされているのか、此処で免罪符を発行してくれるなら、あの黄色ジャージも後藤も凶事に(さら)されることは無かっただろう。

 福石|PAでの【騎手(バイケル)】は無事に眼を覚ましたのだろうか。

 城の階段ですれ違ったのは彼女を含めて三人。

 オリガとバイケル、そしてもう一人、見た目が幼い少女だったが荒事はそうではないだろう。

「どう凌げる?」

 尾道ICをから一般道の五十五号線に出る。

 此処から三原まではほぼ真っ直ぐの道路が続く。彼女達が仕掛ける最後のチャンスだ。いくら腕利きとはいえ、非合法組織の事務所に乗り込んでくる可能性は少ないと思われる。

「?」

 空気をかき乱すような動作音。これはヘリコプターのローターとエンジンか? 光点が207SWを追い越して、百メートルほど向こうでUターンする。

「……最終ラウンド、か?」

 迫って来る半球状のヘリコプターの風防ガラス(キャピノー)からは、運転席の操縦士(パイロット)に黒髪ボブカットの少女が短機関銃を突き付けているのが見てとれた。

「夜間の遊覧飛行は危ないんだが」

 間違いない。オリガやバイケルと一緒に階段を下りて来た少女だ。すれ違った時は紺のセーラー服姿だったが、今は黒のダウンジャケットを着込んでいる。

 観光目的の夜間フライトがハイジャックされたのか。操縦士にとってはご愁傷様としか言いようがない。

 少女が上半身をヘリの左側へ乗り出してこちらへ銃口を向ける。マズルフラッシュは闇に中で鮮やかに俺の網膜に残った。

 咄嗟にハンドルを切ったが数発が207SWの天井を叩き、サンルーフ全体にヒビを入れる。

「孝道、助手席に移れ。後部座席だとサンルーフ越しに撃たれるぞ」

 孝道が慌てて助手席のヘッドレストを乗り越え助手席へ移る。頭から逆さに助手席へ落下するが、そんな事を気にする間も無くすれ違ったヘリコプターからの銃撃を片側二車線、計四車線をいっぱいまで使った蛇行で何とか躱す。

 再びUターンするヘリコプター。

 少女からの銃撃が今一つ精度が悪いのは、ヘリの振動と副操縦席が左側の為、左手で銃撃しなければならないからだろう。

 ひょっとしたら少女は内心、「ハインド持って来ーい」と叫んでいるのかもしれない。

 僅かに車体が傾く。

 車体からの異音は無視出来ないほどに高まり、ステアリングを切るごとに不快な上下感が俺の三半規管を苛む。

 音を立ててサンルーフのガラスが弾けて後部座席に降り注ぐ。

 車内を蹂躙する突風は先程の比ではなく、ヘリのローター音が迫りくる死神の足音の様に木霊(こだま)する。

 俺はサイドミラーを上方へ向け、頭上を取ったヘリコプターの様子を探ろうとした。

「おい」

 俺の声に孝道も弾かれたように頭上を見上げる。

 抜け落ちたサンルーフの天井から大量の銃弾がばら撒かれ、後部座席のウレタンが車内の突風に乗って車内を旋回し出した。

 ぎちぎちと207SWの天井が下がると共に車体が撓みだす。

 そりゃそうだろう、ヘリが天井に乗ろうとしているんだから。

 何かが更に天井に乗り上げると、ヘリコプターの圧力が弱まった。

 宙に浮かぶヘリコプターをサイドミラーで確認すると共に、後部座席に落下してきた何かがブーツでサンルーフの欠片を踏みしめる。

「なんだあ!」

 黒髪にボブカット、青い目をした少女が変わった格好の短機関銃を俺の後頭部へ向ける。

 掌で銃口を弾くと火線が運転席の計器類とステアリングの上半分、そしてボンネットを蹂躙した。

「あっつ、あっつ」

 銃身に沿う様に弾倉が取り付けられた機関銃は弾数が多いのか、焼けた空薬莢を車内に盛大に吐きだしてそれを浴びた孝道に悲鳴を上げさせる。

 辛うじて動いているエンジンの回転計の針が急激な左回転を始めた。エンジンもやられたか。

 ライフル弾ではないからエンジンを貫通することは無いだろう。何処か配線を切断された可能性が高い。そうなると停車をすれば二度と動かなくなる。

 肘打ちが俺のこめかみを(かす)めヘッドレストを強打する。

 俺はアクセルを踏みしめたまま右手でステアリングにしがみ付いた。

 左手で運転席下のレバーを上げて、シートホールドを解除する。

「悪い!」

 左足で運転席を後方へ蹴っ飛ばした。

 運転席と後部座席に挟まれた少女が後部座席に倒れ込み、運転席へ突き出されていた短機関銃が助手席へ放り出される。

 それを拾い上げる孝道と、

 ダウンジャケットのポケットから旧ソビエト連邦の中型拳銃マカロフを抜き出す少女と、

 左手で腰の後ろから予備のアップルゲート・コンバットフォルダーを抜き出す俺と、

 視線とそれぞれの武器が交差した。

 孝道の拾い上げた短機関銃の銃口は少女に向けられ、

 少女のマカロフの銃口は俺のこめかみへ不動の直線を引き、

 俺の左手に握られたコンバットフォルダーの刃は、孝道のサブマシンガンを握った左手首に押し当てられていた。

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