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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
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三章 追撃者(5)

 少しずつ輪が狭まり、僅かばかり前腕に食い込んだワイヤーの下から血が滴り落ちる。

 (まず)いな、このままでは遅かれ早かれ首と肘から先が胴体からおさらばしてしまう。イチかバチか。

 俺は左手で腰の後ろのナイフポーチから予備のアップルゲート・コンバットフォルダーを抜き出して親指で刃を引き起こし、素早く少女と俺の間の空間を薙ぐ。

 背広の左内ポケットに入ったコンバット・フォルダーより短い八センチのブレードは、俺の危惧を他所(よそ)に銀光となってワイヤーを切断してのける。

 突然、俺の腹部で爆発が生じた様な衝撃を受けて、俺はくの字に体を折り曲げたまま背後の製品棚まで吹き飛んで背中を酷く打ち付けた。

 ワイヤーでの絞殺が失敗したと判断した少女が身を起こしながら放ったローリング・ソバットの威力に、一瞬、俺は呼吸を止めて視界を暗くする。

 その場で上体を起こすより、次の攻撃を(かわ)す為にとっさに脇へ身体をずらしたのは間違ってはおらず、元の俺の頭があった位置で衝撃音が響いて何かの壊れる気配がした。

 顔を上げると閉じる自動ドアと遠ざかっていく足音が、デニムの少女の引き際の良さを物語っており、何とかこの危機をしのぐ事が出来たようだ。

「……ったく、しんどい事だ」

 おそらく暗殺専門である彼女が正面から戦う愚を嫌い、一旦退却したのであろう。ひょっとするとアポロキャップの少女は単なる囮で本命は彼女だったのかもしれない。

 まだ痛む腹をさすりながらその場を離れようとした俺は、奇妙なものを視界に入れてしまいぎょっとして足を止めた。

「?」

 宙に、破れて中身を(さら)したポテトチップの袋が浮かんでいるのだ。

 それに手を触れようとして、俺はある事に気付き苦笑した。

 薄いガラスの様な透明の素材で作られたナイフがポテトチップの袋を製品棚に縫い止めていたのだ。身体を(かわ)した時の衝撃音の正体は恐らく此奴だろう。

 これが薄暗い闇夜で飛来すれば避ける事は不可能で、貫かれた相手は何も解らぬまま致命傷を負わされる。

 命拾いをしたのは俺の方か。

 俺は製品棚から透明のナイフを引っこ抜いてハンカチで刃の部分を包み、そのまま背広の内ポケットに収めた。何かの役に立つかもしれない、そんな予感がしたからだ。

 俺は店員が縛られていることをいいことに、勝手に消毒液スプレーを手に取り、背広を脱いでカッターシャツの右腕を(まく)り上げる。

 ワイヤーの喰い込んだ部位は傷は浅いがまだ出血しており、カッターシャツの白い布地を赤がどんどん侵食していく。

 取り敢えずカッターシャツも脱いで傷の上から包帯を巻き付ける。ついでにカッターシャツも此処で買って着替える事にした。

 コンビニの店内で黒のTシャツにスラックス姿の男が傷の治療をしている光景は、かなり違和感のある光景だろう。

 もし一般客が来店したらどうやって取り(つくろ)うか。

 レジカウンターのデスクに立ち上がってジャケットを振り回しながら放り投げて、カッターシャツも歌いながら着替えて追い返そうか。

 いかん、思考が迷走している。きっと疲れているんだ。

 スプレー式の消臭剤を手に取りジャケットに軽く吹き付けた。本来は黄色ジャージの着ていた衣服に吹き付けて血の匂いを消す為のものだが、俺からも若干(じゃっかん)鉄臭い匂いが漂っている。SA(サービスエリア)で深夜巡回中の警官に呼び止められない様に、ここは万全を期しておこう。

 俺は店員を助けるついでに口止めをする為、カウンターの裏に回り込んだ。

 店員は身体を自由にしようともがいたようで、身体を横倒しにして転がっていた。

「待ってろ。今、助ける」

 俺はナイフの刃で店員の手首と足首を(いまし)めているガムテープを切断して自由にしてやった。

「いや、俺もびっくりした。まさかコンビニ強盗の現場に出くわすとは、人生、何があるか解らないな」

「え、あ、はい」

 大学生ぐらいの年齢だろう、眼鏡の青年は俺のしらばくれた言葉にびっくりしたように返答する。

 幸い防犯カメラは汚されて役に立っておらず、店員もレジカウンター裏で転がっていたので一部始終を目撃していない。

 此処はひたすら巻き込まれた一般人を演じておこう。

「済まないが急いでいるんだ、勘定を早く済ましてくれ」

 俺は使った商品とスプレー式消臭剤、カッターシャツの代金をレジカウンターの上に置いた。

 立ち上がった店員が顔を上げ店内の様子を目にする。

「――」

 惨状に固まっているのだろう。

 何しろ、製品棚は銃撃によってほとんどが破壊され、壁にも弾痕が残っている。床には洗剤がぶちまけられ所々泡立っているのだ。ご愁傷様。

「勘定」

 俺の声に店員は我に返り、慌ててレジを打ち始める。

 カッターシャツとスプレー式消臭剤を買物袋に入れて貰って受け取った。

「警察に説明してくれと言われると厄介だ。さっさと出るぞ」

 俺と孝道はコンビニを出て207SWにいそいそと乗り込んだ。

 ビニール袋に黄色ジャージの残骸を放り込んで、スプレー式消臭剤の中身をぶちまける。

 後はどこかのサービスエリアのゴミ箱に放り込んでお終いだ。

 俺は購入したばかりのカッターシャツに袖を通してネクタイを締める。これ以降、またカッターシャツが汚れる事が無い事を祈る。

 俺は207SWのアクセルを踏み込んでコンビニを後にした。直ぐに二宮橋を左折して新神戸トンネルの入り口へ向かう。

「なあ、孝道さん」

 神戸トンネル内の長い二車線道路を箕谷に向けて207SWを走らせながら、俺はコンビニで浮かんだ疑問を金髪アンちゃんに問い掛ける事にした。

「あの三人の()に襲われる心当たりは無いのか」

「あるかい! こっちが訊きたいわ」

「そうか? 最初の子の投げた斧は俺がお前を引っ張っていなければ確実にお前に突き刺さっていたし、さっきのコンビニでも最初の銃撃はレジ前に立ってまる見えの俺ではなく、製品棚越しにお前を狙ったものだった」

「……」

「もしこれ以上、お前が狙われるのなら後藤との契約内容を破棄する事も考えないとな。あくまでもお前を届ける事が依頼内容で、警護が目的では無いからな」

「……俺を三原まで送り届ける事は、守る事じゃないのか」

 孝道が唾を呑み込んで、低く押し殺した声音で問い掛けて来た。

「単に送るだけなら死体でも首だけでも。取引優先なら正直言って、お前の抱える書類と現金の入った鞄さえ三原の組織の手に渡ればいい事だ。まあ、ひとり欠員が出ているから、これでお前に何かあれば、相手の心証を悪くして取引が流れる可能性もあるが」

 しかし孝道に心当たりがないとすると、後藤の側に問題があるのか? 後藤の取引ルート開発を快く思わない連中の仕業か。それなら店に嫌がらせをすればいい。あまりにも手段が過激過ぎる。

「……」

 考えても結論は出ない。兵庫県を脱出すれば追手も掛かって来ない、その可能性もゼロではない。

 俺は追い越し車線側に出てアクセルを踏み込んだ。速度計の針がはね上がる。

 トンネル内なので交通機動隊の張り込みは無いだろう。

 神戸トンネルから箕谷IC(インターチェンジ)へ入って北神戸線、山陽高速道路へ抜ける道順(ルート)を通る事にする。

 山陽自動車道は岡山の吉備SA(サービスエリア)付近までは片側二車線道路の為、速度はそれほど出せないだろう。そこを過ぎる迄は道路の込み具合にもよるが、どれだけ先行するかが追撃者に対してのアドバンテージとなる。

 問題は相手がどれほどこちらの行動を把握しているか。回り道のルートを取ったが入り口近くのコンビニで襲撃を受けたのは、相手がある程度、俺の思考を読むのに()けているからではないか。

 俺の知る誰かが関わっている可能性が高い。もしくは複数のルートを押さえられる人員が揃っている組織の可能性もある。

 どちらの条件でも手強い事に代わりは無い。

「困った事だ」

 俺はそう口にしたが、それを口にしたところで事態が好転するワケの無い事を、俺自身がよく知っている。

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