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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
131/196

三章 追撃者(2)

 しょうがない。

 俺が両掌を胸前で構えて一歩を踏み出すと同時に、少女が地を蹴って距離を詰めて来る。

 少女は小柄だが手斧を持った分両腕のリーチが長く、どうしても彼女に先制攻撃を許してしまう。

 真っ向から斬り付けて来る手斧の分厚い刃を、俺は開いた左手の甲で側面から弾いて斜め下方へ軌道を逸らす。

 少女の身体が振り切った手斧に連れられるように前屈みになろうとするが、少女は足を踏み締めて堪えると左手を強引に横へ薙いだ。

 その一撃も一歩引いた俺の右掌が手斧の背を押して、彼女に不必要な軸力を強制する。

「!」

 少女の表情に動揺が走るが、実際の処、俺のしていることはそう難しい事では無い。

 彼女は辛うじて片手で使える手斧を武器としており、それは腕力より遠心力を威力の源としたものだ。

 その為に少女は斬撃を繰り出す間際、肘を引くと同時に肩を突き出す姿勢を取る。それに注意していれば斬撃の繰り出す方向を読むことは容易い。

 それに手斧というナイフや刀に比べて刃の大きい得物は、刃を視認する事が可能で面積も大きい為、側面から刃を叩いて軌道を変えたり受け流すことも出来る。

 受けられたり流されたりした手斧の攻撃を自ら停める為に身体に余計な力が掛かり、更に次の攻撃が初動の遅れた大味な斬撃に変わってしまう。

 熟練者では技の起こりを消す体術や運足(うんそく)法を心得ているのだが、少女の年齢と体格にそれを求めるのは酷というものだ。

 少女は横薙ぎの一撃に流される身体を留めようと足を前に踏み出し、薙いだ左手を強引に振り戻した。

 斧の背が俺の脇腹を狙うが、それを俺は前腕で斧の柄を受け止めて動きを止める。

 その衝撃に耐える様に俺も右足を前に踏み出す。

 少女はブロックされた左手を弾かれながらも垂れた右手の手斧を跳ね上げて、無理な体勢から俺の右脹脛(みぎふくらはぎ)を切り裂こうとする。

 済まないが、それは誘いだ。

 俺は右足を後方へ引いて斬撃を(かわ)すと、すぐさま右膝を引き上げて通り過ぎようとする手斧の刃の側面に膝蹴りを見舞った。

 少女の両腕と獲物が外側へ開き、上体が僅かに反り返る。

 此処が勝機。

 少女の首筋に左右から手加減した手刀が二度叩き込まれ、続けて左右の顎下を掌底打ちが跳ね上げる。

 左右から手刀で一瞬気道を押し潰されて呼吸が乱されたところへ、掌底打ちで頭を揺さぶられて少女の意識が僅かに揺らいだ。彼女の膝から力が抜けよろめく。

 俺は彼女の側面に回ると右掌を胸の中央、胸骨部に当てて、左手を彼女をサンドイッチするように背骨に当ててから足を絡ませて仰向けに押し倒す。

 倒れ込むと同時に左肘に衝撃が伝わり、左掌に押されて彼女の胸が前に突き出される。

 そこへ転倒の勢いを利用して右掌が胸骨を押し込んだ。

 少女の肺と心臓が(たわ)んだ胸骨に押し潰され、彼女の口から肺に溜まった息が吐き出される。

 俺は彼女を離すと直ぐに跳ね起きて手刀を胸前に構えて少女の攻撃に備えるが、少女は手斧を放して己の胸に手を当てて苦しく呼吸を繰り返して咳き込んだ。

 そりゃそうだろう。一瞬、意識が跳んだところに心臓と肺を潰されたんだ。かなり呼吸が苦しくなっているに違いない。

「済まない。今は呼吸が苦しいだろうが、時間が経てば元に戻る。出来るだけダメージを与えずに君を止めたので勘弁して欲しい」

 彼女は目をつむり呼吸を繰り返す。

 本来は河津掛けで倒しながら相手の胸骨もしくは首に肘を当てる技なのだが、それをやると少女の受けるダメージは今の比ではない。

「おどりゃー!」

 ようやくシャッターから身を剥がした孝道が、横たわったまま身動き出来ない少女に近付き怒声を放った。少女の顔面を目掛けてサッカーボールキックを放つ。

 俺は孝道の背後から下段の回し蹴りを放って孝道の軸足を払った。

 孝道の蹴りは空を切り、受身も取れず見事に転倒する。

「な、なんしょん」

「余計な事はするな。それよりアレはどうするんだ」

 抗議する孝道を見下ろして俺は背後に横たわるモノを親指で指し示した。

 それは数分前までは人間だったもので、今は単なる肉塊と化している。

「正直、アレを抱えながら人通りの多い大通りを横断して駐車場まで辿り着くのは不可能だろうな。何人もの人間に目撃された挙句、新神戸駅の防犯カメラからあんたと此奴の身元が割り出されて、最後には三原の組に辿り着く」

 そうなると後藤も関連性を疑われて、兵庫県警の対組織特別捜査班辺りに目を付けられるのは確実だろう。表、裏ともまともに活動出来なくなり、下手をすれば親組織から切られるかもしれない。

 今回の件に関係があるかどうか解らないが後藤には連絡を取っておこう。

 しかし今回は予定外のトラブルが多い案件だな。

 俺は携帯電話を取出し後藤の持つ携帯へ連絡を試みる。

 彼奴(あいつ)の方で処理業者を頼んでくれるのなら、業者が引き取りに来るまで此処で待機だ。

 三〇秒ほど待つが帰って来るのは携帯電話の留守録サービスだけだった。一度電話を切り、再度掛け直す。

「……」

「御掛けになった電」

 舌打ちと共に携帯電話を閉じる。

 しかし携帯電話サービスのアナウンスは何故ああも無味乾燥なんであろうか。せめて、「はーい、貴方のお友達は今御取込み中よ。電源を切ってイケナイ事をしてるから待ってて上げてね。チュ」でも言ってくれると嬉しいのだが。

「何、どした」

 俺の表情を見てとったのか、ようやく起き上った孝道が眉を(しか)めて問い掛けて来た。俺の表情から大方の予想がついている様だが、俺は敢えて口にする。

「後藤と連絡が取れない」

 そう情けなさそうな顔をするな。こっちは仕事の報酬が受け取れないかもしれないんだぞ。

 俺はレイヴァンを拾い上げて掛けてから、まだ倒れている少女の側に近付いて顔を覗き込んだ。

「君、何で俺達を襲ったのか話してくれないか?」

 駄目だ。下から黒瞳が拒否するように睨み付けている。諦めよう。

「……仕方ない」

 俺は少女の膝裏と脇の下に手を差し込みお嬢様抱っこで持ち上げる。

「!」

 少女は驚いて身を固くするが、俺は意に介さず高架下の切れ目まで少女を運ぶ。

「よっこいせ」

 掛け声を掛けて下ろすのは、齢を取った証拠だろうか。そんな事を考えつつ少女を下ろして壁にもたれ掛けさせた。

「全く、この商店街は寂れる一方だな」

 俺は少女の倒れた際に付着した黒いパーカーとハーフパンツの埃を手で叩いて落とす。

「あそこにいると、逆上したもう一人が銃をぶっ放しかねないからな。呼吸が整ったらここから離れると良い。その間、誰かが商店街に入ってこないか見張っていてくれると助かる」

 それだけ言って俺は踵を返した。

 さて、問題はこの後だ。後藤の店まで戻るか、それとも広島まで急ぐか。

 もし、後藤の携帯電話に出れない理由が俺達と同等のトラブルならば、後藤の店に顔を出すのは待ち伏せされている危険性を考えるべきだろう。

 しかし、このトラブルは俺が原因で、後藤は別件で忙しい為に携帯電話に出れない可能性もある。

 後は、孝道がトラブルの原因で俺は巻き込まれただけ。そんな可能性もないわけではない。奴のトラブルが神戸まで飛び火するとは考え難いが、奴の職業を考えればあっても不思議ではないだろう。

「ふむ」

 少なくとも広島まで向かえば、状況は不明でも依頼は達成出来る筈だ。

 あの少女を遣した奴が何者かは知らないが、次の手を打たれる前に此処を離れる事にするか。

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