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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
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二章 城(クリェームリ)(8)

「おう、どうだった」

「何が、だ?」

 俺がアレクセイに連れられて屋外の階段を下り待機所へ着くと、後藤は暇を持て余していたのかだらしなくもたれ掛かったソファから首を巡らして俺を振り返った。

「いや、お前もお楽しみに行ったんじゃないのか?」

「本気か?」

 俺は心の底から親愛の情を込めたような満面の笑みで後藤を見下ろす。

 後藤の表情が固まる。

「……本気で訊いたか?」

 訊くタイミングが悪過ぎたな、後藤。

 後藤の喉仏が軽く上下する。

「……いや、冗談だ。悪かった」

「そうだな。俺もそう思うよ」

 俺は表情を消して後藤の隣に腰掛ける。

 巨漢の黄色ジャージが肩の力を抜いて安心したようにソファに沈み込んだ。

「おい、孝道はあとどれぐらいで帰って来るんだ?」

「経過時間から考えるともうじきなんだがな。で、俺の日当は既に一〇万を超えているんだが」

「え?」

 俺の返答に後藤の表情が再び固まる。当初の予定金額をオーバーしているらしい。

 払えよ、割引は効かないぞ。

 五分も経たないうちにアレクセイとは別の先導役に連れられた孝道が待機所に帰って来た時、後藤の表情が明るくなったのは仕方のない事だろう。

「ん」

 孝道が右手に当てたハンカチに血が滲んでいるのを俺は見てとった。

「どうした、その右手?」

「あ、ああ」

 孝道は当てていたハンカチを右手から外してスラックスの尻ポケットに突っ込み、いかにもバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。

「ああ、ちょっとぶつけてしまった」

 中指の第一関節付近に二箇所の裂けた傷があった。血は既に止まっている様だ。

 アレクセイが孝道と俺の所持品の入った木箱をテーブルに置いた。孝道がそそくさと木箱の中身を身に付け始める。

「しかし、ずいぶんと遅くなったな。今日中に広島に帰れるか?」

 誰のせいだ、誰の。孝道のぼやきに、俺はサングラスを掛け乍ら胸中で突っ込んだ。

 待機所を出ると晩秋の風が吹き付けて俺達の身体を冷やし始める。

「流石に此処は寒いな」

 六甲(おろし)ほどではないが背後の山側からの風が容赦なく吹き付け、俺達は207SWに急いで乗り込む。

「世話になった」

 見送るアレクセイにそう告げて俺はアクセルペダルを踏んだ。

 音を立てて砂利道を抜け鉄扉の前に出るとメエーチのひょろ長いコート姿とその部下達がライトに照らされて浮かび上がる。

 大扉の前に207SWを停めて運転席側のパワーウインドを下げると、メエーチが覗き込んで来た。

「また此処に寄ってくれよ」

「その時は門の脇でボルシチを皆で囲みましょう」

「ああ、なら君は歩いて来たまえ。ウオッカを用意してあげよう」

「いいですね。それじゃあ、また」

 207SWで大扉を通り抜けバックミラーへ目をやると、メエーチが携帯電話を取り出しながら城へ歩き出すのが目に入った。

 門番であるメエーチがその場所を離れる事は滅多に無く、あるとすれば城内部でトラブルが発生した時ぐらいだ。

 会員同士でいざこざでも発生したのかもしれない。

 だが、俺には城の内部で起こる物事は関係が無く、今は依頼を果たすことが先決。おれはさっさと依頼を終わらせようとアクセルを強く踏み込んだ。


 夜も更けて後藤の店から一番近い小さな駐車場へ207SWを停めようとしたが、不幸にも満車のランプが点灯しており、仕方なく大通りを挟んだ比較的安価な半地下の花隈駐車場へ停めて、後藤と孝道は店で最後の打ち合わせをすることになった。

 時刻は二十二時だが表通りや店の閉まった商店街を通る人影もまだ多い。

 後藤の店が営業を終えた薄暗い店内の中、後藤と孝道は数枚の書類にサインをして内心どう思っているか解らないが、一応は握手を交えて取引を成立させたようだ。

 黄色ジャージが疲れた様に息を吐いた。

「ご苦労様」

「……俺は、何もしていないんですけどね」

 これで後藤は自分の店を切り盛りする為の食材を、明石で購入するより安く手に入れる事が出来るはずだ。

 孝道の属する組としては、競争相手の多い広島で捌くより三原ブランドとして此方(こちら)で売り出す足掛かりを築いた事になる。

 後藤は首を左右に傾けて今日一日で疲労した首筋の筋肉を(ほぐ)しているようだ。

 後は俺がこの二人を送り届ければ今日の仕事は終わりだ。

 出来れば新神戸駅でこの二人を放り出してとっとと家路に着きたいのだが、依頼主の後藤から三原まで乗せて行く様に言われているので従わざるを得ない。

 この神戸から広島三原までは法定速度で三時間半から三時間半、山陽自動車道は大型トラックの通行料も多い為、ひょっとするともう少し時間が掛かる可能性もある。

 となると自宅に着くのは夜中の三時か四時、明日は昼まで眠ることにしよう。

 そして昼からヴァレンティノで大人の時間だ。

 幸い明日は平日で湖乃波君も登校しており、昼までぐうたら、昼からもぐうたらしても文句は言われない。

「じゃあ、ブレード、後は頼むな」

「任せとけ、報酬は明日用意してくれよ」

 大切なデートの資金だからな。

 後藤の声を背中に俺と孝道達二人は店を出て、アーケードの商店街から道路を挟んだ高架下の商店街まで渡って行った。

 高架下の商店街はいくつかのブロックに別れており、此処からひとつ分商店街を抜けて道路を渡ると花隈(はなくま)駐車場へ出る。

 高架下商店街は時刻が遅い為か人影はなく、また、この商店街の屋根部分である陸橋が補修工事に入る事が発表されて以来移転する店が続出しており、シャッターアーケード寸前の有様だ。

 その薄暗い商店街の中に俺達三人の足音だけが響き渡る。

「おい、かばんを持てよ。さえんのう、お前は」

 孝道が差し出したかばんを黄色ジャージが受け取ろうと身を乗り出した時、その薄暗い暗闇の中を飛んで来る何かが俺の視界に入った。

 俺は孝道の肩を(つか)んで叩き付ける様に背後の店舗のシャッターに押し付ける。

「ぐがっ!」

 しかし身を乗り出していた黄色ジャージはそれに気付かず、胸に一撃を食らい背後に吹き飛ぶ。

 俺が何かが飛んできた方向、商店街の出口方向へ目を向けると同時にゴボゴボと咽喉を鳴らす音と錆びた鉄の匂いが耳と鼻腔に不快な感覚をもたらす。

 そして、俺達から八メートル程手前、商店街通路の真ん中に立つ人影は右手に手斧を持ち、左手は背負ったディバックからもう一本の手斧をゆっくりと抜き出した。

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