二章 城(クリェームリ)(4)
ふと、赤毛の女を思い出した。
「そういえば、階段の途中ですれ違ったの赤毛の黒い服を着た女性、あれは誰だ? もちろんしゃべれる範囲で構わないんだが」
俺の問い掛けに先導役は煙草をもみ消しながら苦笑を浮かべる。
「俺も詳しくは知らないが、ボスの娘達であるのは間違いはない」
「十分大人の女性だったが、宗旨替えか?」
セルゲイの娘達のひとりならもう少し若いはずだ。
「どうだろうな、よくボスと共にいるが」
先導役がそう話すと、背後からじれた声が掛けられる。
「あのー、そろそろ俺のボディチェックも終わらせてくれませんかーっ?」
すっかり忘れられた存在と化した金髪が、俺達の背後で面白くなさそうに間延びした声をあげた。
こんな控え室よりもさっさとセルゲイの屋敷に入って寛ぎたいのだろう。いらだたしそうに購入したばかりの革靴の先が床を鳴らしている。
「そこの木箱に所持品は全部入れたのか? そうでなければ俺達も次の仕事に取り掛かれないのだが」
「入れたさ。だからとっとと通せや」
先導役とボディチェック役の三人は顔を合わせると仕方ないなとでもいうかのように苦笑を浮かべる。
先導役は孝道の傍らに歩み寄ると、苦笑に嘲笑を重ねるかのように息を漏らした。
その右手が霞み孝道の背広の裾が捲れ上がると、先導役の手には銀色に鈍い光を放つ小型の凶器が握られていた。
おそらく右腰のベルトにでも差して隠してあったのだろう。
「ワレェ、なんしょん!」
反射的に孝道の右手が振り被られる。
しかし、次の瞬間鈍い音を立てて揺らいだのは俺の左頬だった。
孝道と先導役の間に入った俺は、孝道の振るった右拳を受けながらも、先導役の背広の左脇へ差し込まれた右手の肘を右掌で押さえ込んだからだ。
もし、先導役が孝道から抜き取った銀色の小型拳銃を使っていれば、俺の制止は間に合わず、孝道の人生は終わっていたに違いない。
わずかに足を踏み変えただけで俺は体勢を立て直し上体を起こした。
「孝道さん、此処は日本じゃない。あんたの面子や暴力は此処では意味を成さないんだ。それに耐えられないのなら引き返すべきだよ」
俺は床に落ちた銀色の小型拳銃を拾い上げると、孝道の私物の入った木箱に放り込む。
「この屋敷内の雰囲気に呑まれて武器を手放したくなくなったのだろうが、それは此処から出られない選択だ」
先導役が左懐から何も持たずに右手を抜いたことに安堵しつつ、俺は孝道を言葉で制した。
「……チッ」
孝道が舌打ちしつつ両手を肩の高さまで上げて承諾の意を示したので、後藤は大きく溜息を吐く。きっと、この仕事が終わったら白髪が増えているだろう。
二人のボディチェック役が孝道に近付き、グレー背広が行動の全身を叩き、ネイビー背広が小型の金属探知機で武器や不審物の確認を始める。
ベルトのバックル、指輪とピアス以外に反応する事は無く、何とか城内に入る許可を頂けた。
俺としてはこのまま孝道が放り出されても文句は言えないな、と覚悟していたのだが。
俺も同様のチェックを受けたのだが、ネイビー背広がこのまま裸にして拘束着を着せて運搬用のエレベーターで持って上がらないか、と冗談とも本気とも取れる発言をしたことに、グレー背広は、それなら黄色いゴミ袋に突っ込んで電柱脇に放り出したほうが早いのではないかと、俺の存在を全否定する相槌を打った。
先導役はそれぞれの木箱から武器であるナイフと小型拳銃を取り出すと、指紋錠で開くロッカーの隣に置かれた小型の金庫へ歩み寄る。
その金庫は赤い布が被せられており、その上には十字架に架けられたイエス・キリストの彫刻された八端十字架が置かれていた。
先導役は何かの祈りの言葉を唱え終えると金庫から赤い布と十字架を退かし、金庫の扉を恭しく開け放つ。
金庫の中から葉書大の聖母マリアに抱えられた赤子のイエスキリストが描かれたカードを取り出すと、金庫内にナイフと小型拳銃を納めてカードを武器の上に置いてから金庫の扉を閉めた。
そして再び赤い布と十字架を金庫の上に置き祈りの言葉を唱える。
「待たせたな」
先導役が一連の儀式を済ませて俺達の前に戻って来るのを孝道と後藤は奇異なものを見る目で迎えた。
「さっきは何をしていたんだ」
「穢れた武器を封じていた」
先導役の回答に後藤は首を傾げる。
「行くか」
「じゃあ、頼んだぞ」
後藤と黄色ジャージは客じゃない為、此処で足止めとなる。