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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
123/196

二章 城(クリェームリ)(2)

 もう一台はFZ250とは対照的に大型で無骨なマシーンだ。こいつも、この日本では目にすることが少ないだろう。

 ダークオリーブ色に塗装された頑丈そうなオートバイ本体と、鉄の箱がくっついた様なサイドカー。

 ロシアIMZ社、今はウラルモト社から販売されるウラル・オートバイだ。

 このオートバイ、実は自動二輪免許ではなく普通自動車免許で乗る機種で、後輪とサイドカー側の車輪に駆動力が伝わる2WDってところが面白い。

 この屈強な車体を動かすのは七五〇ccの空冷四ストローク水平対向エンジンで、太く無骨な咆哮が操縦者を高揚させる。

 サイドカー側面のショベルや予備タイヤを取り付けられるアタッチメント、何故かマシンガンマウントまで備え付けていることから、おそらく新しいモデルであるウラル・ギアアップと呼ばれる機種だろう。しかしこのバイク、ある意味遊び心を知り尽くしているモデルだなと口元が緩んでしまう。

 この二台の持ち主はどんな奴なのだろうか。興味が湧かない事もない。

「おい、先に上がるぞー」

 焦れたように階段の途中でこちらを睨み付けている後藤や孝道、先導役に詫びて俺は階段に足を掛けた。

 先導役と後藤は後数段で中腹の踊り場に辿り着く位置に差し掛かり、孝道と黄色ジャージの巨漢は急な階段が苦しいのか、四段程下でのろくさと足を動かしている。

 噂ではこの急な階段を昇り切った敵対組織の殺し屋は、玄関先で殆どが白旗を上げると聞いた。誇張された噂話だが少なくとも不審者避けとしてこの階段は立派に役目を果たしている。

 ふと、踊り場に差し掛かろうとしたした先導役と後藤が階段の脇に身を寄せると同時に、三つの人影が踊り場から湧いて階段を下って来た。

 一人は背の高い赤毛の長髪が印象的な若い女性で、黒の開襟シャツと同じく黒のパンツルックにバックルの付いたブーツを履いている。小脇にはダークグリーンのゴーグル付きヘルメットを抱えており、それが彼女の豊かな片胸を押し上げていることに目を取られた。

 もう一人はそのシルエットから女性と判るもののそれ以外は不明としか言い様がない。青地に白のラインが中央に入ったフルフェイスヘルメットと同色のパッド付きライダースーツを身に付けている。彼女も赤毛の女性に劣るものの、中々の長身を誇っていた。

 最後の一人は先の二人と対照的であり、この館の訪れる客にとってなじみの容姿と言ってもいいだろう。

 背丈は一五〇センチ有るか無いか、ボブカットに整えらえた黒髪と対照的にその肌は白い事から髪は染めているのかもしれない。

 服装は彼女の背丈に相応しい紺のセーラー服で違和感は無いのだが、これもこの館の役割を考えると本当に学生かどうか怪しいトコロだ。

 ひょっとすると、赤毛の女とフルフェイスの女性は階段下の駐車場に停めてあったウラルとVF250の騎手(ライダー)かもしれない。

 美女とレアなマシーンの組み合わせに期待しつつも、彼女等に視線を悟られないようにただ前を向いて階段を上る。

 視界の端に捉えた赤毛の女性は俺より背が高く、腰高の出るところは出ている体格に、つい直視しそうになりわずかに(うつむ)いた。

 俺は貴女のバイクになりたいです。

 そう口に出してしまいそうになる男は、きっと俺以外にもいるはずだ。

 彼女達の先頭で階段を下る赤毛の女の右足と階段を上る俺の左足が同じ段に差し掛かり、俺はある違和感に気付いて眉を寄せた。

 そして、赤毛の女がもう一段下がり俺と交差した時、俺の疑念は確信に変わり、それの意味する事に戦慄を覚えて足を止める。

 すれ違い様、赤毛の女性の視線が僅かに俺を捕らえ、その瑞々しい薄紅色の口元が笑みを浮かべたことを俺は見逃さなかった。

 どうやら俺が見ていた事に彼女は気付いていたようだ。

 三人が俺の傍らを通り過ぎ、背後で重厚な太いエンジン音と、甲高い通り抜けるようなエンジン音が響き、やがてそれが遠くへ離れるまで俺は階段の途中で立ち尽くしていた。

「おい、そんなところで何を(ほう)けているんだ。さっさと上がって来い!」

 階段の中腹の踊り場から後藤が身を乗り出し、木偶の坊と化した俺に罵声を浴びせる。

「後藤、それからそこの人。すまないが階段を二歩下りてくれないか」

 俺の要求に、後藤と先導役の男は訳が分からんと怪訝(けげん)そうに眉を寄せたが、素直に二段階段を下りてくれた。

 踏み締められた砂が音を立てる。

「……」

 そうなのだ。

 駐車場の手前までは砂利道で、木々の間を通り向けた風が時折階段の上方まで砂埃を巻き上げる。

 おまけにここの階段は急で下るときには、そのつま先に結構体重が掛けられるのだ。

 俺は手の甲で額に浮かんだ汗を拭って階段を上ることを再開した。

 あの赤毛の女は、いや、あの三人の女性は、階段を下るときに足音ひとつ立てていなかったのだから。


 階段の中腹に到着した俺達は、館に入る前にボディーチェックを受ける。

 その後、会員はさらに階段を上り屋敷に入る。そうでない者、従者やボディガードはこの踊り場横の詰所兼休憩所で主人の用が終わるまで待たなければならない。

 詰め所といってもそれなりの広さはあり、トイレやシャワー室も付いている。更に此処に詰める警護の男達専用の指紋錠で開くロッカーがあり、そこにはAKやらショットガンが収納されている。

 ショットガンを置くのならテキーラを置いて欲しいものだ。

 いや彼等の場合はウオッカか。

 此処の管理はボディーチェック役の二人に任されており、門が突破された場合は彼等が館を守る事となる。

 ボディーチェック役の二人は穢れの無い金髪をオールバックに撫で付けた細面の顔立ちの双子で、ひとりはグレーのペンシルストライプの背広にスクエア型の眼鏡を掛けており、もう一人はネイビーのペンシルストライプの背広にウエリントン型の眼鏡を掛けている。

 俺はテーブルの上に備え付けられた木箱に、ポケットの中のものを取出し収めていった。

 レイヴァンのサングラス。ビクトリアノックスの十得ナイフ「マネージャー」、小型の懐中電灯、折り畳み式エチケットブラシ。偽名の免許証や保険証、プジョーの予備キーの付いたバギーポートのキーケース。携帯電話、バック社製ナイフのアップルゲートコンバットフォルダーの大小各一本。

「なあ、煙草も此処に置かないと駄目か?」

「貴方は特に。正直、武装解除しても安心出来ませんから」

 何度か顔を合わせたことのあるボディーチェック役の二人に聞いてみたが、案の定駄目だった。

 くそ、人を人間兵器みたいに言いやがって。

 携帯灰皿にバーナーライターのガスを放り込んで、煙草を導火線代わりにしてやろうか。

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