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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
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二章 城(クリェームリ)(1)

 二章 (クリェームリ



 北野外国人倶楽部や坂の上の異人館を左手に坂を上って行くと突き当たりで右折する。

 そこからは私有地で、木々に囲まれた砂利道をひたすら直進するだけだ。

 噂では木々の間に対物ライフルを手にした軍人くずれが数人潜んでおり、不審車両はセルゲイの屋敷に辿り着くまでに蜂の巣どころか単なる鉄屑と化すらしい。

 それは大袈裟に誇張されたものだろうが、何度か此処を通り抜ける度に車越しに味わう視線は気分の良いものではなく、少なくともAK47ぐらいは持っていそうだ。

「立派な森だよな、おい」

 そんな中、後部座席の孝道は長めの金髪を指でかき上げながら感心したように薄ら笑いを浮かべる。単に鈍感なのか、それとも胆力に優れた大人物なのか、もしくは馬鹿か。

 俺としてはこんな男だらけの車内でポロリと死ぬのは真っ平なので、この先、このアンちゃんが大人しくしてくれる事を願っている。

「お」

 暫く走ると高さ三メートル程の鉄格子のような門柱と、その向こうに薄暗い中でも浮かび上がるような白く重厚な洋館が目に入った。

 門の前には人影が毅然(きぜん)とこちらをねめつけている。

「爺さんは健在か」

 此処がロシア系非合法組織「聖なる泥棒」の重鎮であるセルゲイ・セレズニョフの屋敷であり、クラブ(クリェームリ)そのものでもある。

 207SWを門柱の前まで寄せると、門柱の脇の茂みや影から背広姿の体格の良い男達が歩み出て周囲を取り囲んだ。

 門の前に立っていた一際(ひときわ)背の高くひょろりとしたガーゴイルらしいサングラスを掛けた男が、207SWの運転席側の窓ガラスをノックしたので俺はパワーウインドを下げて顔を出す。

「久しぶりだな、ブレード」

「貴方も元気そうで何よりです、メエーチ」

 俺は長年、この重厚な門を守り続ける背の高い老人の通り名を呼んだ。

 メエーチとはロシア語で剣を意味しており、その通り名が示すように彼の左肩には何時もカラシニコフ小銃用の銃剣が吊り下げられている。

「元気なのも困りものだ。天国の妻に嫌われているとしか思えないんだ」

「奥さんは手編みの帽子を作っているんじゃないですか。まだ出来ていないのに貴方に来られても困るんでしょう」

「ありうるな。妻は編み物が趣味だった」

 メエーチは憮然として既に頭髪を失って数拾年経つ自分の禿頭を撫でた。

 長年、この重厚な門を守り続けている老人は、海風の寒い冬になると被る毛糸の帽子が毎年変わっており、それは門を背に立っている門番が毎年同じ帽子では格好悪いだろうと奥さんが手編みで作り続けていたのだ。

 その帽子も三年前から被っておらず、彼はそれでも毅然と門を守り続けている。

「話はセルゲイから聞いとるよ。後ろの誰が客人だね」

 俺は後部座席の孝道を親指で指し示した。

「彼だ」

 メエーチは値踏みするように孝道の頭のてっぺんから足のつま先まで視線を往復させ、「まあ、特例だからいいか」と呟いた。

 どうやら紫の上下の背広が気に食わないようだ。

「さあ、通ってくれ」

 プジョー207SWを徐行運転で門をくぐらせる。

 外から見えない門の内側にはAK47やPKM等の火器が立て掛けており、強引に通ろうとする者の未来を剥奪する意欲に満ちていた。

 搭を二つ繋げたような白磁の屋敷に到るには四〇段程の階段を上がる必要があり、その中腹の踊り場で客人は、二人の見張りから身体検査を受けなければならない。

 階段の手前には駐車場があり、ベントレーやマイバッハが存在を主張しているのには流石としか言いようが無かった。

 駐車場の一番手前の空きスペースに207SWを停める。

「着いたぞ」

 207SWから降りる俺達四人の前後を塞ぐように、駐車場の両脇に控えていた二人の男が自然な足取りで歩み寄って来た。前側に回った男とは面識はなく、訓練されたような位置取りから彼が元軍属ではないだろうかと俺は推測した。

「こちらへ」

 男達に先導されて駐車場中央の通路を歩く俺の眼に、階段の脇、最も屋敷に近いスペースに二台のバイクが停められているのが目に入り、俺はつい声を漏らしてしまう。

「あれは?」

 先導の男を抜かしてバイクに歩み寄る俺の背に制止を促す声が投げ掛けられる。

「お」

 我に返り足を止める。

 此処まで近付くと、俺の見間違いでない事が確認できた。

 早足で寄って来た先導役の男に、俺は親指でバイクを指差して声を掛ける。

「すまないな。珍しいバイクなもので我を忘れた」

「……」

 憮然とした男を尻目に、俺は二台のバイクを鑑賞した。

 一台は中型のバイクでシンプルなハーフカウルとその下から覗く大型のフロントフェンダー、車体が同系統と比較して小振りの為、やや大きく見える水冷四サイクル四気筒エンジン。このマシーンの一万六千回転というレッドゾーンを持つ初期型のエンジンの咆哮はジェットサウンドと異名を持つ。

 ヤマハ FZ250 フェーザー。生産が一九八五年三月から一九八六年十一月という非常に短い期間のレアなマシーンだ。

 小柄な機体にシンプルなハーフカウルの形状、青と白のコントラストは何故か俺に美人だという印象を植え付けた。

「ん?」

 ふとFZ250の形状に違和感を覚える。

 俺はその違和感の正体を掴もうと、FZ250の側面やエンジンをカウルの内側を覗き込んだ。

 先導役の男が声を掛けようとするが、俺は敢えて無視を決め込んだ。別に女性のスカートの中を覗き込んでいるわけではないので、そこは大目に見て欲しい。

「……なるほど」

 俺は違和感の正体を突き止めると、このマシーンの持ち主がこのFZ250をどう扱っているか垣間見たような気がした。

 機体側面の小型バンパー、切られたハンドルストッパー、可変タイプのハンドル。

「FZ250でジムカーナ専用。もしくは超高速の最小直径フルバンク」

 都市の曲がりくねった路地を高速で駆け抜ける送り狼ってところか。確かに細く碁盤の目のような路地の多いこの街には向いたセッティングかもしれない。

「エンジンも更にビーキーにしている可能性もあるな」

 持ち主(ライダー)がどんな奴か気になるところだ。

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