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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第五話 運び屋の季節 1年目 秋 十一月
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一章 広島からの客人(1)

              運び屋の季節 1年目 秋 十一月


 一章 広島からの客人


                     1


 俺はステアリングを廻しつつ、本日何度目かの溜息を吐いた。

 助手席の依頼人が眉を(しか)めるが別に声に出して(とが)める事もなく、彼が俺と同じ意見であることが薄々感じられる。

 俺の愛車であるプジョー207SWは北野坂の急な傾斜を上り切り、異人館方面へ右折した。

 ここら辺は高級住宅地であると共に観光地でもある。通りの左右には旧パナマ領事館や洋館長屋の異国情緒あふれる建造物が建ち並び、通行人も洒落者(しゃれもの)が多く見受けられ絵画の一風景に迷い込んだと錯覚しそうだ。。

 さらに北野美術館前で左折して坂を上ると白磁の瀟洒(しょうしゃ)な邸宅があり、そこが後部座席で下手な鼻歌を繰り返しているあんちゃん風の男、もとい主賓の目指す場所であった。


 皆は知っていると思うが俺は運び屋だ。

 ブレードの通り名は神戸周辺(ここらへん)の裏社会では割と有名で、毎日ではないがそこそこ仕事にありつけている。

 俺は国内の非合法組織とは十数年前の騒動以来それほど仲は良くなく、普段の仕事はマオの属する古くから神戸に根を下ろしている中華系組織、兵庫区付近を根城にしている南部イタリア系とコルシカ、そして今から向かう洋館の主の属するロシア系、そしてベトナムやチャイナ、ブラックムスリム等の少数派の仕事を請け負うことが多い。

 かといって日系組織からの仕事が皆無なのか言えばそうでもなく、ときたま旧知の人物より依頼されることもある。

 今回の仕事が(まさ)にそれであり、俺としては依頼人を信用して気軽に引き受けたのだが、今回はどうも勝手が違うようだ。

 依頼内容は広島から訪れた依頼人のお客を、依頼人からの情報に基づいて観光案内した後、広島まで送り届ける事だった。

 依頼内容の基本料金は次の内容だ。

 食事処予約・案内、二千五百円。

 ショッピング随伴、一時間あたり三千円。

 観光案内、一時間あたり三千円。

 人畜輸送、一時間あたり四千五百円。

 それに燃料費と必要経費が加算される。

 俺は依頼人である後藤と共に新神戸駅でお客を迎えた俺は、後藤の歩み寄った二人連れを見て眉を顰めた。

 一人は身長百八十センチ程の太っちょで、短く刈った髪と細い銀縁のサングラス、黄色地に赤ラインの入ったジャージの上下を着込んでいた。ナイキのエアジョーダンらしきスニーカーダンクも黄色地に赤ラインが入っており、所有者の拘りを現している。

 もう一人は三〇代になるかならないかの若者で、黄色の太っちょより僅かに背は低く、金髪と大きめのピアス、紫の背広の上下にピンクの開襟シャツ姿は田舎の着飾った金持のドラ息子に見えなくも無い。

 当然ながら二人は駅の構内を行き交う人々から浮いた存在で目立っており、灘区から長田区までの特別警戒地域を案内する俺としては、彼等が巡回中の警官に職質されないか心配になった。

 その二人組も運転手として紹介された俺を胡散臭そうに見返したから、どうせ「黒ずくめの得体の知れない奴」とでも思っているのだろう。

 俺は駐車場から愛車のプジョー207SWを駅の玄関口に回して後藤と二人組を拾い、後藤が店主(オーナー)である西元町の店に向かった。

 後藤の店「街からの手紙」は貸店舗の従業員六名、四人掛けテーブル席五つとカウンター席の小さな海鮮レストランであるが、和洋混合の料理の品数と常備しているワインの種類の多さから舌の肥えた神戸のグルメ達に一目置かれている名店だ。

 そこに至るまでの苦労は並大抵でなく、ここで働く従業員達は灘のお通しと前菜を専門とする和食の老舗(しにせ)と兵庫区にある食事処で基本を学んだ後、イタリア・シシリー系のマフィア【仮面舞踏会(ラ・マスケーラ)】の所有するレストラン【イルマーレ】にてひと月ばかり研修を行い、それから店舗での業務を許された者ばかりだ。

 また開店時のメニューに関しても、後藤とこの貸店舗の二階に生息するへっぽこ探偵と俺の三人で試行錯誤を繰り返しながら考案した料理が数品取り入れられており、俺にとっても関係の深い店だった。

 ちなみに開店前、店の名前に関しては俺の案「ドン・(サバ)ティーニ」は速やかに却下され、へっぽこ探偵の娘である亜矢ちゃんの「街からの手紙」が採用されたのはパエリア調理の指導に来ていたジョセフィーナ嬢の「Una(ウナ) carta(カルタ) de() la() ciudad(シウダッ)」の発音がとても美しかったからだ。

 店は路地の奥にあるが駐車場は無く、店で飲食するお客さんは近くの有料駐車場に停めるしかない。

 今日は飲食を目的とせず広島からの取引相手に店の説明と取引の内容確認のみなので、207SWは路地の入口に停め、俺と付き人らしいジャージ姿の巨漢は車内に残ることとなった。

 この後は観光がてらヴァレンティノ神戸大丸店で靴を買う予定だったよな。

 俺は自分の両足首を見下ろした。

 今、俺の愛用している黒の革靴がヴァレンティノで、デザインは地味なプレーントゥのラウンドノーズ、つまり爪先が丸く飾りの無い靴なのだが、地味で確りとした造りにも拘らず、革が柔らかく軽いのが特徴で、何時間()いても疲れないのだ。

 時には長時間歩くこともあるこの職業で、軽くて丈夫、ビジネスにも使えるこの革靴は俺好みであり、これ以外の革靴を履くことは現時点では考えられない。

 問題はある靴専門の雑誌にて隠れた名品として紹介された以降、品薄状態であり店頭分が売り切れると次の入荷がいつになるか解らない事だ。

 今回は広島の客から商談のついでに手に入れたいと相談を受けた後藤が、俺がそれを愛用している事を思い出して連絡を取って来た。

 俺はその靴を注文してひと月待っている状態だったのだが、広島のお客の求める色が茶色だったことに胸を撫で下ろして、大丸店内のヴァレンティノ代理店の売り子さんに連絡を取り、何とか一足を確保したのだ。

 もし手に入らなければヴァレンティノでなくバレンチノのバッタもので誤魔化してやろうかとも考えたのだが、そんな事態にならなくて良かった。

 念の為、本当に一足確保しているか確認しておくか。

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