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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第四話 運び屋の季節 1年目 秋 九月
115/196

三章 ツバメではなく人間なのだから(3)

                     2


 依頼人の指定した赤穂群上郡町に到着したのは二十三時四十一分、指定時間内であり俺は胸を撫で下ろした。

 確かこの街には和菓子専門店 【末廣堂(すえひろどう)】の直営レストラン【光都苑(こうとえん)】があったはずだ。和菓子専門店のレストランだがハヤシライスが絶品で珈琲も旨かった。

 もちろん和菓子は絶品で、甘いものの苦手な俺でもわらび餅は美味しく頂けた。

 機会があれば湖乃波君を連れて来るのもいいだろう。

 ゴルフを指定された住所に立つ小さなマンションの前の路上に停める。

 後は受取人のいる五階まで上がり、人形を引き渡して輸送料及び人形の代金を受け取れば俺の仕事はほぼ終わりだ。

 後部座席を開けて、再び人形を御姫様抱っこで抱え上げる。

 何故だろう。一年以上この仕事に取り掛かっている様な疲労感を覚えつつ、俺はマンションの一階に足を踏み入れた。

 管理人室と書かれたドアの横にあるガラス窓はカーテンが掛かっており、晩は管理人が不在であることが(うかが)える。

「さて、エレベーターは」

 さすがの俺も、七〇キロを超える人形を抱っこしたまま五階まで階段を上る根性は持ち合せておらず、エレベーターの場所を探す事にした。

 一階の見取り図によれば中央にある階段を通り過ぎて突き当りまで行けばエレベーターがあるらしい。

 しかし、やや速足でエレベーターに向かう俺を、困ったアクシデントが待ち構えていた。

 エレベーターと思われる鉄扉の前に、女性が二人、向かい合って談笑していた。

 二人とも会社の残業帰りなのか、手提げかばん以外にコンビニの白い袋を手に持っており、部屋に分かれる前の一日の終了トークを交わしているようだ。

 俺はとっさに階段の陰に隠れた。

 俺が二人と共にエレベーターに乗り込めば、人形を抱えた不審人物として気味悪がられるのは間違いなく、マンション中に噂話が広まる恐れもある。

 それは受取人の不利益になることは間違いなく、後々のトラブルの原因ともなりかねない。ここは女性がエレベーターに乗り込むまで待つのが正解だろう。

「……」

 しかし五分待てども彼女達がエレベーターに乗り込む気配はなく、残り時間を考慮すると自ら非情な選択肢を選ばなければならないようだ。

「五階か」

 階段の一段目に足を掛ける。

 そのまま一定の速度で二階に到着する。

 正直言ってキツい。特に腕より足が。

 しかし一休みすれば余計に疲れそうなので、そのまま三階に通じる階段に足を掛ける。

 三階到着。

 そういえば、昔、山頂の教会まで新婦の提案で新郎が御姫様抱っこで階段を登って行く映画を見たような気がする。

 よく考えると、新婦は幸せそうな表情で笑顔を見せて新郎の首筋にしがみ付いていたが、内心は新郎が途中でへたばると即、離婚する心算だったんじゃないだろうか。

 俺ならそんな提案をする新婦とは自ら離婚を申し出るが。

 四階到着。

 肘から先の感覚も無く、辛うじて支えているのが現状だ。

 パンパンに張った脹脛(ふくらはぎ)が俺に限界を訴える。

「ワンピースとは選択を誤ったかな」

 人形を背負えば幾分かは楽だったかもしれないが、服装がワンピースでは足を開く姿勢は無理な相談だ。

 次に似たような機会があれば、服装はTシャツと半ズボンにしてやる。

 五階到着。

「……」

 俺は人形にシュミット式バックブリーカーを仕掛けそうになる身体を立て直し、重い両足を引きずり乍ら、何とか届け先の部屋前に到着した。

 しかし、このマンションの規模と部屋のドアの状態から推測しても、製作者の青年が提示した人形の代金が払えそうな人物とは思えず、俺は内心困惑したが住所と部屋番号に間違いはない。

 人形を支えたまま右手の人差し指を伸ばして、何とかインターフォンのブザーを押した。

「はい」

 不機嫌そうな若い男の声がスピーカーから帰ってくる。

「運び屋だ。荷物を持って来た」

「今、ドアを開ける」

 ドアの向こうで慌ただしい足音が響くと、ドアを開いてまだ若い二〇代後半の男が顔を出した。茶髪にトレーナーとジーンズ姿はこの人形の必要性と合わない為、俺は不信感を増していく。

「届け物の人形だ。君が受取人か」

「お、ああ。そうだ」

 俺は三和土に立って男の背後を観察した。

 部屋は何の変哲もない1Kでパイプベッドと簡易机、後は三段のタンスぐらいの簡素な室内だ。簡易机の上にはパソコンとテレビ、携帯電話が置かれているだけで値打ち物が置かれているわけでもない。

「……」

 他に人の気配も無く、三和土の履物は革靴やサンダルと複数あるものの、同じサイズで統一されているようだ。

「君、これの使用する目的は知っているか」

 俺は先程から人形を前に、ほーとかへえーとか繰り返している受取人の男に声を掛けた。

「え、ああ、知っていますよ」

「障害のある方と聞いているが。後で取りに来るのか? なら運ぶのに手を貸してもいい」

「ああ、それですか」

 その直後に浮かべた男の笑みに、俺は不快なものを感じて眉を(ひそ)める。

「それはですね、こいつの作者、彼奴(あいつ)の作品を研究室を見学に来た海外の金持ちが、その造顔技術っていうのか、その外観にほれ込んだんですよ」

 まあ、そうだろうな。そんな奴がいてもおかしくはない出来だからな。

「それで顔だけでも作ってくれって大金を積まれたんですが、彼奴はあくまでも医療目的で、そんな心算で作る気はないって断った挙句に研究室も辞めちまったんです。それなら、医療目的だといいだろうと理由をでっち上げて作らせ、元同僚の俺が海外の金持ちと連絡を取って引き渡すんです」

「……」

 やれやれだ。

 得意げに話す男を見る俺の視線は剣呑(キツ)くなっているのかもしれないが、サングラスに隠れて解らないだろう。

 さて、どうしたものかな。

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