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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第四話 運び屋の季節 1年目 秋 九月
112/196

二章 ドールハウス(4)

「よし」

 俺と青年は四苦八苦しながら人形に服を着せ終えて、ようやく一息吐いた。

 当然野外ですると通行人に警察を呼ばれかねない危険性があるので、一旦研究室に持ち込んで、だ。

「しかし、よくサイズが合いましたね」

 褒めるな、俺の特技のひとつだ。

 服装はちょっと厚めの生地をしたワンピースに腰部を太めの革ベルトで締めたものだ。ワンピースの両棟にはやや大きめのポケットが付いており、少し活動的な印象を与えていた。靴はレディースローファーを組み合わせておく。

 しかし、人形とはいえ服を着せるのがこんなに大変だとは思わなかった。婦人服売り場の売り子さんや人形マニアはよくこんな労力を甘受(かんじゅ)するものだ。やはり俺は脱がす専門でいい。

 人形の両膝と手を入れてから、人形の脇の下に手を入れ一気に持ち上げる。御姫様抱っこと呼ばれる持ち上げ方だ。

 すぐそばにある人形の整った相貌を見下ろす。

 何時もなら多少は女性の吐息や体臭に心臓の鼓動が早くなるのだが、人形相手だと平然としたものだ。

 俺は自分自身の性癖に異常の無い事を確認して安堵の息を漏らす。

「あの、重いですよ。手伝いましょうか」

 人形を抱えて出入り口に進む俺に、青年が慌てて手助けを申し出た。

「いや、いい」

 俺は別に心配いらないと返答する。

 青年にはまだ解らないだろうが、この抱き上げ方は男にとって必須の技能なのだよ。このまま運ぶと容易くイスやベットに下ろせるからな。

 どうでもよい事に内心得意になりながら、俺は青年に分厚いドアを開けて貰い野外に出た。

 人形を片膝で支えながらゴルフの後部座席のドアを開けて、運転席から見える位置、後部座席の左側に深々と座らせる。

 人間同様にシートベルトを人形に掛けておいた。これで運びの準備が終了。

「ふう」

 何故か、酷く疲れている自分がいる。

 だが、これからが俺の本当の仕事だ。

 時間を確認、二十一時四十五分。

 届け先の指定時間は二十三時から二十四時の間。

 何時もなら余裕で着く時間だが、今回の荷は精密機器で慎重に慎重を重ねておく必要がある為、そう無茶な運転は出来ない。

 となると、飛び出しや信号機に止められる一般道は却下、高速道路を使用するしかない。

「伊川谷と玉津、どちらかから第二神明に乗るか」

 距離としてはどちらも似たよなものなので、取り敢えず玉津から乗る事とする。

 俺は運転席に乗り込み、黒の手袋とサングラスを着用した。

「じゃあ行って来るが、先方で料金を受け取って戻ってくればいいんだな」

「はい、その中から輸送料を支払います」

「了解した。出るぞ」

 運転席側のパワーウインドウを上げてゴルフのアクセルを踏み込む。


 玉津から第二神明に乗ると後は道沿いに進むしかない。

 左側車線に寄せて時速八〇キロ程度でゴルフを走らせる。

 時折、後部座席の人形をバックミラー越しに異常がないか確認するが、別段変わり映え無く助手席に腰掛けている。

 いや、別段変わり映え無く腰掛けているのが当たり前で、いきなり話し掛けてきたりシートベルトを外して寛いだりすれば、異常どころの騒ぎではなくなるのだが。そうなると必要なのは俺でなく坊主か神父さんだ。

「何考えているんだか」

 自分の発想が馬鹿馬鹿しい事に呆れる。良くないな、気が抜けている証拠だ。

 魂など宿らないほうが幸せだ。

 人形の幸せなど解らないが、宿った時点での無垢な幸せの幻想や、こうすることが正しいと叫ぶ無知であるが故の理想論など、己では綴じることの出来ない両眼と塞ぐことの出来ない両耳から勝手に入ってくるこの世の(ことわり)で黒く塗り潰されていくに決まっている。

 そして外界と自分の軋轢に、宿ったものは磨り潰されて消え失せて、残るのはただ外界からの接触に自動的に反応する機械だ。

 なんだ、結局人形に戻るじゃないか。


 ふと夏の旅行中に見た湖乃波君の泣き顔と、夕方のカテ公の背中を思い出した。

 あの子達は世界に対して、理想を求めようとするのだろうか。

 俺のハンドルを握る両手に力が込められる。

 無理だよ、それは。

 困ったことに、そう呟いているのは俺自身なのだ。

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