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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第四話 運び屋の季節 1年目 秋 九月
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二章 ドールハウス(1)

 二章 ドールハウス


                       1


 西神中央美賀多台の外れに到着する。

 依頼人の指定してきた場所は建売住宅の只中にある、一見、小売店に見えないこともない建物の前であった。

「荷物は確か、人形だったよな」

 歴史の古い雛人形や五月人形なら、目的地まではひたすら安全運転しなければならない。

 厳重に梱包(こんぽう)してくれていたら嬉しいのだが。

 門柱横のインターフォンのボタンを押して顔を近付ける。

「はーい」

 幾分か間延びした男性の声が返ってきた。意外と若い。

「運び屋でブレードという。荷物を受け取りに来た」

「はい。ちょっと待ってくださいね」

 声が遠ざかる。

 声の雰囲気からは俺の様な運び屋を雇う後ろめたさや緊急性は感じられず、佐〇か黒猫さんでも間に合うのではなかろうかと思った。

 ひょっとして、人形に何か問題があるのではなかろうな。

 勝手に髪が伸びるとか。

 夜中に歩き出すとか。

 目からビームが出るとか。

 そんな益体(やくたい)も無い事を考えていると、四角い建物のステンレス製と思われるドアが開いて一人の青年が軽い足取りで歩いてきた。

 年齢は二十代後半から三十代前半、無造作に伸ばした黒髪と銀縁の眼鏡を掛けた学生のような雰囲気を持った青年だった。

 白の綿シャツとこげ茶色の綿パン姿で、羽織った白衣のポケットに両手を突っ込み警戒した風も無く歩いてくる姿は、どこかの大学の世間ズレしていない院生のようでもある。

「すみません、お待たせしてしまいました」

 屈託の無い笑みを浮かべる青年の両手は手ぶらで、人形の入っている箱らしきものは抱えられていない。

「……荷物は何処だ」

 俺の質問に青年は門を開くと苦笑いを浮かべた。

「すみません、一寸(ちょっと)大きいんで運ぶのを手伝ってくれませんか?」

 そう言って俺に背を向けるとさっさと歩きだした。

「……」

 荷物を取りに来た胡散臭(うさんくさ)い男の事は別に気にもしていないらしく、ドアを開けて手招きする。

「ゴミが入るといけないんで、スリッパを履いてくださいね」

 完全に足首まで覆う雨靴のようなスリッパが用意されたので、俺はヴァレンチノの革靴からそれに履き替えて廊下を歩いた。

 左右の扉は閉ざされて室内(なか)(うかが)えなかったが、何か機械の動作する低い音が響いている。

 廊下の突き当りまで来ると、また、玄関と同じくステンレス製の分厚い扉が青年と俺を出迎えた。まるで核シェルターだ。

「どうぞ」

 白い壁の室内は薄暗く、床には分厚いゴムが絨毯代わりに敷かれて俺と青年の足音を完全に消している。

 左右の壁には丈夫な棚が設置されており、テスターやデジタルマルチメーター、小型のコンプレッサーが置かれており、まるで精密機器の町工場のようだ。

「……」

 依頼品は確か人形だったよな。

 依頼品とほど遠い環境に戸惑いつつ、遮光カーテンの奥へ歩を進める青年の後を追う。

 遮光カーテンをめくり上げながら視線を上げる。

 そして目が合った。

「!」

 その事実に俺は即座に右手を背広の左内ポケットに差し込んで、愛用の折り畳みナイフ、アップルゲート・コンバットフォルダーを抜き出した。

 いや抜き出しかけて手を止めた。

 俺の眼前にぶら下がっているものは逆さ吊りにされた女性の生首で、長い髪の毛が床に触れるか触れないかの位置まで垂れ下がっている。

 ただ、何となく違う。

 瑞々(みずみず)しいが生々しくない。例えるなら非常に出来のいい剥製(はくせい)の様なものだ。

「すみません。それ、まだ毛根が固まっていないから触らないで下さいね」

「……」

 慌てて頬を突こうとした指を引っ込める。

 青年がリモコンを天井に向けると、早朝の自然光の様な光が室内を満たす。

「?」

 室内の光景に俺は息を呑んだ。

 天井からはゴムバンドの様なもので吊るされた肩から先の腕、黒く鈍い光沢を放つ背骨の様なもの、女性の胴体等が有り、気の弱い奴ならば卒倒する光景だった。

 俺が正気でいられるのは、破損した人体特有の腐臭や腐敗網(ふはいもう)が無い事、そして、その各人体の肌の質感が過去に見たものと酷似していた事だ。

「運び屋は余計な事を聞かないのが鉄則だが、質問していいか?」

「いいですよ」

 あっさりと承諾されたことに拍子抜けしつつ、俺はぶら下がった女性の生首、いや頭部を親指で差した。

「医療用人工皮膚を使っているな。かなり精巧に出来ているが、これが依頼品か?」

「それはまた別のモノです。運んで欲しいのは、それよりひとつ前の(タイプ)の全身です」

「全身?」

 何か大掛かりになって来たぞ。

「はい」

 青年は無造作にぶら下がった頭部に近付くと、腰を屈めて下から頭部を仰ぎ見る。

「うん、いい出来かな。これは頭部だけの試作品なんです」

 俺も青年と同じように頭部を下から覗き込んだ。

「人の髪の毛は毛根から生えて直立しているじゃないですか。だからこうやって逆さづりにして髪の毛が寝ない様にしないといけないんです」

 なるほど。

「しかし、よく人工皮膚って解りましたね。医療に関わっていたとか?」

「いや、昔、監察医とヱンパーマーを兼業していた女性と知り合ってな。その作業を見せて貰った。質感が良く似ている。その頃に比べても瑞々しさは増しているけどな」

 ふと、懐かしい声が耳の奥から聞こえる。

 狗狼くーん。コーヒー、ブラックでお願い―。

 何時も夜中に仕事して、朝方仕事を終えるとソファーに沈み込んでいる。

 そして、それまでの凛々しさを放棄して気怠げにマグカップいっぱいのブラックコーヒーを要求するのだ。

 飲んでいる最中に舟を漕いたりして、起こさない様にマグカップを指からそっと外すのに苦労した。

 いや、今は仕事中だ。感傷は断ち切ろう。

「これは再生用の医療用皮膚じゃなくて、義手義足用の医療用皮膚なんです。だからアレルギー対策と防腐を重視しています。人工真皮のベルナックスに市販の人工皮膚スプレーを改良したものを吹き付けて、さらに薄い樹脂でコーティングします」

「頭部だけって使用用途は何なんだ」

「正確にはこれは仮面ですね。その、火事等で頭部に酷い火傷を負った人や、交通事故被害者用の」

 皮膚移植すら出来ない場合の救済か。特に女性にとっては。

「鼻の構造は特に苦労しました。鼻にダメージを負っているケースが多いので必要な機能なんです」

 白衣の青年はポケットから小型の懐中電灯を取り出すと、背伸びして鼻の穴の中を照らした。

「ほら、見て下さい!」

 俺は女性の頭部の鼻の穴の中を目を凝らして見つめる。

 実際の女性にすると、往復ビンタを食らうのは間違いない行為だろう。

 鼻腔の奥に白い幕の様なものが見える。

「この網は?」

「それはとても軽くて、鼻から息を吐くと上に開いて、吸うと閉じる()(あみ)なんです。鼻毛の代わりですね」

「鼻毛?」

「はい、このマスクから外して洗浄も出来ます。破れ易いので、まだ改良の余地が有りますけど」

「ふーん」

 只々、感心するしかない俺。

 頭部を正面から見る。なかなかの美人だがこれはモデルがいるのだろうか。

「この顔は何処かの女優か?」

「いいえ、その顔は写実主義の作家に絵を描いてもらって、それを基に造顔しました。写真だと光の加減でしわや細かい部分が消えるのですが、絵画だとその部分まで描いてくれるので」

 そこまで聞いて俺はふと思った。この青年は一体、何者かと。

 運び屋は運ぶ荷物の内容は訊いても、相手の名や素性は訊かないのが鉄則だ。

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