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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第四話 運び屋の季節 1年目 秋 九月
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一章 衝撃! 猩々の潜む整備工場(2) 

「で、何の用なんだ、カテ公」

「カテ公って、何よ」

「気にするな。俺がそう呼びたいだけだ」

 カテリーナは一見するとMの文字に見える、実は発祥地の橋を表したマークの目立つ全世界で有名なハンバーガーチェーン店の前で足を止めると俺を振り返った。

「ここでちょっと話をしたいんだけど、いい?」

「良いも悪いも、無理やり引っ張られてるんだ]

「仕方ないじゃない。湖乃波の前で聞くわけにもいかないし」

 何か湖乃波君がらみのことなのか。

 しかし、湖乃波君に関することについては、俺は最低限のことしか知らないのだ。こちらから無理に聞き出そうという気は無く、湖乃波君が話してくれれば聞いておく、そんなスタンスを取っている。

 逆に学校でいつも顔を合わしているカテ公の方が詳しいと思うのだが。

 カテリーナはポテトのMサイズとアイスのキャラメルラテ、俺はホットコーヒーのSサイズをそれぞれ注文して、それを手に二階席へ上がった。

 二階はまあまあの混み具合で二人がけの席は塞がっており、一人掛けの小振りな机がちらほらと空いているのを見かけるぐらいだ。

「仕方ない。この席にするか」

 俺は壁際の一人掛けの席にカテリーナを座らせると、俺は立ったまま壁に背を預けた。

「それで、用は何だ。湖乃波君に聞かれたくない事か?」

 そんなややこしい事なら、俺も出来れば聞きたくないぞ。そう俺は胸中で独りごちる。

「うん、その、湖乃波の事なんだけど」

「湖乃波君の?」

「う、うん」

 カテ公は俺の問い掛けに頷くと、間を持たせるかのようにアイスキャラメルラテのストローを咥えた。

 何時もなら言いたいことははっきりと口にしているカテ公だが、今日は何故か大人しく俺に対しても何処か躊躇(ためら)っている様にさえ見受けられた。

「湖乃波君に何かあったのか?」

「その、それを私も訊きたいの」

「?」

 俺の怪訝(けげん)そうな表情を見て、カテ公は躊躇いがちに言葉を続ける。

「夏休みが終わって、湖乃波はてっきり進学しないで就職するか、それとも別の公立高校を受ける準備をするかと思っていたんだ。そしたら湖乃波が嬉しそうに、カテリーナ、私、高等部に進学するよって」

 ああ、その事か、と俺は思い当たった。

 湖乃波君とはある理由から俺と契約して、1年間共に暮らす事となった中学三年生の少女だ。

 保護者として始めて湖乃波君と過ごす夏休みに、俺は仕事ついでの家族旅行を思いついた。行先は北陸福井県。

 湖乃波君はそこで一人娘を失った一組の元夫婦に出会う。

 その夫婦の娘は海外での支援活動に従事しており、その活動の最中、暴漢によって命を落とした。

 湖乃波君は、その元夫婦を元気付けようとする内に、娘さんの携わっていた海外での活動、元少年兵に生活する為の仕事を教える仕事や武装解除活動、海外で増加する内戦や難民の現状を知るに至った。

 そして、何故、世界はそうなっているのか。

 おそらく湖乃波君は疑問に思ったことを放って置けない性分なんであろう。

 だから、夏休みの終わりが近付いたある晩に、彼女は世界の仕組みを知りたいと言って俺に進学したいと告げた。

「何か、湖乃波君が進学することに問題でもあるのか?」

「無いよ、私は湖乃波が進学してくれて嬉しいから。来年も一緒に学校に通えるし、ただ……」

 カテリーナのエメラルドグリーンの瞳が不安げに伏せられた。

「ただ、湖乃波は自分で決められるんだなァって、そう思っただけ」

「……」

 カテリーナはそういってポテトを口に咥えてかじり始める。

 その仕草に、俺は、俺が急な仕事で遅く帰って来た時の湖乃波君を何故か思い出してしまった。

「……なあ、カテ公」

「何よ!」

 人を此処に引っ張ってきたくせに、すねた子供のような目付きで見上げる彼女に俺は苦笑するしかなかった。

「相談されなくて、寂しかったのか?」

「なっ! ち、違う……と、思う」

 顔を赤くして反論しようとしたのだろうが、後の言葉は力無く尻すぼみになる。

「私はただ、湖乃波が悩んでいたら、どんな道を選んでも応援するつもりだった。でも、湖乃波が自分で考えて進学するって決めたから、その、湖乃波に……」

 カテリーナはそこで一旦言葉を切った。

 僅かに顔をうつむかせ、太腿の上に置かれた左手が握り締められる。

「私と一緒にいる意味、あるのかなって。湖乃波にはクロさんがいれば、もういいんじゃないかって」

「……」

 何時もと違う金髪の少女の表情に、俺は、ふと、カテリーナと湖乃波君はやはり似たもの同士ではないかと思ってしまった。

 そういえば今年の五月、ある牧場で湖乃波君とカテリーナの会話で聞いたことがある。

 カテリーナは養子で彼女の本来の家族は全て鬼籍に入っている。そんな彼女が遠縁の富樫家に引き取られたのは、富樫家の三男の許婚としてだと。

 彼女の過去は思い出すだけでつらいものなのかも知れない。そして未来は本人の意思と関係なく決まっている。

 だからカテ公は同じく天涯孤独な湖乃波の力になりたいのだろう。

 仲の良い義理の母親である富樫理事や引き取ってくれた富樫家に迷惑をかけないように学校では優等生を演じていた。

 しかし湖乃波君や親しい友人の前では、周囲を引っ掻き回す悪戯好きだが頼れる友人として活発な少女の地が出ている。

 そう俺は思っていた。今の今迄は。

 その活発な少女すら、彼女の演技だとすれば。

 カテリーナが湖乃波君や富樫理事に「私は大丈夫」とメッセージを送る為の演技だとすれば。

 もしくは彼女自身が、自分でも気付かない彼女の孤独を誤魔化す為の空元気だとすれば。

 おれは自分に左手から伝わる痛覚に顔を顰めた。

 如何やら熱いコーヒーの入った紙カップを潰しかけていた様で、カップの縁まで上がっていたコーヒーが(わず)かにこぼれて俺の掌を濡らしている。

「しかしなあ、カテ公。俺も相談はされていないぞ」

 俺はカテリーナの見せた表情に気付かない振りをすることにした。

 いや、自分自身に見なかった事にしようと言い聞かせる。

 俺がカテリーナの抱える孤独に気付いたとして、それでどうするというのだ。

 優しい言葉でも掛けるのか? それが本当の救いにならない事は俺自身が良く知っているし、もしそんな魔法の呪文があるなら湖乃波君に使っている。

 時間遡行(じかんそこう)の出来る機械でも持っていない限り、彼女達を襲った悲劇はどうする事も出来ず、残念ながらそれを持っている知己は俺にはいない。

 何も出来ないなら、何も気付かなかった事にして、酒と煙草と一緒に胸中(なか)に呑み込んで忘れてしまうべきだ。

 それが大人というもので、俺は二〇年以上大人を演じ続けている。

「え、クロさんも」

 俺の言葉にカテリーナは目を丸くする。

「ああ、湖乃波君は自分で考えて、自分で結論して、自分で俺に伝えたんだ」

 カテリーナは(しばら)く俺を呆然と見つめた後、相好を崩して「そうかーッ」と目を細めた。

「湖乃波って強いなぁ。羨ましい」

 そうだな、湖乃波君は出会った頃から何時も前を見続けているよ。

 カテ公と俺は多分同じ苦笑を浮かべたのだろう。たぶん考えていることも一緒だ。

「しかしな、カテ公」

「ん」

「俺は、もう少し湖乃波君に自由にして貰いたいんだ」

「自由って?」

「帰って来て、買い物をしたり夕食を作ったりすること以外に、もっと今しか出来ない事を楽しめという事さ」

 俺の言葉にカテリーナは考え込む様に腕を組んだ。

「でも、それは湖乃波の趣味みたいなモノだし、難しいんじゃない」

「だから、強引に引っ張って行ってくれ」

 カテリーナは俺の顔を見上げて二度ほど瞬きすると、意外そうに声を上げた。

「ふうん、クロさんはそういう事を嫌がるタイプと思っていたけど」

「俺は、な。湖乃波君は独りで居る事を好むには、まだ早すぎる。多少強引でも構わない」

「やった、保護者の|了承【りょうしょう》付きね」

 先程までの寂しげな表情から満面の笑顔に変わる。

 やはり、カテ公は元気な方が良い。それが演じたモノでもいつか本当になる事もあるだろう。

 ふと息を吐いて俺は左手首のハルミトンの腕時計に視線を落とした。どうやら時間がひっ迫してきた。

「すまんが時間が無い。ここで失礼させてもらうぞ」

「うん、私はもう少し此処でゆっくりさせてもらうね」

 アイスキャラメルラテのを吸い込むストローの奥から氷の動く音がする。

 中身の無い紙コップを手にして彼女が独りで何を思うのか。

 感傷を断ち切り背を向ける。

「ねえ、どうしてクロさんは契約を延長したの?」

 いきなりの問いかけに俺は足を止めた。

 視線を背後に投げ掛けると、カテリーナは俺に背を向けたまま窓の外を見つめている。

 カテリーナはそれを知ってどうするというのか。彼女の得する事など無いと思うのだが。

「さあ、どうしてかな? 誰か知っているなら答えてくれ」

 スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま肩をすくめて、俺は再び歩き始めた。

 本当に、誰か解るなら代わりに答えて欲しいものだ。

 地下の駐車場へ早足で向かいながら俺はそう呟いた。

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