きみのマフラーになりたい ×
生まれたてのボクはとても小さくて。
生まれたてのボクは、とても弱かった。
あれは雪の日。
生まれたてのボクは、しんしんと灰色の空からとめどなく落ちてくるわた雪を、なんの感情もなく見上げてた。
雪がなかったら、ボクは生まれなかった。
ボクを覆うように降りつもる雪。
それを弱々しく払い除けた。
ボクを生んた雪だけれど、こんなに冷たく降り積もられたら凍えて死んでしまう。
それほど生まれたてのボクは弱かったんだ。
あぁ、このまま消えていくんだなぁ、そう思った。
「……どうしたの?」
見上げていた灰色の空。
そこにさしかけられた真っ赤な傘。
小さなきみが、雪に埋もれるボクを不思議そうに見ていた。
くりくりした大きな目。
その目の中に、ボクが映った。
その時、はじめてボクは自分がどんな姿なのか知ったんだ。
そしてきみは答えることもできないボクを、ミトンの赤い手袋ですくい上げた。
真っ赤なほっぺたのきみがボクをまじまじと見つめた。
「……ひとり?寒い?お腹すいてる?」
ボクは目を閉じた。
ミトンの手袋ごしに伝わってくるきみのぬくもりがとてもあたたかかったんだ。
あれからいくつか季節が過ぎた。
「ゆき」はずいぶん大きくなった。
ボクは相変わらず小さくて、でも、本当は大きかった。
きみはやんちゃな女の子で、寒さなんて気にせずいつも薄着で飛び出してお母さんを困らせた。
ボクは仕方なくきみについて行って、その首元に巻き付くのが日課だった。
「……ゆきはいつも上着を着ないで飛び出していくけど、マフラーだけはしてるのよね??」
帰ってきたきみを見てお母さんはいつも不思議そうにしていた。
きみは得意げにニンマリ笑ってボクを抱きしめる。
痛いよ、ゆき。
あんまりギュッとされると変化が解けちゃうよ。
抱きしめてくるその小さな腕の中はとてもあたたかかった。
きみと出会って、ずいぶん長い時間が過ぎた。
やんちゃだったきみも大人びてきて、身なりも気にせず外に飛び出したりしない。
出かける前は入念に鏡の前であれこれやってる。
ボクには何がそんなに違うのかわからないけれど、きみはちょっとしたところをすごく気にしていつまでも鏡の前であれこれする。
「ねぇ?!後ろ、変じゃない?!」
少し顔を赤らめ、小声できみが聞いた。
だからボクは「大丈夫、いつも以上に可愛いよ」的な事を毎回言うのだ。
じゃないときみはいつまででも鏡の前から動かないからね。
そんなきみだったけど、寝坊した日はそうもいかない。
だからボクは髪留めになってあげた。
いつからだろう?
きみがうずくまって膝を抱えるようになったのは?
きみを取り囲む、どなり声。
さげすむ声。
悪口。
罵り。
ボクはそんなきみの頭に巻き付いた。
いいんだよ、そんなもの聞かなくて。
ボクが巻き付くことでその声は小さくなり、どこか遠くに響いている。
きみは少しだけほっとして、ボクに包まれていた。
「……あったかい。」
きみが小さくつぶやいた。
ボクに触れてなでる手がかすかに震えている。
ねぇ、ゆき。
ボクは本当に嬉しかったんだ。
あの生まれたてで弱かったボクを、きみの小さな手が包んでくれた時。
ボクは本当に嬉しかったんだ。
あたたかくて安心したんだ。
大丈夫。
ボクは体を大きくした。
そしてきみをつつみこんだ。
あの時、きみがしてくれたように。
ボクはきみをつつみこんだ。
状況は変わらない。
あの日、ボクに降りつもっていた雪。
今、きみに降りつもる言葉。
それでも、安心したんだ。
きみがボクを包み込んでくれて。
そのぬくもりがとてもあたたかくて安心したんだ。
ボクはきみをつつみこむ。
冷たい雪に埋もれてしまわないように。
冷たい言葉に埋まってしまわないように……。
【マフラー】
毛糸・布などの細長い襟巻き。
また、原動機の排気口や銃口の先に装着する音を消す装置。消音器。サイレンサー。