第8話「それはとても静かに」
気がつけば、私たちは妊娠38週に入った。
私も、マイちゃんも、すっかりお腹が大きくなって、いつ産まれてもおかしくない感じ。
いや、ホント、あっという間に38週なんだなー、って思う。
ほんの29週間、7か月ちょっと前まで私は男だったんだから。
その私が神様の怒りに触れてしまったのが原因で女に、それどころか妊婦さんになって、
こうして、もういつ産まれてもおかしくないところまで過ごしてるんだから。
38週というと、いわゆる「正期産」の範囲に入ってる。
この時期になれば、いつ産まれても赤ちゃんに問題はないと言われている。
この7か月ちょっとの間に、本当にたくさんのことがあった。
女になって妊婦さんになって、ってのは確かに大きなことだったけど、
何よりもマイちゃんという、かけがえのない友達ができたのが一番だ。
「んー・・・ふわあぁぁぁぁぁ・・・」
「あ、マイちゃん、おはよ」
「んぅぅ・・・ユウカさん、おはよぉー・・・」
なんだかんだでマイちゃんと一緒に暮らすようになってからも、4ヶ月くらいなんだなぁ。
私が2回目の健診のときに転びそうになったのを助けてくれたのがマイちゃん。
それから仲良くなって、一緒に健診行ったり、一緒に戌の日詣りしたり、
気がついたら私の家で一緒に暮らすようになった、大事なママ友。
もちろん、私が元々男性だったことはマイちゃんには話してない。
話せるもんか、そんなこと。話したって多分信じてもらえない。
頭のおかしい人扱いされるだけでしょ、そんなん。
わけあってシングルマザーになることにした、ということにしてる。
マイちゃんもわけあってシングルマザーになるらしくて、それもあってさらに仲良くなれた。
だったら、もう、お互いに助け合いながら頑張っていこう、ってことで。
正直、下手になんか話をして、今のこの幸せを壊したくない、ってのが本音。
確かにひょんなことで妊婦さんになっちゃったけど、今の私にはそれが何より幸せなんだ。
「さーて、と・・・今日は健診の日だね」
「あっ、そうだね!準備しなきゃ・・・」
妊娠36週になってから、健診の回数が週1回になった。
まぁ、この子の『パパ』のおかげで、特にやることもないから、
週1回でも病院に行って外出する時間があるのは、ぶっちゃけ助かってる。
そうじゃなかったら、マジで家でゴロゴロしてるだけだしね。
それに、その外出にしても、マイちゃんと一緒に行けるんだから。
「うんっ!ユウカさん、準備できたよ!」
「じゃ、行こっか、マイちゃん」
「うん・・・うん、2人とも順調も順調ですね、この調子なら何事もなく産まれてくるんじゃないかな」
「あぁ~、よかったぁ~!」
「よかったね、マイちゃん」
「ユウカさんも!」
「でも、いつ産まれてきてもおかしくないってことですからね?
何かあったら、遠慮なく連絡してくださいね、じゃあまた来週」
「はーい」
「ありがとうございます」
無事に健診も終わったので、私たちはふらふらしながら家に戻っていった。
まぁ、ここまで来たら、あとは本当に産まれてくるだけだなぁ、って感じ。
・・・いや、なんか、さも当然というか自然なように思えてるけど、
そもそもちゃんと産めるんだろうか・・・って思いは、こうなってからずっと抱えてる。
身体はちゃんとそのようになってるけど、産まれてくるのが近付いてきて、
いざ本当に産むぞ、ってなったときの不安がどんどん強くなってきてもいる。
「ねぇ、マイちゃん」
「ん?ユウカさん、どうかした?」
「私・・・ちゃんと産めるのかなぁ・・・」
「ユウカさん・・・」
「だって、私・・・」
あっ・・・やっべ、ダメだ、それは絶対にマイちゃんには言えない。
絶対にマイちゃんには話せない。えっと・・・どうしよ・・・そうだな・・・
「ユウカさん?」
「いや、だって・・・ほら・・・私、初めてだし・・・」
「いやいやいや!ユウカさん、それは私もだから!」
あぁ・・・ヤバいヤバいヤバい、なんとかごまかせたかな・・・
いくら不安が強くなってるからって、
まさか「本当のこと」を言いそうになるなんて・・・だいぶキてたなぁ・・・
よし、ちょっと気分を変えてみよう。
「ありがとね、マイちゃん・・・ねぇ、ところでさ」
「うん」
「マタニティフォト撮ってみない?」
そう、考えてみれば、お腹がこの大きさになるまで撮ってなかったな、って気はしてたんだよ。
いや、別にこの大きさのお腹で撮ってなかったわけではないんだよ?
だけど、それって、私がまだ「男だったころ」の話で、
「本物の妊婦さん」になってからは、そういえば撮ってなかったな、って。
「考えてみたら、そういえばちゃんと撮ってなかったな、って思って
どうせなら産まれてくる前の、今のうちがちょうどいいかな?って思ったんだけど」
「あ!それ、いいですね!撮りましょ撮りましょ!」
よかった、なんとか空気を変えられた。
幸いなことに機材は家に全部ある。
「昔取った杵柄」じゃないけど、本気の撮影ってヤツを、マイちゃんに見せてやりますよ。
「じゃ、おうち戻ろっか」
「うん!」
家に帰ってくると、早速準備を始めた。
カメラに、ストロボに、インターバルタイマーに、画像取り込み用のノートパソコンに・・・
「うわぁ・・・ユウカさん、すごいの持ってたんですね」
「あっ・・・あ、うん、まぁね」
なんでここまでの装備を揃えてあるのかなんて、言えるわけないでしょ・・・
まぁ、そのおかげで、「あの頃」に結構な撮影技術を身につけられた気はしてるけど。
「さ、じゃあ、どんどん撮っていこうかしらね」
「うん!お願いします!ユウカさんも一緒にね!」
「はいはい、まずはマイちゃんからね」
そして、私たちはたくさん写真を撮った。
いろんなポーズを取って、2人でお腹を合わせてみたり、背中合わせになってみたり。
それで思ったね。
あぁ、やっぱり2人でいられるって、最高に幸せだな、って。
男だったときでも、妊婦女装でお腹を大きくして写真は撮ってたよ。
ていうか、これだけの機材、そのために揃えたようなもんなんだから。
そのときでも、割と充たされた気分にはなってたけど、
こうして一緒にいられる人と撮ると、また違う幸せな気分になる。
「あぁ・・・」
「・・・ユウカさん?」
「・・・ん、あぁ、ごめん、ちょっと」
何故か私の目からは涙が溢れていた。
すっごい幸せなのに、すっごい幸せなのに、なんでだろう。
多分アレかな。
結局、本当のことをマイちゃんに言えないまま、ここまで来ちゃったからかな。
本当は私は、こんな幸せになっちゃいけないんだろうけど。
「ごめん・・・ごめんね、マイちゃん・・・」
「・・・ユウカさん、ちょっと休憩しましょ?」
「うん・・・ありがと」
確かに、ちょっとお腹も張ってたし、脚も疲れてたから、
マイちゃんと一緒に、ここまでに撮った写真をチェックしながら、少し休憩することにした。
ソファに座ると、マイちゃんが私のお腹を撫でてくれる。
「あっ・・・マイちゃん・・・」
「ホント、大きくなったね、ユウカさんのお腹・・・」
「マイちゃんこそ・・・」
私もマイちゃんのお腹を撫でる。
そうだよなぁ・・・初めて会ったときって、お互いに12週とかだったもんなぁ・・・
「ホント・・・ちゃんとここまで育ってくれたんだよね・・・」
「うん・・・ホントにね・・・」
なんかちょっとしんみりしてきちゃったな。
まぁ、マイちゃんもシングルマザーとして生きていくつもりなんだから、
やっぱりどうしても不安はあるんだと思う。
私もそうだけど・・・まぁ、私はまたちょっと、その・・・『事情』がね?
まぁ、いいや。空気変えよ。
「さ!もうちょっとだけ撮ろっか!」
「・・・うん!そうだね!」
こういうマイちゃんの切り替えの早さは、ホント見習いたい。
もう少し写真を撮ったところで、ふと時計を見てみたら、いい時間になっていた。
あぁ、やっぱ楽しいことをしてるときって、時間が過ぎるの早いね。
「あっ!もうこんな時間なんだ!」
「えっ?あっ!ホントだ!」
「ごはんの準備しなきゃね」
私は機材の片付けもそこそこに、晩御飯の準備も進めていった。
そんなときに、マイちゃんが私に聞いてきたのは。
「そういえば、このお写真ってどうするんですか?」
「あっ、そうね、少し加工してから、フォトアルバムにしてもらおうと思って」
「フォトアルバム・・・ですか?」
「うん、そう、思い出として残せるのがいいかな、って」
そう、せっかく撮ったんだし、データとしても残せるけど、
どうせなら形に残るものにもできたらな、って思ったんだ。
実は男だったときにも一度作ってもらったことがあるんだけどね。
それが結構自分の中でうれしかったから、そうしてみようかな、って思って。
「ユウカさん、ありがとー!!」
よかった、マイちゃんも喜んでくれたみたいだ。
「すぐできるわけじゃないし、そのためのデータを準備しないといけないんだけどね」
「うん、それでもうれしい!」
「よかった・・・じゃ、ごはん作っちゃうからね」
「はーい!」
ごはんを食べ終わって、後片付けをして、少しゆっくりしたところで、
私はデータの準備を始めることにした。
光の加減とかを軽く加工して、本にしたときに映りがよくなるように。
あと、どの写真を使うかは、マイちゃんにも見てもらいながら。
「あ、これ使いたーい」
「うん、これもいい感じじゃない?」
「そうだね!あ、こっちも・・・あっ」
「マイちゃん、どうかした?」
「ごめんユウカさん、ちょっと・・・お手洗いに・・・」
あぁ、まぁ、そりゃしょうがないよね。
お腹が大きくなってくると、どうしても近くなっちゃってね・・・私だってそうだもん。
「あぁ、ごめんね、私のほうでチェックしておくから」
「ユウカさん、ごめんねー!」
マイちゃんがトイレに行くのを見届けて、私はもう少し写真のチェックを進めた。
しっかし・・・マイちゃんもいい感じにポーズ取れてるし、
どうポーズを取れば、いい感じにお腹の形が出せるのか、分かってるんだなぁ・・・
なんていうか・・・まるで・・・
『前からやってたような』、そんな感じがある。
・・・待てよ。
確かに私は前から、マイちゃんをどこかで見たことあるような気はしてた。
でも、人の記憶なんていい加減なモノだから、他人の空似だと思ってたんだ。
いや、でも・・・信じたくはないけど、まさか。
私は、今日撮ったマイちゃんの写真をエクスプローラーで出しておいて、
ブラウザを立ち上げて、ブックマークに保存してあるサイトを開いた。
そのサイトは、私のお気に入りのブログ。
私が男だったころの趣味、妊婦女装をしている『マコト』さんのブログだ。
初めて見つけたときは、私と同じような人がいるんだ、って嬉しくなったし、
そこに書かれていた考え方やアップされていた画像は、
いつも私にインスピレーションとアイデアを与えてくれた。
・・・ぶっちゃけ『使わせてもらった』こともある。それはどうでもいいけど。
言ってみれば『彼女』は、私の『師匠』みたいな存在だった。
そこに今でも残されている画像と、私が今日撮った写真を見比べてみる。
「まさか・・・いや・・・そんな・・・」
「気付いちゃったんですね、ユウカさん」
「!?・・・マイちゃん」
いつの間にか、私の背後には、トイレから戻ってきたマイちゃんが立っていた。
マイちゃんは私を見ながら、その視線はノートパソコンの画面にも向けられている。
「しまったなぁ・・・本当に妊婦さんになれたのが嬉しすぎて、そっちまで気が回ってなかったな・・・」
「マイちゃん・・・あなた、もしかして・・・」
「・・・いつかは話さないといけない、って思ってたんですけどね」
そう、そのブログは、紛れもなく『私』のですよ、ユウカさん。
『マコト』は、私が『男』だったときの名前。
29週間前のあの日、私は『彼女』に導かれて、『マイ』になった。
そしてユウカさんと出会って、お友達になれて。
いつかは本当のことを話さないといけないと思ってたんだけど、
もし話してしまったら、せっかく手に入れた幸せが全部なくなりそうな気がして。
別に騙すつもりはなかったんですけどね。
「・・・まさか、ユウカさんが私のこと知ってたなんてなぁ」
あぁ・・・なんてことだ・・・
いや、でも、そういえば戌の日詣りで会ったとき、『アイツ』が言ってたような記憶がある・・・
『君が一緒に連れてきたあの者も、だ。君にお似合いではないか。』
そのときのその言い方が、どこか引っかかってたけど、そのときはそこまで気にならなかった。
でも、今になってようやく、あの言い方の意味がなんとなく分かってきた。
クソ。
クソッ、クソッ、クソッ。
ちくしょう。
そりゃ、そうだよ。
マイちゃんがめっちゃ私好みの見た目なわけだよ。
だって、私がずっと憧れてた『マコト』さん、その人なんだもん。
まさか、こんな形で「お近づき」になれちゃってたなんてなぁ・・・
マジで乾いた笑いしか出せねぇ・・・出てこねぇ・・・
「はっ・・・ははっ・・・ははははは・・・っ!?」
なんか・・・出た。