第7話「私の名前は桜ノ宮真衣」
第6話を公開してから、だいぶ間が空いてしまいました。
実はこの間に転職が決まったり、それに伴う引っ越しをしたり、転職した職場を解雇されたり、そこからまた新しい職場に移ったり、その職場のおかげでネット環境を手に入れることができたり、と、いろんなことが起きすぎて、作品製作するどころではありませんでした。
むしろ、第6話公開から第7話公開までの数ヶ月間を題材にした作品を作れそうな勢い。それくらいアレでした。
そんなわけで、お待たせしましたが、第7話です。どうぞお楽しみください。
私の名前は桜ノ宮真衣。
今は妊娠32週の立派な妊婦さん。
そう。「今」は。
アレは今から23週間前。
私は女装をして、街中をお散歩していた。
女装といっても私はいわゆるトランスジェンダーってやつで、数年前からホルモン治療もしていて、
見た目も女性とほとんど変わりがなくなっていたから、もはや普段着って感じ。
まぁ、元から女っぽい体型だったし顔立ちだったんだけどね。
だけど、そんな私でも、どうしてもできないことがあった。
そう、どうあがいても、「本物の女性」ではない私には、「赤ちゃんを産む」ことはできないのだ。
私が初めて「この身体で赤ちゃんを産んでみたい」と思うようになったのは、多分中学生くらいだったと思う。
そのころはまだぼんやりと「なんで男に生まれちゃったんだろう」と思うだけだったけど、
はっきりと自分の性別に違和感を感じるようになったのは、高校生になってからだった。
他の男子と比べても明らかに体格が違うし、よくある「男子高校生の会話」みたいなのがイヤで仕方なかった。
ちょうどそれくらいの時期に、スクールカウンセラーの先生と面談する機会があったから、思い切って打ち明けてみた。
その結果は私にとって衝撃的な出会いをもたらした。
実はスクールカウンセラーの先生もトランスジェンダーだった。
もっとも先生はとっくに手術もして、戸籍も変更して、世間的に「女性」になってた人だったけど。
でも、先生は私の想いをしっかりと受け止めてくれた。おかげで私は自分が進む道を見つけることができたの。
それからは、親や友達にカミングアウトしたり、ジェンダークリニックに通ったりした。
カミングアウトしたとき、特に親にしたときはどうなることかと思ったけど、やっぱり親は親だったね。
なんて言われるかドキドキしたけど、薄々感づいてたみたいで、逆に応援してもらえた。
友達もほとんど女友達だったけど、みんな「やっと仲間になれるね!」って感じで喜んでくれた。
ジェンダークリニックはあまりアテにならなかったけど、診断書や処方箋のためには役に立ってくれた。
大学に進学してからは、フルタイムで「女性」として生活するようになった。
実家から離れたところに進学したから、それ以来一人暮らしをしているわけだけど、
私のことを知ってる人がいない環境を手に入れたことで、私の生活は一気に明るくなったような気はする。
そんなわけで「女性」としての人生を送るようになった私だけど、それでもやっぱり、どうしてもできなくてもやもやすることがあった。
それが「この身体では赤ちゃんを産むことはできない」ということ。
そんな想いから辿り着いた私なりの答えが、「せめて姿形だけでも妊婦さんになろう」だった。
そう、私は「妊婦女装」の世界に着地したのだ。
インターネットで見てると、結構やってる人が多くて、ブログでやり方を公開してる人もいる。
私もなんとなくそういう魅せ方に惹かれて、ブログを始めて、写真や考え方を公開するようになった。
否定的な意見もあるけど、思った以上に肯定的な意見も多かったのが意外だった。
そして、23週間前のあの日。
私は少し膨らみ始めたころをイメージした大きさの、作り物のお腹を仕込んで、いつものようにお散歩していた。
すると、いつも歩いている街並みのはずなのに、見覚えのないものがあることに気付いた。
それは神社だった。そこまで大きいわけじゃないけど、そこそこには立派な感じの。
「アレ?こんなところに神社なんてあったっけ?」とは思ったけど、
せっかくだしお参りしていこうかな、ってなって、通り一遍の動作でお参りしたわけ。
「世界中の妊婦さんが平穏無事に過ごせますように・・・そして私のこの身体にも赤ちゃんが授かりますように」って。
その翌日から私の生活は一変した。
私を悩ませ続けてきた股間の「アレ」が一晩にして消え失せていたのだ。
とっくに、おしっこするくらいしか使い道はなくなっていたけど、いざなくなってみると---それも一晩で---寂しいものはある。
いや、寂しいっていうか、まずビックリしたよね。「アレ!?ない!?」って。さすがの私でも、そりゃね。
そして私を襲ったのは、謎の吐き気だった。
とにかく胃がむかむかして気持ち悪い。ごはんの炊ける匂いがしんどい。
・・・ごはんの炊ける匂いがしんどい?
アレ?ちょっと待てよ?「ごはんの炊ける匂いがしんどい」?
私はピンと来た。
近所のドラッグストアに走った。
急いで家に帰ってきてトイレに駆け込んだ。
えぇ、みるみるうちに、はっきりと濃いピンク色の線が出てきましたとも。
妊娠検査薬のね!
その日は土曜日だったから、週が開けるのを待って、月曜日に産婦人科へ行って確定診断してもらった。
いや、まぁ、確定も何もないんだけどね。
家に帰ってきた私を待っていたのは、机の上に置かれた手紙だった。
手紙の文中にはこうあった。
『君はこれから女性として生きるのだ。
それもただ女性というわけではない。君のその身体はすでに子を宿している。
とはいえ、安心するがいい。私の加護によって悪いようにはならぬ。
これからは神を欺くことなく、心根の清さを保って、よき母として生きていくのだ。』
手紙の送り主、そして私のお腹に赤ちゃんを授けた人(?)の名はハーリティー。
日本では「鬼子母神」として知られている、安産と子育ての神様。
手紙にはさらにこんなことも書かれていた。
『まさか、私ともあろうものが、こんなことで一度に2回も騙されてしまうとは・・・
まったく、神として情けないにも程がある。
しかも、願い事の中身もほぼ同じだったのでは、面目も立たぬ。
いや、衆生に愚痴を言ってしまうようで申し訳ないが、さすがに許してくれ・・・ちょっと参ってるのだ。』
なんだろう・・・こちらこそごめんなさい・・・
って、「一度に2回も騙された」?
え?何?もしかして私と同じお願いをした人が、この世界のどこかにいる、ってこと?
この日から私のすべてが変わった。
私の名前は「桜ノ宮真衣」。「真衣」って書いて今は「マイ」と読む。そう、「今」は。
本当の読み方は「真衣」と書いて「マコト」と読む。それが23週間前までの私の名前、「さくらのみや・まこと」。
神様の力によって私の身体は、死にたくなるほど捨てたかった男から、死にたくなるほど手に入れたかった女に、完全な形でなり変わった。
そして今、私のお腹には心から待ち望んだ赤ちゃんが宿っている。
「わわ・・・っ!」
「大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ、はい。いえ、大丈夫です、ごめんなさい。」
「転ばなくてよかったです、じゃあ私はこれで・・・」
「あっ!あの・・・」
「122番の方!いらっしゃいませんか!」
あぁ・・・本当に転ばなくてよかった・・・
ここにいるってことは、多分あの人も妊婦さんってことだもんね・・・転んでたら大変だった・・・
「103番の番号札でお待ちの方、計算が終了しました。会計窓口までお越しください。」
あっ、呼ばれた。お会計して帰ろ、っと。
お会計を済ませて病院のエントランスに出ると、雨が降っていた。
嘘でしょ・・・今日は降るなんて言ってなかったのに・・・
「あの、すいません。」
「はい・・・あっ、さっきの!」
「はい!そうです!さっきは助けていただいて、ありがとうございました!」
「健診は無事に終わられたんですね。」
「えぇ、おかげさまで。ところで・・・あなたも傘がない感じですか?」
「えぇ、そうなんです。予報では降るなんて言ってなかったので・・・」
「あの、もしよかったらなんですけど、先ほどのお礼もしたいので、お茶でもいかがですか?」
「えっ?いや、たまたま見かけただけで、そんな。」
「いえ、なんか、そうしないと私の気もおさまらないので、失礼かもしれませんが。」
「そうですね・・・分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。」
「あっ、忘れてた。私、ユウカって言います。桃谷侑香です。」
「私は桜ノ宮真衣です。マイでいいですよ。」
「じゃあ、マイさんで。マイさんもあちらにいらっしゃったということは・・・」
「えぇ、私も。今12週になったところなんです。」
「奇遇ですね!私も12週に入ったところなんですよ!」
「本当ですか!?こんな偶然もあるものなんですね!」
「あの、もしよかったらなんですけど・・・」
「それって、私が言わせてもらっても大丈夫ですか?」
「あっ、あぁ、えぇ、どうぞ。」
「お友達になりませんか?」
こうして念願の妊婦さんになれた私に、素敵なお友達もできた。
それから20週間、今ではユウカさんと一緒に暮らしている。
私の名前は桜ノ宮真衣。「今」が一番幸せだな、って思ってる。