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第5話「一緒にいられるっていう幸せ」

20週に入った。妊娠6ヶ月。

マイちゃんと一緒に戌の日詣りに行ったのがもう4週間前のことだなんて、

時間が経つのはあっという間だということを実感せずにはいられない。


そうそう。

戌の日詣りに行った後、帰りにランチしてお買い物する予定だったんだけど、

結局その日はキャンセルになっちゃった、って話の続き。

駅で別れるときに、マイちゃんが「明日行きましょうね!」と言ってくれたおかげで、ちゃんと次の日に行けましたよ。

ちょっと早めのランチを食べて、そのあとはゆっくりお買い物。

さすがにベビーカーとかベビーベッドみたいな大きなものは買えないから、

とりあえずは産まれてくる赤ちゃんの服とか、出産のために必要になりそうなものとか。


って、さらっと言っちゃったけど、よくよく考えたらとんでもないことしてんな、私な。

確かに、産まれてくる赤ちゃんや自分が出産するためには必要になってくるものなんだけど、

みんなちょっと思い出してみてほしい。


私が、つい11週間前までは、れっきとした男だった、っていう事実を。


そう、鬼子母神ことハーリティーの怒りに触れた私は、

かの神の御業によって妊婦さんへと変えられてしまったのだ。

といっても、実際のところはそこまでショックなこと---ショックはショックだけど---でもなくて、

私自身、妊娠して出産してみたい願望はあったから、言ってみれば願ったり叶ったりではあった。


そのおかげで、桜ノ宮真衣---マイちゃんっていうママ友もできたし、

何より日に日に増してくる母性が、私をどんどん幸せにしてくれてる実感もある。


「・・・あっ!もうこんな時間か!」


ふと部屋の時計を見ると、9時を少し回ったところ。

さっきも言った通り、私は妊娠20週に入った。今日は定期健診の日だ。

マイちゃんも同じ週数なこともあって、同じ日に健診を受けるようにしているので、

健診の日は駅でマイちゃんと待ち合わせして、一緒に病院へ行くことにしているのだ。


今日の健診が10時からで、マイちゃんとの待ち合わせは9時30分。

私は慌てて荷物をまとめて、出掛ける用意を整えた。


「えーと、診察券はある・・・予約券と受診票も・・・ある!よし!」


というわけで、行ってきまーす。


「マイちゃーん!ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった。」


「ユウカさん、おはよー!」


いつもの駅前広場のベンチに座っていたマイちゃんを見て、どこかほっとしてる自分がいる。

よかった。今日もこうしてマイちゃんと会えた。


「ユウカさん、やっぱりお腹分かるようになってきましたね。」


「あ、やっぱり?ていうか、マイちゃんもでしょ!」


「ですね!」


お互い様だけど、やっぱり妊娠20週となると、お腹がぽっこりと目立ってくる。

これまではまだ普通のジーンズやチノパンが履けるかなー?って感じだったけど、

さすがにそろそろマタニティパンツでないと厳しくなってきた。

まぁ、そのためにこないだお買い物行ったりしたんだけどね。


「さ、じゃあ行きましょうか。」


「はい!」


毎度同じだけど、駅から病院までは歩いていく。

いつもと同じ道だし、なんなら男だったときからずっと歩いてる道なんだけど、

こうして女になって妊婦さんになって、そしてマイちゃんと一緒にいるようになってから、

改めて「あ、こんなところにこんなお店が」みたいな、新しい発見や気付きがあって、本当に楽しい。


いつもと同じように、取り止めもない会話をしながら歩いていると、病院まであっという間に着いてしまう。

窓口に診察券と予約券と受診票を出して、待合ロビーで呼ばれるのを待つ。


「91番の番号札でお待ちの方、92番の番号札でお待ちの方ー」


今回は今までなかったことが起きた。

91番は私、92番はマイちゃんの番号札だ。

つまり、私たちは一緒に呼ばれたのだ。こんなことってある?


「なんか一緒に呼ばれましたね?」


「そうね、なんだろう?」


とりあえず呼ばれたのは呼ばれたので、私たちは一緒に診察室へと向かった。


「あぁ、はいはいはい、桃谷さんと桜ノ宮さんね。

あなたたち、いつも一緒に来るし予定日も近いから、まとめて診察することにしたのよ。

そのほうが楽でしょ?」


なんだ、ただそれだけのことだったのね。

確かにまとめてやってもらえるんだったら、そのほうが楽かもしれない。


「普段でも結構一緒にいるんだろうな、って思ったからね。

お互いにお互いの状態が把握しておけるし、いいかな、と思ってね。」


「そう言われれば納得できます。私は構わないですけど、マイちゃんは・・・」


「そういうことなら、私も大丈夫です!」


「じゃあ、これからは一緒に診察室に入ってもらうわ。

さ、どっちからやろうかしらね。」


こうして、これからは2人一緒に診察を受けることになった。

なんかちょっと恥ずかしさはあったけど、エコーを撮って私のお腹の赤ちゃんを見たマイちゃんが思わず泣いていたのを、多分私は忘れないと思う。

だって、私も、マイちゃんのお腹の赤ちゃんを見たときに、思わず泣いちゃってたから。


これって、なんて言うんだろう。

健診に立ち会って、同じようにエコーを見た旦那さんの心境?

別にマイちゃんのお腹にいるのは私の子供ってわけじゃないし、もちろん私のお腹にいるのがマイちゃんの子供ってわけでもない。

でも、「実際にお腹の中で育っている」のを見たときって、こうなっちゃうんだな、って感じ。

考えてみれば一番最初の診察のとき、プローブ越しに赤ちゃんを見たときも、私は泣いてた。

あぁ、じゃあ多分、本当にそういうものなんだろうな。


「ユウカさんの赤ちゃん、元気でしたね!」


「マイちゃんの赤ちゃんもね。私、思わず泣いちゃった。」


「もう、ユウカさんったら!」


健診が終わって、時間もいい感じだったから、私たちはランチに行った。

まさか一緒に健診を受けることになるなんて思ってなかったから、今日の話題はそれで持ちきり。

あとは普通に雑談をして、食後のお茶を飲んだところで、マイちゃんが切り出した。


「ねぇ、ユウカさん。」


「ん?」


「どうせなら、一緒に暮らしませんか?」


「えっ!?」


ビックリしてテーブルを揺らしちゃってスプーンを落としちゃった。

いきなりなんてことを言い出すんだろう、この子は。


「いや、今日先生も言ってたじゃないですか。「普段も一緒にいるんだろうな」って。」


まぁ、確かにそれはそうだけど。


「だったら、もう、一緒に住んじゃったらいいんじゃないかな、って思って。」


「でも、マイちゃん、あなたは本当にそれでいいの?」


「だって、私もシングルですもん。」


そうか。そういえばそんなことを前にお茶したときに聞いた覚えがある。

さすがに私が妊娠した本当の理由を話したところで信じてなんてもらえないだろうから、

私は「事情があってシングルのまま産むことにした」ということにして、マイちゃんには話していた。

そのときに、マイちゃんも「私もそうなんですよ!」と言っていたのを思い出した。


「一緒に住んでたら、お互いに安心できると思うんですよね。

健診も一緒に受けることになったし。」


「まぁ、確かにそうよね・・・」


「あと、これは余計なことなんですけど。」


「なぁに?」


「私、住んでる家の更新時期なんで、引っ越しする必要があったんですよね。」


「なぁんだ、そんなことだったの。」


「ユウカさんのおうちのほうが駅に近いし、もし大丈夫なら、ユウカさんのおうちに引っ越させてもらえたらな、って。」


「いいわよ、そういうことだったらいつでもいらっしゃいな。」


理由を聞いたらすごい拍子抜けしたけど、確かにマイちゃんの言う通り、

お互いに予定日が近いし、一緒に住んでるほうが安心感が出るのはそうだと思う。

それに、マイちゃんのこのいたずらっぽい笑顔を見たら、断るわけにもいかないでしょ。ホントいつ見てもかわいいな。


「ホント!?ユウカさん、ありがとう!!」


満面の笑みで抱きついてきたマイちゃんを、しっかりと受け止める私。

あぁ。この子がちゃんと赤ちゃん産めるように、しっかりとサポートしてあげないとな。


2週間後、マイちゃんが荷物と一緒に我が家にやってきた。

一人暮らしにはちょっと広い間取り、具体的に言うと2LDKの部屋に住んでてよかった。

1部屋は女装したときの撮影用の部屋にしてたから、ほとんど物はなかったけど念のため掃除はして、マイちゃんが入れるように片付けておいた。

いくら一緒に暮らすことになった、といっても、お互いのプライバシーは必要だしね?


「ユウカさん、本当にありがとう。これからよろしくお願いします。」


「水臭いこと言わないで。今日からあなたの家なんだから。

自分の家として、気を遣わずに過ごしていいからね。」


こうして私とマイちゃん、妊婦2人の生活が始まったわけ。片方は元男性だけどね。

まさかこんな形で、自分の好みの子と一緒に暮らせるだなんて、11週間前の私に言ったって絶対に信じないだろうね。

ましてや、11週間前の私は妊娠してないどころか、女ですらなかったんだから。

これも「神のご加護」だって言うんだったら、本当にあの夜、あの神社に行けたのはよかったのかもしれない。


とにもかくにも、これから私はマイちゃんと一緒に暮らすんだ。

赤ちゃんが産まれてくるその日まで、お互いに支えあっていかなきゃね。

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