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第4話「戌の日詣り(後編)」

そろそろ11時になろうかというころ、住職さんがやってきた。


「お二人様とも、このたびはご懐妊おめでとうございます。

ただいまより安産祈願のご祈祷を始めさせていただきます。」


こんなにさらっと始まるものなのか。


「いつものご祈祷では長々と前講釈を述べさせていただくんですが、

安産祈願ということで妊婦さんのご参列ですし、本日は戌の日でございますから、

早速始めさせていただきます。」


あ。やっぱそういうものなのね。配慮たすかる。


住職さんが、あの、お仏壇のところにある、棒で叩くと「チリーン」って鳴るアレの大きいやつを鳴らすと、

それに続いてお経を読み始めた。それに合わせて木魚もポクポク叩き始める。


・・・

・・


気が付くと、私は「明らかにお寺の中ではないどこか」にいた。

あたり一面を真っ白な蓮の花が咲き乱れていて、私は一人立ち尽くしていた。


おかしい。絶対におかしい。

椅子に座っていたはずなのに。すぐ隣にはマイちゃんが同じように座っていたはずなのに。

なんで私はこんなところに一人でいるんだろう。


『気が付いたか。』


まさか。


『その通り。私がハーリティーだ。

 こうして声を聞かせるのは初めてだったな。』


そうだった。

今日、戌の日詣りに来たこのお寺は、「訶梨帝母(かりていも)」をご本尊にするお寺だ。

「訶梨帝母」はサンスクリット語の読みに漢字を当てたもの。

その本当の読み方は「ハーリティー」。今まさに私に話し掛けてきている存在そのもの。


そして、私のお腹にいる赤ちゃんの「宿し手」、張本人だ。「宿し手」って言い方がいいのかは分からんけど。


「ここは・・・どこなんですか?」


『安心するがいい。君の精神を私の世界に連れてきただけだ。』


「それって、本当に大丈夫なんですか?」


『あの寺の本尊が誰かを思い出すがいい。大丈夫に決まっておろう。

 それより、私が君に赤子を授けてから8週間か。時が経つのは速いものだ。

 こうして戌の日詣りに来たというのも、順調に育っている証左だな。』


「えぇ、おかげさまで。」

私はちょっと嫌味ったらしく答えた。


『こら。そういう態度を赤子は見ているんだぞ。』


てへっ。


『まぁ、よい。

 しかし、まさかこの寺へ戌の日詣りに来るとはな。

 君とはよくよく縁があるものらしい。縁というのは大事だぞ。

 そう、今日、君が一緒に連れてきたあの者も、だ。君にお似合いではないか。』


「お似合いではないか」という言葉に、なんか含みを感じてイヤな感じがした。

けど、縁は大事というのは確かにそうだ。

どんなものであっても、出会いというのは縁だ。そう、「どんなものであっても」。

私がハーリティーの怒りを買って妊婦さんとなったのも「縁」だし、

そのおかげでマイちゃんとお友達になれたのは、これはもう「どうしようもなく最高の良縁」だ。


「あなたの子供なので、安産祈願行っていいのか?って思ってましたけどね。」


『侮るな。私を誰だと思っているんだ。』


それもそうだ。

鬼子母神の伝説を知っている人には説明はいらないだろう。

「この人」は、その気になればとんでもない暴力を振るうことができる。


おまけに「妊婦の守護者」だ。

自分が守護しないといけない者に害を与えるものがあるならば、全力で叩き潰すだろう。

その「妊婦の守護者」を欺いた報いで妊娠することになった私がご加護を得られる、というのも変な話だけど。


『とにかく、母子ともに順調な姿を見られてよかった。

 これからも元気な子が産まれてくるよう、よき母でいるのだぞ・・・』


「あっ・・・」


二の句を告げるよりも先に、目の前が真っ白になった。


・・

・・・


はっ、と気付くと、そこはお寺の拝殿だった。

住職さんはまだお経を読んでいる。「戌の日なので」って言ってたくせに・・・


嘘でしょ?


ちょうど見上げた視線の先に、時計がかけてあった。11時14分。

安産祈願のご祈祷が始まってから、まだ14分しか経ってない。

嘘だ。それ以上の時間を過ごしていた気がする。「精神と時の部屋」か?


隣に目を向けてみる。よかった。マイちゃんがいる。

私が見ているのに気付いたのか、マイちゃんも私に視線を向けた。

お互いに軽く見つめ合うけど、声は出さない。ていうか出せない。ご祈祷の真っ最中だ。


よし。何もなかったようにしていよう。

このままご祈祷が終わるのを待とう。


それから15分ほどして、住職さんのお経が終わった。


「ふぅっ。」


「どちら様もお疲れ様でございました。これにてご祈祷を終わらせていただきます。

受付よりご案内あったかと思いますが、御腹帯を授与させていただきます。」


「あっ!ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


こうして腹帯も無事に受け取り、安産祈願のすべてが終わった。

「戌の日」というのは、妊娠5ヶ月を迎えた妊婦さんが安産を願って腹帯を巻く風習になっている。

犬は一度の妊娠でたくさん赤ちゃんができる割に、すごい安産で産む生き物だ。

犬のそのお産の軽さにあやかって、妊娠5ヶ月に入って最初の戌の日に腹帯を巻くのだ。


戌の日詣りで安産祈願のご祈祷を受けた腹帯なんだから、ご利益が溢れてるに違いない。

私からしたら、「バフの重ねがけ」「バフマシマシアブラカラメダブル」みたいなものだけど、

いいものはどれだけ授かってもええもんですからね。


といっても、私たちがいただいた腹帯は、腹巻タイプのものだ。

昔ながらのサラシで腹帯を巻く人もいるみたいだけど、動画で見たらすっげぇめんどそうだった。

そんなこともあってか、ここのお寺もサラシか腹巻タイプかを選べるようになっていた。

もちろん私は腹巻タイプを選んだから、私たちはそれをいただいた、ってわけ。


しかし、あんなことがあったせいか、たった30分ちょっとしか経ってないはずなのに、すごく疲れた。

本当はこのあとマイちゃんと一緒に、帰り道の途中にあるショッピングモールに寄って、

ランチとお買い物をするつもりだったんだけど、とてもそんな気分じゃない。

すると、マイちゃんが切り出してきた。


「ねぇ、ユウカさん。今日は解散にしません?」


「あっ、えっ、えぇ。そうね。そうしましょうか。」


お互いにそれ以上は話をしなかった。

マイちゃんに何があったのかは分からないし、聞くようなことでもない。

私だって、もし何か聞かれても答えたくないし、話したところで誰が信じてくれる。


帰りの電車の中でも、特に会話はなかった。

何かあったとあえて言うんなら、マイちゃんが珍しく私のお腹をずっと撫でてたことだ。

「本当に珍しいな」とは思ったけど、私もマイちゃんのお腹を撫でていた、


いつもの駅に着く。

やっと会話があった。


「ユウカさんっ!また明日リベンジで!」


「あ・・・っ・・・もちろんよ!何時にする?」


「10時にここでどうですか?」


「ちょうどいい時間になりそうね。分かった、10時にここでね。」


「じゃあ、また明日!」


「また明日ね。」


マイちゃんのほうが歳下なんだけど、なんか気を遣わせたみたいで申し訳ないなぁ。


でも、こうしてあっという間に明日の予定が決まった。

「言葉のいらない仲」って、こういう感じなんだろうな。

だとしたら、私たちって、もうそういう仲になってる、ってことだもんね。


「持つべきものは友達」って、よく言ったもんだね。

今日だって「アイツ」も言ってたじゃない、「縁は大事だ」って。

こうしてマイちゃんとお友達になって、一緒に健診行って、一緒にランチ行って、一緒に戌の日詣り行って。

何かあったのかもしれないけど、それを水に流して次の予定がさらっと決まる。マイちゃんと出会えて本当によかった。


今週が17週だから、40週までは残り23週。

あっという間に過ぎていくんだろうけど、せっかく得た「縁」を大事にしよう、

残りの妊娠期間も。できればそのあとも。

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