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第2話「まさかタイプの子とこんな形で仲良くなれるだなんて」

確定診断を受けてから3週間。

最初の診察のときに9週って言われたから、今は妊娠12週、4ヶ月に入ったところ。

今日は2回目の健診の日。


この3週間はとにかく忙しかった。

3週間ちょっと前までは完全に「男」だった私は、一夜にして「女」になり、

それどころか妊娠までしてしまったんだから。しかもそれが「神の子」だ、なんていう。

なろう系小説かよ。「男だった俺が女になって神の子を産むことになった件について。」ってか?


いや、実際その通りなんだから、どうしようもないよね。

元はといえば、私自身が望んだことなんだから、言い方はアレだけど自業自得なわけだし。


そんなわけで、いきなり女になっちゃって、元の身体に戻る道はなくなったから、

男モノの服とかそういうやつの断捨離をしたり、

念のため改めて役所に行って、戸籍謄本を出してもらって確認したりしてた。

結論から言うと、私は産まれたときから間違うことなき正真正銘の女性だった、ということが分かっただけだった。

まぁ、マイナンバーカードの性別欄が女になってた時点で、戸籍もそうだろうな、とは思ってたけど。

さらにいうと、家族との続柄も「長女」になっていた。先週までは「長男」だったはずだろうに。

こういうのって、役所の人も何も不思議に思わないものなんだろうか。

ていうか、そんなのいちいち気にしてたら、お役所仕事なんて務まらないか。


ともあれ、私は最初から女だったということになったのだ。

幸いなことに住むところはあるし、鬼子母神の配慮で生活費に困ることもなくなったし。


住むところに関しても、本当に大丈夫かと思って、

今住んでるマンションの管理会社に恐る恐る電話してみた。

電話に出てくれたのが都合よく担当者だったから、ノーモーションでぶつかってみた。


「あのー、今住んでる部屋の名義って、誰になってましたっけ?」


「桃谷様の名義になっていますよ、桃谷侑香(ももだに・ゆうか)様です。」


それもそうか、名前だけは変わってなかった。


「性別ってどうなってましたっけ?」


「え?女性じゃないんですか?契約書類もちゃんと女性になってますし。

それに、内見のときにお会いしてからずっと、可愛らしい女性だなー、って思ってましたけど。」


なるほど、ちゃんとそっちも「手回し済み」ってわけだ。

これじゃまるで、自分を男だと思い込んでる頭のおかしい女が電凸してきたようなもんじゃないか。

・・・よくよく考えたら今の自分がまさにそうだったわ。

長い付き合いで気の置けない関係になってる人で助かった。


そんなこんなで、諸々の確認をしているうちに最初の2週間が過ぎていき、

先週1週間はそれまで動き回った身体の疲れと例の吐き気に襲われて、ぐったりする毎日だった。


そう、度々襲ってくる例の吐き気、「つわり」だ。

最初のうち、それこそ自分が女になってることに気付いたあの土曜日には、まさかそうとは思ってなかった。

だけど、鬼子母神からの手紙と、何より3週間前の診察で見たエコーで、本当に妊娠したことを知ったとき、ようやく分かった。


「あぁ、この吐き気、つわりだったんだ」って。


といっても、多分かなり軽いほうなんだとは思う。

つらすぎてご飯も食べられない、とか、ちょっと動いただけでも吐き気が出てくる、とか、そういうのはない。

これも、手紙に書いてあった通り、「悪いようにはならない」ってことなのかな。

だったらいっそのこと、つわりそのものがないようにしてくれればよかったのに。そりゃ贅沢か。


で、話を戻して、今日は2回目の健診。

前のときにもらった診察券と予約票、役所でもらってきた母子手帳に、

母子手帳と一緒にもらった健診の受診券をワンセットにして、受付にシューッ!超エキサイティン!


「健診の受診券」なんてものがもらえるなんて知らなかった。知るわけもないけど。

妊婦さんへの支援補助制度として、行政がやることになっていると、法律で決まってるものらしい。

健診用のが14枚と、超音波検査用のが6枚で、合計20枚もらえた。

健診のたびにこれ---超音波検査があるときは超音波検査用のも、を出すと、無料で受診できることになってるんだとか。


「これも神のご加護ってやつか?」って思ったけど、これは違う。

「かみのごかご」ではあるけど、「お上のご加護」だ。なんちゃって。


それにしても、まさか産婦人科の待合ロビーに、我が物顔でいられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。

もしも願いが叶うのであれば、本物の妊婦さんにしてください。

そして周りの妊婦さんたちに紛れて、自分もママになるんだ、という喜びを噛み締めたい。

「神を欺いた報い」という形ではあるけど、その夢はこうして現実のものになった。


周りにいるのはまさに、もうすぐ産まれるのかな?ってくらい大きなお腹をした人や、

私みたいに、最近分かったのかな?ってくらいのお腹をした人。もちろんみんな妊婦さんだ。私も含めて。

呼ばれるたびに、お腹の大きな人は、よっこらしょ、という感じでお腹を支えながらゆっくりソファから立ち上がっていき、

まだそんなにお腹が出てない人は普通の人と変わらない感じで立ち上がって、指定された診察室へ入っていく。


「番号札122番でお待ちの方、2番の診察室にお入りください。」


おっと、呼ばれた。


「わわ・・・っ!」


立ち上がった拍子に爪先が引っ掛かって、前のめりに倒れそうになった。

あっ、やっべ、これ詰んだわ。

と思ったら、とっさに誰かが支えてくれた。


「大丈夫ですか!?」


支えてくれたのは、すぐ近くに座っていた女性。

こう言ったらなんだけど、もし私が「男のままだったなら」、街中で見掛けたら絶対に声をかけてたくらい、私好みの見た目の女性。

すぐ近くに座ってたのに気付いたのも、そのせい。


「あ、あぁ、はい。いえ、大丈夫です、ごめんなさい。」


「転ばなくてよかったです、じゃあ私はこれで・・・」


「あっ!あの・・・」


「122番の方!いらっしゃいませんか!」


そうだった、呼ばれてたんだ。

お礼をしたいのは山々だったけど、病院だってそんなのを待っててくれるほど暇じゃない。

幸いにして、タイプだったおかげで顔は覚えた。

この病院、それも産婦人科のロビーで見たということは、いずれまた絶対に会う機会があるはずだ。

お礼をするのはそのときでもいい。今はまず診察だ。


「順調ですね、赤ちゃんも元気に大きくなっていってますし。」


「はい、ありがとうございます。」


「何か体調面で困ったこととかはありますか?」


ない、といったら嘘になるけど、さすがにこの3週間の出来事は説明できない。


「いいえ、つわりが時折あるくらいで。」


「なら大丈夫そうですね。次回の健診のときには16週になってますから、だんだん落ち着いてきますよ。」


妊娠16週!いわゆる「安定期」ってやつだ!

そう考えたら、マジであっという間に過ぎていくな、この2ヶ月間。


「じゃあ、あとは測定とかあるんで、看護師さんについていってください。すいません、桃谷さんお願いします。」


「はーい。じゃ、桃谷さん、あちらへ行きましょうね~。」


「ありがとうございました!」


そして、体重とか腹囲とか血圧とか測ったりする部屋に連れられて、諸々の測定が終わって、お会計も済ませたら。

げっ、雨じゃん。予報では降るだなんて言ってなかったのに。傘だって持ってないよ。傘がない。by井上陽水。

どうしようかなー、タクってもいいけどなー、と思っていたら、同じように悩んでる感じの人がいた。


あの顔だ。

転びそうになった私を助けてくれた、あの女性だ。まさかこんなに早く再開できるなんて。

感謝は遅くなるほどできなくなるっていうし、やるなら今しかない。


「あの、すいません。」


「はい・・・あっ、さっきの!」


「はい!そうです!さっきは助けていただいて、ありがとうございました!」


「健診は無事に終わられたんですね。」


「えぇ、おかげさまで。ところで・・・あなたも傘がない感じですか?」


「えぇ、そうなんです。予報では降るなんて言ってなかったので・・・」


神のご加護って、こっちのことなんじゃねぇのかな。


「あの、もしよかったらなんですけど、先ほどのお礼もしたいので、お茶でもいかがですか?」


「えっ?いや、たまたま見かけただけで、そんな。」


「いえ、なんか、そうしないと私の気もおさまらないので、失礼かもしれませんが。」


「そうですね・・・分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。」


やったね!

・・・やってねぇよ。お前、今の自分の身体見てみろよ。

いやいやいや。確かにめっちゃタイプの子だけど、単純に助けてくれたお礼がしたいだけだし。

だいたいこの子だって、あそこにいたってことは・・・だろ?知らんけど。


「あっ、忘れてた。私、ユウカって言います。桃谷侑香です。」


「私は桜ノ宮真衣(さくらのみや・まい)です。マイでいいですよ。」


「じゃあ、マイさんで。マイさんもあちらにいらっしゃったということは・・・」


「えぇ、私も。今12週になったところなんです。」


分かったよ。お前はえらいよ。

まさか自分と同じ週数の妊婦さんだなんてな。


「奇遇ですね!私も12週に入ったところなんですよ!」


「本当ですか!?こんな偶然もあるものなんですね!」


「あの、もしよかったらなんですけど・・・」


「それって、私が言わせてもらっても大丈夫ですか?」


「あっ、あぁ、えぇ、どうぞ。」


「お友達になりませんか?」


OKしない理由って、ここまでの流れであったかな?私の記憶だとなかったと思うんだけど。

もちろん断ることもないので、マイさんと私はお友達、いわゆる「マタ友」ってやつになった。

そのあとは声を掛けた通り、助けてくれたお礼にお茶をご馳走して、LINEを交換した。

それ以来マイさん、いやマイちゃんとは毎日のようにLINEをして、たまにはランチをする仲だ。


これが「神のご加護」ってやつなんだとしたら、妊娠が分かってからの3週間で引きがよすぎる気もする。

でも、こういう友達ってのは、得ようと思って得られるものではないし、

それがたまたまマイちゃんだったのは、本当にラッキーだったと思うしかない。


神を欺いた報いでこうなるんだったら、マジで欺いてよかったかも。そろそろ怒られるかな?

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