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第10話「おわりのはじまり、の、はじまり、の終わりと始まり。」

これは・・・どういうことだ?


私とマコトさんは、さっきまで間違いなく我が家のリビングにいて、

ソファーに座って赤ちゃんに母乳を飲ませていたはずだ。


それが今はどうしたことだ。

さっきまでいたリビングとは、まるっきり違う光景が広がっている。

空は一面青く晴れ渡り、大地には鮮やかな色とりどりの花が咲き乱れている。

その中に私は、産まれたばかりの我が子を抱きながら立っていた。

私だけじゃない、マコトさんも同じだ。

着ているモノもなぜか、ディストピア系のSFモノでキャラが着ているような、

アイボリーっぽい色合いの、上下のセットアップみたいな服になっていた。


「ここは・・・どこ・・・?」


「え・・・?え、ユウカさん・・・?私たち、さっきまでおうちにいたはずじゃ・・・」


「そのはず・・・なんだけど・・・何?いったい何が起こってるの?マコトさん、大丈夫?」


「ボクは大丈夫ですけど・・・ユウカさん、落ち着いて・・・」


「落ち着いてられるかぁ!!ただでさえいろんなことが起きすぎなんだよ!!

ようやく赤ちゃんが産まれてきて、さてこれからどうしようかな、って考えないといけないってこんなときに・・・」


『まったく・・・威勢のいいことだな』


おい・・・嘘だろ、勘弁してくれよ・・・

ただでさえ頭が混乱しそうになってるってのに、

このタイミングでは、その声は絶対に聞きたくなかった。


「この声・・・まさか・・・あなたは・・・」


「てことは、ここはお前の・・・」


『察しがいいな、その通りだ、ここは私の庭だよ』


「ハーリティー!!」

「ハーリティー様!?」


私たちがそう叫ぶと、花畑を掻き分けるようにして、一人近付いてきた。

ゆるーくウェーブのかかったスーパーロングの黒髪が揺れ、

顔はインド人っぽくてちょっとクドいけど整っていて、褐色の肌に赤い瞳を湛え、誰がどう見ても美人に思える。

服装は私たちが着ているモノに似てるけど、私たちが着ているモノよりも少しばかり上品な造りなのを感じさせ、

その首にはなんかチャラチャラした金色のネックレスが何本も輝いていた。


そして何より・・・でけぇ。

背もでかけりゃ、乳もでけぇ。

母乳でパンパンになってる私たちのおっぱいが、思わず霞んでしまうくらいだ。

女になったとはいえ、やっぱりでけぇ乳って、見ちゃうもんなんだな。


ていうか、これが・・・こいつが、そうなのか・・・?


「ふむ、それが君たちの・・・そして『私の子』か、なかなかかわいいじゃないか」


あぁ、そうだわ、間違いないわ。

こいつがハーリティーだ。

あの夜に私とマコトさんを導き、私たちを女にして妊娠させ、そして出産にまで至らせた張本人。

言ってみれば、この子たちの『パパ』だ。

『パパ』だなんて言えるような見た目ではないんだけどね。


いや、ていうか、なんで私たちはこんなところに連れてこられたんだ?

ハーリティーが私たちをここに連れてきたのは間違いなさそうだけど・・・


ぼんやりとしていても仕方ない。

私は単刀直入に、ハーリティーに聞いてみることにした。


「なんで私たちはこんなところに?なんかの目的があって、私たちに姿を見せてるんじゃないの?」


「私は自分の子供を一目見ることすら許されないのか?」


「見ようと思えば、いつでも見られるでしょうに・・・」


「ふむ、まぁいい、確かに目的があって、君たちの前にこうして姿を見せているのだからな」


やっぱりこういうことは、すぱっと聞いてみるに限る。

もっとも、そりゃハーリティーからしても、この子たちは自分の子なわけだから、

産まれたばかりの我が子に会いたい気持ちも、分からなくはない。

それはそれで、目的の一つではあるんだろう。

返す刀でマコトさんが尋ねていく。


「じゃあ・・・ハーリティー様はどうして私たちの前に、お姿をお見せになられたのですか?」


「そうだとも、では私からの用件を話させてもらおう

私は君たちに・・・選択肢を与えに来た」


「選択肢を・・・?」


「与えに来た・・・?それって、いったい」


いったいどういう選択肢があるというんだ。

というか、この期に及んで、選択肢を与える余地が存在していたのか。

あの日、ハーリティーからの手紙に書いてあったのは、私はこれからの人生を女性として生きていかなければならないこと。

そして、それは神であるハーリティーを欺いた報いであること。

マコトさんにもほぼ同じ内容の手紙が届いていたことは、家にいたときに聞いた。

だから、今こうしてハーリティーが「選択肢を与えに来た」と言ったところで、「何を今さら」感がある。


「ホント、どういう選択肢があるっていうのよ、何を今さら・・・」


「何を今さらと君たちが思うのも仕方ないのは、私も認めよう

しかしだな・・・君たちが立派に母親となったのを見て、私も少し気が変わった」


「ボクたち・・・神様の心を動かした、ってことですか?」


マコトさんのその言葉に、ハーリティーは穏やかな顔を浮かべると、続けざまに話を進めていった。

それが、ハーリティーが私たちに与えた選択肢の内容に繋がっていったんだけど・・・


「女となった君たちは、その胎に赤子を育み、見事に産み落としたわけだ

正直に言って、私は感服させられた

まさか男だったはずの君たちが、ここまでしっかりと妊娠生活を過ごしてくれるとは、私も思っていなかったのだよ

必ずやどこかで音を上げるに違いないと思っていたが、見事なまでに裏切られた」


「それは・・・褒めてるの?」


「もちろんだとも、だから、まず一つ目の選択肢だ

君たちを、元の男性に戻してあげようじゃないか」


それを聞いた瞬間に、私もマコトさんも目が丸くなった。

元の男に戻す?そんなことができるのか?

いや、できるんだとしても、それじゃあ、この子たちはどうなる?


「もちろん、リスクはあるがな

元の男性に戻す代わりに、ここまでのことはすべてなかったことにさせてもらう

君たちが子供を宿し、産んだ事実は消え去り、そのこと自体が君たちの記憶から消え去ることになる」


「い・・・イヤだ!!男に戻れるんだとしても、そんなリスクはイヤだ!!」


私は声をあげた。

ハーリティーが言っていることはつまり、男に戻れる代わりに、ここまでの記憶をすべて失うということだ。

ということは、マコトさんと出会えたことも、すべて夢の中の出来事ということになってしまう。

産婦人科の待合室で転びそうになった私を助けてくれた、あの一番最初の出会いから、

仲良くなって2人で戌の日詣りに行って、一緒に暮らすようになって、

そして一緒に赤ちゃんを産んだ、その思い出が全部なくなるだなんて。


マコトさんの顔を見てみると、マコトさんも同じ想いでいることが感じ取れた。

そもそもマコトさんは、元から女性になりたがっていたわけだから、

「記憶を失う代わりに、男に戻ることができる」と言われたところで、その選択肢を選ぶ理由がない。

そりゃそうでしょ、アレだけ女性として生きていきたいと願っていたんだから、

そんな選択肢をマコトさんに与えること自体が大間違いだ。


「ボクだって、そんなのはイヤですよ!せっかく女の子になれたのに!」


そりゃマコトさんもそうなるよね。

私はまぁ、「え?戻れるの?」って思いはしたけど、マコトさんにそんな考えがないのは、考えなくても分かる。


「子供は私が責任を持って預かるとしても、かね?」


「当たり前でしょ!ハーリティー様も何を考えてるんですか!」


「マコトさん、落ち着いて・・・」


しかし、ハーリティーは、私たちが1つ目の選択肢を断ることは織り込み済みだったかのような顔をしていた。

ホントムカつくな、分かってて聞いてきたのが丸分かりじゃねぇか、そんなん。

その上で、こんなことまで言ってくるんだから。


「やはりな、まぁ、君たちの望みだったわけだからな」


「分かってんなら聞くんじゃねぇよ!!」


「ははは、そう怒らないでもらえるか

であるならば、二つ目の選択肢だ

二つ目の選択肢は、このまま女性として、母親として暮らすがいい

もちろん子供は君たちの手で育てることになるし、もし相手が見つかるなら、その者と生涯を共にするがいい

そうでないならば・・・君たちの世の言葉では「シングルマザー」と言うのか?そのように生きるがいい」


こっちは、本来の筋として、ハーリティーが私たちに与えた『報い』のほうだ。

だとすれば、それは『選択肢』ではない。

『選択肢』というよりも、『既定路線』と言ったほうがいいだろう。

シングルマザーとして、この子たちがある程度大きくなるまでの対価は確かにもらっているし、

相手さえ見つかるなら、その相手との子供を作ることもできる。

身体はとっくに女にされてるわけだから、体力や体調が許す限りは、この先も何度か妊娠出産することができる。

しかし、それは。


「相手が見つかりすれば・・・なのよね・・・」


「相手・・・相手かぁ・・・」


「本来的に私が、君たちに求めた道なのは分かるな?」


言われなくても分かる。

私としては、まぁそれでも構わないといえば構わないけど、

相手が見つからない限り、仮に見つかったとしても、再びお腹を大きくできるのかどうか。

あと、なんとなくマコトさんの歯切れが悪いのが気になった。


「んー・・・んー・・・」


「・・・マコトさんは何を唸ってるの?マコトさんくらいかわいかったら、すぐに素敵な旦那様と巡り会えそうな気がするけど」


「・・・これ、言っちゃってもいいのかなぁ」


何を考えてるんだろう。

何を迷っているんだろう。

マコトさんの顔を見ながら、私もそんなことを考えていたら、マコトさんがボソッと呟いた。


「・・・ユウカさんと一緒にいたい」


「・・・えっ!?」


「どうせまた妊娠できるんなら、ボクはユウカさんの赤ちゃんがほしいな、って・・・

でも、そうなると、ユウカさんは男に戻らないといけないし、ユウカさんが男に戻っちゃうと、それって・・・」


なんてことを言うんだ。

いや、それだけ私のことを思ってくれるなんて、私だって嬉しいよ?

私からしても、私が憧れたマコトさんと、これからも一緒にいられるなら、それほど幸せなことはない。

だけど、マコトさんが言った通り、マコトさんが私の赤ちゃんを妊娠するためには、

私は男に戻らないといけないし、そうなってしまうと、私はマコトさんのことをいったん忘れないといけなくなる。


となれば、マコトさんは、『まったく知らない男の子供を孕んでしまう』ことになってしまうし、

私視点で見ると、私は『見ず知らずの女を孕ませるような甲斐性なしの男』になってしまう。

うわ、そう考えたら、確かにそれはイヤだな。なんていうか生理的にイヤだ。

マコトさんに魅力がないわけではまったくないんだけど、男だった頃の私はそんなことしたくない男だったんだ。

だとしても、私だって男に戻るつもりは、もはやないんだ。


だけどそうなると、私もマコトさんも、再びお腹を大きくする機会が、ほとんどなくなることになるも同然だ。

別に、女だからって妊婦女装しちゃいけないわけじゃないんだけど、

一度『リアル』を経験してしまうと、そうしたところで、ただただ虚無感に襲われるだけになると思う。


「ははは、やはり君たちはお似合いの間柄だったな」


「なんだよ、その言い方・・・」


「気に障ったなら申し訳ない

あの夜に私のところへ来たときに、私も、そういう人間がいることを知った

ならば、三つ目の選択肢だ

これこそ君たちには最良の選択肢になると思う」


そこまで選択肢を与えてくれるホスピタリティの高さに、こっちもなんか申し訳なくなってきた。

言ってみれば、神の力を悪用したようなものなのに、

そんな私たちにそこまでの配慮をしてくれることが。

そしてそれは、確かに、私たちにとっては理想的かつ最良の選択肢ではあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふっ・・・ううぅ・・・うぅぅぅぅぅんっ!!」


「桃谷さん!もうすぐ頭出てきますからね!」


「桜ノ宮さんも、あと少しですよ!しっかり呼吸して・・・息んで!」


「ふううぅぅぅぅぅ・・・うううぅぅぅぅぅんっ!!」


「おぎゃあっ!おぎゃあっ!おぎゃぁぁぁぁぁっ!」


「おぎゃぁぁぁぁぁっ!おぎゃっ・・・おぎゃぁぁぁぁぁっ!」


「はーい!お二人とも、おめでとうございまーす!元気な赤ちゃんですよ!

『初めてなのに』、すっごい綺麗に産まれてきましたね!」


「はぁっ・・・はっ・・・あぁっ・・・」


「あっ・・・はぁっ・・・ありがとう、ございます・・・」


あの花畑でハーリティーに会ってから、どれほどの時間が経っただろう。

その間に私たちは、何人の赤ちゃんを産んできたんだろう。

それはさておき、私とマコトさんは、同じ分娩室で一緒に赤ちゃんを産んだ。

何度産んでも、私たちはいつでも『初めての妊娠出産』ということになっていた。


それはいったいどういうことなのか。

話を戻そう。


「ならば、三つ目の選択肢だ

これこそ君たちには最良の選択肢になると思う」


「最良の選択肢・・・?」


「どういう意味ですか?」


「君たちは、ともかく妊婦のようにお腹を大きくして過ごしていることが楽しいのだろう?幸せなのだろう?」


そう言われてしまうと、身も蓋もない。

身も蓋もないけど、少なくとも私には間違いではないから、言い返しようがない。

マコトさんも、『本物の女性』として『本当に妊娠できること』に幸せを感じられるのだから、恐らくは間違っていない。

そう言われたあとでマコトさんの顔を見てみたら、

マコトさんも少し顔を赤らめて、恥じらいを感じている様子があった。

そんなマコトさんも、またかわいかったんだ、これが。


「う・・・まぁ・・・それは・・・まぁ、その・・・」


「だからこそ、この三つ目の選択肢なのだ

君たちはここがどこなのか、はっきりとは分かっていなさそうだね」


「言われてみれば・・・そう、ハーリティー様、ここはどこなんですか?すごい綺麗なところですけど」


「君たちの言葉でいうところの『三途の河原』だよ」


三途の河原!?ここが!?

私たちが昔話とかで聞いてイメージするところとは、雰囲気が違うぞ!?

私たちのイメージだと、三途の川の河原ってのは、石がゴロゴロしてる殺風景なところなんだけど・・・


「といっても、ここは三途の川の彼岸だ

つまり、成仏した者共が渡った側・・・浄土というわけだ」


「え・・・!?じゃあ、ボクたち・・・死んだんですか!?赤ちゃんも!?」


「違う、慌てるな、私が仮にも神仏の類いであることを忘れてるな?」


そういやそうだったわ。

ハーリティー、日本で一般的に言うところの鬼子母神、安産と子安の神様だ。

つまり、ここはハーリティーの住処ということになる。

私たちはハーリティーの家にお呼ばれされているというわけだ。


「なかなかいいところに住んでるんですねぇ」


「これ、そういうことも言うものではない

それはさておき、だ、河原の向こう側がどうなっているかは、さすがに分かるだろう?」


「三途の河原ってことは・・・子供が石を積んでるんですよね?」


マコトさんが言った通りだ。

私たちが知ってる三途の川の話では、幼くして死んだ子供たちの霊が、河原で石を積み、

3つ積んだ子から成仏して、次の世に転生していく、というアレだ。


「その通りだ、しかしどうしたことか

この頃は石を積む子供の数が増えている

それほどまでに君たちの世というのは、子供が死ぬようなことがあるものなのか」


ハーリティーのその言葉に、私もマコトさんも顔色がなかった。

事故はともかくとしても、ニュースでも散々、虐待や戦争での被害などが報じられている。

そのたびに犠牲になるのは成人だけではない、子供だってそうだ。

そのことを見聞きするたびに、私たちの心は締め付けられる思いがするばかりだった。


「・・・」


「まぁ、話したくないようなことなのは分かった

しかし、このままでは、三途の河原も仕事が増えていく一方、私の負担も多くなるばかりなのだよ

私としては、この子供たちの霊をなんとかしなければならない」


「それって、どういう・・・まさか!?」


「察しがいいな、その通りだ」


このときばかりは、ハーリティーが子安の神様であることに戦慄した。

子安の神様ということは、妊娠を望む人たちへのご利益を考えなくてはならない。

じゃあ、その、いわば『原資』になるものは、いったいなんなのか。


「君たちは、できることならお腹を大きくして過ごしていたいのだろう?

ならば・・・その胎、私に捧げてくれないだろうか」


「・・・一種の『代理母』になれ、ってことかよ」


「君たちの世ではそういう存在もいるらしいな

そういう言い方で腑に落ちるのならば、そう考えてもらって構わない

とにかく私は、この子供たちの霊魂をどうにか処理しなければならないのだ」


私もマコトさんも、男に戻るつもりがないことは、ハーリティーにも伝わった。

マコトさんはこれからも私と一緒にいたがっているから、旦那様を見つけるつもりはないことになる。

マコトさんと一緒にいられるなら、私だってそれで構わない。

しかし、ということは、私たちは次の妊娠の機会が極端に減るというわけだ。


ハーリティーは、その『機会損失』を「補填しようじゃないか」と言っているのだ。

つまり、私たちの子宮を借り腹にして、日々増えていく三途の川の子供たちを転生させたい、ということだ。

確かにその提案は魅力的だ。ハーリティーが言う通り、『最良の選択肢』だと思える。

だけど、そうなると私たちは、ひっきりなしに妊娠して出産することになる。

それはそれで、私たちの身体への負担がエグいことになるんだけど・・・


「そこに対しての補償はもちろんさせてもらう

今度は、私の手伝いをしてもらうことになるわけだからな」


「・・・あなたを騙したボクたちに、そこまで手厚くしてくれるのは、何故なんですか、ハーリティー様?」


「先にも言ったがな、私は君たちに感服させられたのだよ

君たちは見事に成し遂げた

そして、この話を受け入れるのなら、今度は私の手伝いをすることになる、いわば私の眷属になるわけだ

となれば、その負担を減らすのは、私の役目だ」


ハーリティーが言いたいことはなんとなく分かった。

神の眷属か・・・なんか中二病っぽいけど、肩書きとしてはカッコいいじゃん。

それで妊娠して、お腹を大きくできる機会が保証されるんなら、話としては悪くない気はしてきた。


「・・・補償ってのは、どういうことになるんですか?」


「君たちを不老にする

そして、何度も何度も子を孕むことが怪しまれないよう、ひとたび産むごとに、人々の記憶を消させてもらう」


「え・・・?じゃあ、それって・・・」


「ボクたち、もしかして・・・一生初産を繰り返す、ってことですか!?」


「それだけではないぞ

産まれてきた子供は、子に恵まれない者共に与えるつもりだ」


待て待て待て待て。

てことは私たち、マジで代理母になる、ってことじゃん。

妊娠と出産を繰り返すだけ繰り返して、しかもそのたびに初マタ扱いにされるだって?

いや、でも、待てよ?

『ひとたび産むごとに、人々の記憶を消す』とも言ったな、こいつ。

てことは、産まれてきた赤ちゃんが私たちのところにいなくても、みんなから不思議には思われない、ってことか・・・


「私たちの記憶はそのままなのよね?」


「その通りだ

人々からは初産に思われるが、君たちの記憶や知識はそのままだから、

出産を繰り返すごとに、よりよい方法を自分で作り出せるだろう」


私はちょっと考えた。

確かに話としては悪くない。

ハーリティーに指摘されるまでもなく、私たちが妊婦女装をしていたのは、

「せめて見た目だけでも本物の妊婦さんみたいになりたい」からだ。

言い方はアレだけど、大きなお腹を抱えて日常を過ごすことに幸せを感じているんだ。

出産はその副産物でしかない。経験できるのは嬉しいけどね。


この話を受け入れると、その願いは半永久的に叶えられることになる。

半永久的ってのは、ハーリティーが「不老にする」と言ったからだ。

不老ではあっても不死までは言ってない、だから『半永久的』だ。

半永久的に妊婦さんでいられるのは、確かに私たちにとっては悪くない話だ。


それでも、私は少し考えた。

悪くない話なのは、もちろん理解できている。

それに対してハーリティーが補償してくれるのも、なんら問題はない。

理解するのと、納得するのは、似て非なるものだ。


「ボクはいいですよ、喜んでボクのお腹をハーリティー様に捧げます」


「マコトさん・・・ホントにいいの?」


「だって、もう『さくらのみや・まい』として過ごさなくてもいいんですよ?

『さくらのみや・まこと』として、堂々と女性として、妊婦さんとしていられるようになるんですからね」


私はハッとした。

そうか、そういえばそうだ、そうだった、マコトさんはそうだったんだ。

『さくらのみや・まこと』として悩み、『さくらのみや・まい』として苦しんだマコトさんは、

この話を受け入れることで、ついに『さくらのみや・まこと』として生活できるようになるんだ。

マコトさんのその言葉で、私にも決心がついた。


話をもう一度戻そう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おめでとうございます、おめでたですよ

この様子だとちょうど10週ってところですね」


「わぁ・・・ありがとうございます!」


私は病院で診察を受けていた。

もう言うまでもないだろう、妊娠検査だ。

マコトさんもマコトさんで、ちょうど同じ病院の、マコトさんは違う検査室で、

私と同じように妊娠検査を受けているところだけど、結果は聞くまでもない。

みんなからしたら私たちは初めての妊娠だけど、私たちはつい2週間前に出産したばかりだ。

ハーリティーの三つ目の選択肢を受け入れてからの私たちは、もう何年もそういうペースで妊娠と出産を繰り返していた。


「ユウカさぁーん!どうでしたぁー?」


「もちろんバッチリよ、マコトさんは?」


「えへへ・・・もうっ、聞かなくたって分かるでしょ?」


「そうね、ふふっ」


そんなことを話しながら、私たちはその足で役所に行き、妊娠届を提出した。

こうして母子手帳や諸々の書類を受け取るのも、もう慣れっこになっちゃった。

慣れた風景、いつもと変わらない街並み、私のそばにいるのはいつだって。


「ねぇ、マコトさん」


「ん?なぁに、ユウカさん?」


「あなた、ホントによかったの?

あなたならいくらだって素敵な旦那様と出会えたでしょうに」


「だから、いつも言ってるじゃないですか、ボクはユウカさんと一緒にいたいんですよ

『さくらのみや・まこと』として、ユウカさんと一緒にいられるなら、ボクはそれでいいんですよ」


ホント、どれだけの時間を一緒に過ごしていても、マコトさんのそういうところは変わらない。

そりゃ私だって、マコトさんと一緒に過ごせているのがどれだけ幸せなことか、

それは私もマコトさんにいつも言ってる。


ハーリティーの話を受け入れたことで、マコトさんの名前は『さくらのみや・まこと』に戻った。

戸籍やマイナンバーカードでそのことがはっきりしたときのマコトさんの顔は、今でも覚えている。

嬉しさが爆発して、それでいて『さくらのみや・まい』という名前とお別れすることになった寂しさも一緒になって、

嬉しいのか悲しいのか、よく分からない感情、

それでいて夢が完全に叶ったという喜びで、顔が涙でぐちゃぐちゃになってたっけ。


私はというと、何も気にせずに大きなお腹で過ごせるようになったのは、確かに嬉しかった。

お産は何度も経験しても未だに痛いし苦しいけど、それでも赤ちゃんが産まれてくるときの気持ちよさは何物にも代えられない。

そして、そこまでの間隔を置かずに、私たちはまた赤ちゃんを胎に宿す。

それに今回は、実はいつもとちょっとだけ違うことがあった。


「・・・アレ?ユウカさん、母子手帳・・・」


「あ、分かっちゃった?そうなのよねぇ・・・って、マコトさん、あなたもじゃない」


「えへへ・・・やっぱ分かっちゃいます?」


私たちはそれぞれ、母子手帳を『2冊』発行された。

それがどういう意味を持つのか、もう分かるだろう。


「双子ちゃんは初めてですねぇ~」


「そうよねぇ、お医者様に言われたとき、ビックリしちゃったわよ」


そう、私たちの今回の妊娠は、双子だった。

何度も何度も繰り返してきた妊娠だけど、双子は初めて。

そういう意味では、今回ばかりは『初めての妊娠』だと言ってもいい。

もしかしたら、これで何も問題なかったら、これからしばらくは双子が続くことになるかも?


「ちゃんと産めるかなぁ・・・さすがに心配になってきちゃった・・・」


「大丈夫ですよユウカさん、何かあっても、ボクたちには『あの人』がついてますから」


「・・・そうね、なんてったって私たちは、『あの人の眷属』ですものね、ふふっ」


「そういうことですよ、ふふふっ」


双子なら、私もマコトさんも、結構な大きさのお腹になるだろう。

そうして大きくなっていくお腹を、私たちはお互いに愛でながら、日々を過ごしていくんだ。


「ね、ユウカさん」


「なぁに、マコトさん?」


「今度はどうやって産みましょうね?」


「もう・・・気が早いわよ、マコトさんったら、それよりも今日のごはんどうしましょうね?」


「私、キーマカレー食べたーい!ユウカさんのキーマカレーおいしいんだもん!」


「はいはい、分かったわよ、食いしん坊さん」


これからも私たちは一緒に過ごしていく。

これからも私たちは、『変わらない日常』を過ごしていくんだ。


Fin.

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