第2章
第2章
あの人いつも暴力を奮ってくる。
正直言って怖い。
こんな場所に勤めるんじゃなかった…。
上司は優しさの欠片も無いし、患者はほぼ病んでる人か暴力沙汰の人。
今日は女の子が405号室に入ってくるって言ってたっけ。
その子はどんな子なのだろうか。
そうこう考えているうちに405号室前まで来てしまった。
できるだけ笑顔で患者に接する。
私のモットーだ。
今日はあと3時間で勤務時間が過ぎる。
もう少しの辛抱だ自分。
笑顔で私は引戸を開けた。
大きなベットに一人の少女と白で全てが統一された部屋。
少女は1人ぽつんと座ってなにかにずっと話しかけていた。
「こんにちは。」
私が話しかける前に少女が話しかけてきた。
何年もこの仕事をしているが、初めての体験だった。
こんにちはと私が返すと、
「私ね、リリィっていうの。」
と自己紹介をしてくれた。
一般の人からしたらごく普通の会話かもしれないが、私としてはとてもとても嬉しかった。
傍に寄ってみると、少女は手に檸檬を持っていた。
なんて呼べばいいかなと聞くと
「私ね、リリィって呼んで欲しい!」
と元気よく言った。
この子は…リリィは何故こんなにも愛おしく感じるのだろうか。
彼女の顔を見ると、あの上司が言っていたように目が見えないらしく瞳の色は透き通っている海のようなとても綺麗な色をしていた。
まるで彼女の心中のように。
私は上司に頼んでリリィ専属の看護師にさせてもらった。
嫌いな職場でも、上司でも、リリィという花が私に光と活気、そして優しさを与えてくれた。
それからというもの私は今日に至るまで、リリィのおかげで職場に行くことがとても楽しかった。
沢山沢山リリィの優しさやその他の事等を沢山知れた。
ただ、1つを除いては。
その日もリリィの心のケア等を行いつつ沢山話をした。
リリィにはたくさんの知識があり、頭のいい人でも知らなそうなことを鼻を高くすることなく、楽しそうに話してくれた。
その中には魅力が詰まったものから驚かされることなど豊富だった。
リリィは檸檬を触っている時とても不思議そうな顔をする。
まるで、誰にも見えてないものの音を親身になって聞こうとしているかのように。
リリィの近くには透明な硝子に入ったたくさんの檸檬が置かれている。
その隣には、なんと読むか分からないリリィ独自の字でなにか書いてある。
リリィにこれはなんて書いてあるの?
と尋ねると、リリィは
「ちょっと待ってね。」
と言って手探りで大きな紙を探し出してリリィ独自の字を五十音順に書いてくれた。
どこが始まりかは口頭で伝えてくれた。
少しづつ変わっている五十音を見ると、本当は目が見えているのではないかと疑いたくなるほどだった。
そのことを頼りに私は五十音を見ながら、その言葉を読んだ。
“はいけい あなたさまへ”
リリィと別れて家に帰り、風呂に入っている時あの言葉の意味を考えていた。
私がリリィの部屋に入る前にもうそれは置いてあった。
尚且つわたしにそのものの話をしないということは、私宛に置いてあるものでは無いということだ。すなわち、私以外の何かに向けて檸檬を置いているということになる。
では、それは誰に向けてなのか。
部外者が精神科の病棟に入ることはまず、不可能だ。
高い高い塀が病棟を囲っているからである。それも、数メートル程のものでは無い。
高さ35メートル以上あるものだ。
それにリリィには家族がいないということもある。最後に私のみしかリリィの担当をしていない為、私とリリィ以外部屋にはいる者はいない。
ということになる。
では、一体誰に向けてのものなのだろうか。
そんなことを長々と考えていたら、湯冷めしてしまいとても寒かった。
リリィに翌日なんの為に、そして誰の為に置いてあるのか最後の質問をしてみようと思った。
だが、その思いは叶うことなく散った。
檸檬を見て、喋っていたのだ。
“死神さん 林檎の観察って楽しいね”
今日はリリィが退院する日だった。
私は何も見ていないふりをして声をかけた。
おはようリリィ。準備は出来た?と。
リリィは
「私ね、頑張って準備したの!」
と言っていた。
それ以降リリィには会っていない。
悲しいことを思い出すかもしれないということで会ってはいけないという暗黙のルールがあった。
私には触れることの許されない空間。
私には理解し難い空間。
絵空事を見ているかもしれない彼女は今一体どこで何をしているのだろうか。
私にはもう、分からない。