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ツクヨミ・ユースフル  作者: 脚本家
7/7

Fry me to the ……?

「アポロ(Apollo)」

ローマ神話における、太陽神の名。


「アポロ計画(Apollo program)」

人類初の有人月面着陸を成功させた宇宙飛行計画。

 「こりゃぁ……だいぶ可哀想ね」

 車椅子に腰掛けて、行儀悪く足で椅子を前後させながら、書類に目を通している女がひとり。

 「まぁ、知らぬが仏、かしらね」

 車椅子から立ち上がり、服の構造上曝け出されたお腹まわり、その背中に両手をついて上体を反らしながら、逆さの視界で庭に転がる少年を視界に収める。

 「ん~~~っ、とと……さぁ、“調律”を始めるわよ」











 闇に溶けていた意識が、浮かび上がる感覚。

 オレの右の瞼を、何者かが指で撫でたのがわかった。


 「【純粋渇望のアポロ】くん、起きて頂戴」


 (【純粋渇望の、あぽろ】?)

 知らない言葉だ。

 しかしそれが、オレの名前である、と直感で理解した。

 だから、家族に名前を呼ばれたように、自然な反応として、瞼を開いた。




 「うん、右目の復元おっけー!」

 また骸骨が映るのかもしれない、と、どこか構えた気持ちだったが、オレの眼前に居たのは、奇妙な女だった。

 「……誰、だぅ、すか?」

 その女の言う通り、失くした右目が有ることに反応する間も無くして、あまりにも近い距離にあった、その……端整な顔立ちに、当然の疑問すら詰まってしまう様相だった。それを見透かしてか、女は笑いをこぼしながら答えてくれた。

 「アタシは【調律師】。アナタを迎えに来たの」

 「……ちょうりつ?」

 またしても聞き慣れない単語に戸惑いながら、上体を起こす。

 「あー……深刻に考えるとお腹を壊すわよ」

 コホン、と彼女は咳払いをした。

 




 「ひとつ訊くわ。――アナタは、何が欲しい?」




 「え?」

 「いいから」


 「……オレは、」

 “承認”と答えるのは、違っているような気がする。

 では、何が欲しかったんだろう?

 「オレは、兄上たちのように、武功を讃えられたかったはずで……」

 だけどそれで得られるものは、承認と称賛。そんなものは欲しいわけじゃなかったと気付けた。


 「……………………。」

 (いったい、なんのために……)

 欲しいものは手に入らないどころか見失い、失いたくないものはオレのせいで無くなった。

 光のない、曇った夜空を見上げた。答えが無いようだ。


 「今はまだ、ぼんやりでも。なんなら、わかんなくたって良いよ? でも、いつか必ず、自分で見つけるのよ」

 俄かに、風が吹いた。


 「いつか?」

 「アナタのその問への答えは、これから探すことだってできる。ていうか、今即答できなくても無理ないわ。ちょっと急ぎ過ぎたかしらね」

 「……オレに、この先なんて、無いよ。全部失ったんだから」


 「だからこそ、迎えに来たのよ。アナタは、またここから始める必要がある。――ツクヨミが飛び立ったみたいにね」

 雲が途切れ、月が覗いた。


 「ここから? オレが?」

 オレは驚きながら【調律師】に顔を向けた。

 「そ。まだアナタはまだ、終わってないのよ」

 彼女はオレのそばに歩み寄り、少し(かが)んで手を差し伸べてきた。


 「現実に立ち向かうための場所に、連れて行ってあげる」

 月光が、辺りを照らし出す。




 ツクヨミが言った言葉が、脳裏によみがえる。

 『お前は現実から逃げ(おお)せることに成功したのだ』

 『これより夢となる』


 (現実から逃げたから、夢になり、そして醒めてしまった)

 (それなら)


 オレは、差し出された手を握った。そのまま握り返されて引っ張られ、立ち上がる。




 「上出来! よし、行くわよ」

 そのまま池にツカツカと歩いていく。

 「こういうタイプの“扉”は管理がめんどくさいのよね~」とよくわからない事をぼやきながら。


 オレは引っ張られながら、後ろを振り返る。

 事切れた父上、その兵達が散らばる庭を月光が照らす。

 車輪が付いた(から)の椅子は、部屋の奥の暗がりでオレに背を向けていた。





















 池に飛び込んだオレと【調律師】は、白い空間へ落ちて来た。

 床に激突する前に、ふわりと体が浮いて、激突はしなかった。

 「うん。華麗な着地ね」

 

 例によって体は濡れていない。

 見上げれば、池の水面が宙に広がっている。いや違う、これは――

 「屏風?」

 オレ達の頭上に、池の絵が描かれた屏風が床と平行して浮いていた。しかし池の面は揺らめいて、水が張っている。


 「おおー、こりゃ便利な! 考えてくれてるわね【アイツ】も」

 彼女が屏風に手を伸ばすと、屏風は見る間にパタパタとひとりでに畳まれ、彼女の腕に収まった。【調律師】はそれを立て掛けるでもなく、ぽいっと投げ捨てるように放ってしまったが、屏風はそのままふよふよと漂って行ってしまった。


 (なにがなんだか)

 それを呆然と見ていたオレの背中に、何かが当たった。

 振り返ると、扉がそびえていた。

 急き立てられるように、取っ手に手を伸ばした――


 「あーっとストップストップ!! 開けちゃダメよ!」

 大声にびっくりして、手を引っ込める。


 「アナタはここで決着を付けないといけないんだから」

 オレのなかの、扉をくぐりたくなる本能のようなものが、その一声で和らいでいく。

 「ぁあ、そう、か……」

 (そうだ、オレはここで)




 「そう、その調子で。いい子にして待ってるのよ」

 「え? どこへ!?」

 「アタシはアナタだけに構ってあげられないの、残念だけど」

 一方的に言い残して、彼女は駆け足で去って行った。

 「えぇ……」




 あらためて、この空間を見上げる。

 壁も、天井もない、白い空間に、扉が無数に点在し、漂っている。

 (上の方にある扉はどうやって入るのだろうか)


 そんなことを考えながら、オレはここで待たなければならないのだった。




 問に決着をつけるために。

Title:ツクヨミ・ユースフル

Theme:承認要求の暴走

Type1:悲劇

Type2:怪奇譚

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