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ツクヨミ・ユースフル  作者: 脚本家
6/7

可惜夜が明ける時

いずれ、天下泰平の世が来る。

その世界に、武勇は要らないだろう。

そうなれば我らは、刀ではなく政を執ることになる。

――だからあの子には筆を握らせた。

いずれ来たる世界を、照らす光として。


これが私の、あの日の記憶。

 骸骨たちの武家屋敷に、オレは足を踏み入れた。

 瞬間、違和感に気付いた。

 否、違和感ではない。




 “既視感”だ。




 床が遠い。戸が低い。柱が短い。

 あの頃とは何もかも異なる見え方をしている。


 そのはずなのに。


 知っている。知っている知っている。


 (この床板は、ここを踏むと大きめの音で軋んでしまう)

 (この(ふすま)は、建付が若干悪くて開けるのにコツが要る)

 (この柱の足元に、何度も車輪をぶつけて(きず)をつくってしまった)


 知らない世界にオレは居るはずなのに、今のオレは見知った屋敷を歩いている。

 しかし、屋敷を歩くとすれ違うのは、やはり衣服を纏った骸骨なのである。


 「おい、どうした?」

 ツクヨミが呑気に問いかけていたようだったが、今のオレには届かなかった。


 もう足が勝手に動いてしまう。

 骸骨をすれ違いざまに砕きながら、見慣れた通路を通り抜けて。

 知らない世界の、見慣れた部屋を見つけた。




 車輪の付いた椅子が、居なくなった主を待っていた。




 部屋の障子を急いで開けると、見慣れた庭――曇天(どんてん)を映す大きな池と、それを囲むように咲き乱れるシャクヤクの群れ。






 オレは庭へ(まろ)()て、池のほとりへ歩いた。まだ、車輪の(わだち)がかすかに残っている。


 「ねぇ、ツクヨミ」

 自分でも驚くほど、弱く乾いた声だった。


 「なんだ?」

 頭の中に響く、初めて聴いたときから変わらない声。


 「この池に飛び込めば、オレは元の世界に帰れる、か?」

 「元の世界? 異な事を言う。此処(ここ)は元から“お前が居た世界”だろう」

 「違う。そんなわけないだろ。だってオレが居た世界には――」


 ゆっくりと、部屋の方へ振り向く。

 刀。矢じり。槍。

 無数の切っ先をこちらへ向けた、甲冑を纏った骸骨がずらり。


 「こんなヤツら、居なかったよ?」

 自分の声が震えていることが、嫌でもわかった。






 四方八方から、刃と物怪(もののけ)が迫ってくる。

 戦いながら、オレはまた尋ねた。


 「なあ、ツクヨミ!」

 宙で止まった矢を払い退ける。


 「なんだ?」

 突き出される槍が、ツクヨミの力で動かなくなったところを、オレが()し折る。


 「今のオレは役に立ってるよな!?」

 振りかざされた刀を捻じ曲げ、刀の持ち主の頭蓋を拳で粉々にする。


 「ああ」

 その承認は、今のオレを満たすものではなかった。

 足りないのではない。違うのだ。


 「あと少しだ。さあ、このまま押し切るぞ」

 それでも、その承認は、まだ甘美だった。

 だから、オレは自分の意志で戦い続けた。

 まだ、なにかが欲しいから。




 屋敷にいた骸骨武者、その最後の一体。


 それは、刀を地に突き刺して、両手を広げた。

 そのまま前へ、こちらへ、歩いてくる。


 「ほう……降参するとはな」

 ツクヨミが嗤いを含みながら言う。

 目の前の動く骨は、丸見えの歯の隙間から風を漏らしている。――それは、きっと、聞き逃してはならなかった声なのだろう。

 でも、今のオレにとっては、ひどく耳障りだった。


 だから、殺した。

 甲冑ごと、アバラをオレの右手で貫く。


 そのまま、オレは骨の手に抱きしめられていた。

 温度も柔らかさも無い、ただ異形の両手が背中に回されている感触。

 不気味だった。気持ち悪かった。――そう感じたくないのに。

 抱きしめられたまま、オレは首の力を抜いて、空を見上げる。……雲に遮られて、星明りも、月光も、届かない、オレを照らさない。

 (ツクヨミと共に在るはずなのに)

 孤独を感じているうちに、抱き着いてきた骨は足元に転がっていた。


 「ねぇ、ツクヨミ。これからも――」

 居てくれるか、と続きを言うことは、(あた)わなかった。






 「く、つっ、ふふっ、くふふ」

 ツクヨミが笑う。

 「ふふふふっ」

 ツクヨミは笑う。

 「ははっ、ははははは」

 ツクヨミが、嗤う。

 「はっはっはっ!」






 オレの心象など露も知らない様子で笑うツクヨミ。


 ――何の予兆も無く、オレの右目が飛び出した。

 「!?!?」

 痛い。

 「っぁあ、ぁっはっ」

 居てほしかった。

 「ぐ、があ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」


 脳髄に直接叩き込まれたその痛みに、オレは、無い右目を押さえて、のたうち回る、絶叫する。

 残った左目で、涙と血液で滲む視界で、オレはどうにか辺りを見る。


 オレの足首に縋っていたのは――

 動かなくなった人骨ではなく、胸に惨たらしい穴を空けた父上だった。




 オレのものでなくなった右目は、どんどん膨れ上がって卵となり、そしてそこから孵ったものは――


 両の目に金色の月光を宿した、オレと瓜二つの存在だった。


 「お前が集めてくれた魂で、私は肉体を手に入れた。感謝するよ」

 そう言って、月黄泉(ツクヨミ)は満ち足りた笑みを浮かべる。


 「これでお前ともお別れだ。お前は、何よりも私の“役に立ってくれた”よ」

 悪魔は、皮肉すら感じさせない純然たる感謝の声色(こわいろ)でそう言い残し、ふわりと浮き上がって何処(いずこ)かへ飛び去って行った。


 そう、憑読(ツクヨミ)は悪魔だ。

 自分の目的のために、空白を抱えたオレを誘う形で(かどわ)かし、偽りの世界を見せ、オレの“承認”を満たしてまで、オレを利用した。

 それが、オレのここまでの放浪の真実なのだろう。




 オレは、何を手にしたのだろう?

 人々も家族もすべて殺し尽くした事実からくる、“殺戮者の肩書”だろうか?

 悪魔の役に立てたという事実からくる、満ち足りた“承認”だろうか?


 でも、失ったものが多すぎる。

 右目も、家族も、ツクヨミも、他者を信じる心も、命も失くしてしまった。


 (オレは何が欲しかったんだろう?)

 「……おしえ、て……くれ」

 月は、あの時と変わらず無言を貫いた。

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