月へ手を伸ばすような
敵を倒し、その武功を讃えられる。
オレが憧れていた、父上や兄上たち。
その勇ましい境遇に、今のオレはいる。
貧相な骸骨どもを砕く、それでツクヨミが歓喜する。
今のオレを、父上や兄上たちが見たら、なんと言ってくれるだろうか。
まずオレが五体満足に歩いていることに驚くだろう。
そしてきっと、立派だと褒め称えてくれるはずだ。
「さて、今宵は此処だ」
小高い丘から、その街を見下ろしていた。武家屋敷を中心に広がった街だ。中心が城ではないにしては、夜中でも灯りが点いて賑わっているあたり、繁栄ぶりはかなりのものだろう。もちろんそれは、魑魅魍魎がつくりだした唾棄すべき虚構の繁栄だが。
髑髏たちが発する囂々とした喧噪の上で、月は雲に包まれていた。
「じゃあ、一発、楽にいっとくか」
丘から街めがけて跳躍する。
頭に思い描くは、池に落ちる花びら、その波紋。
右手を振り上げて、着地と同時に拳を地面に叩きつけた。
ドゴォン、と、風流ではない音と共に、空虚な街が本当に虚ろとなっていく。
木造の建造物が脆く崩れ去り、それに骸骨達が巻き込まれて勝手に潰れていく。
街灯りから引火したのか、所々火の手が上がり、骸骨達が勝手に焼かれていく。
まだ髑髏の隙間風が聴こえて、今一度、オレの右足で地面を踏みつける。……二度目の轟音を合図に、隙間風は崩落と劫火に包まれ、後には壊れた街を炎が舐めるだけになった……かに見えた。
ガチャガチャ、カラカラ。
今のオレには少なからず耳馴染みのある音。――骸骨武者の音。自らを愚の骨頂であると、御丁寧に体現する音。
燃える街の中で、オレは音のする方へ振り向いた。
武家屋敷の方角から、武装した骸骨達がワラワラと展開し、此方に向かって弓を引き絞る様子が、火影から見えた。刀を携えこそすれ、構える者は居ない。
「ほう? 多少は利口な様だな。近寄らずして我らを仕留めようとするか」
ひとつの髑髏が大きな隙間風を発する。それを合図に、横殴りな矢の雨が飛んできた。
「ツクヨミ、わかってるよね?」
「承知している。お前に何かあって困るのは私もだからな」
殺意の雨は全て、オレの眼前でピタリと動きを止めた。
「急げ。力を浪費するのはいただけない」
「わかってるよ」
空で静止した矢を、暖簾のように払い退けて、オレは走り出した。
矢も、刀も、オレには届かない。
ツクヨミの護りか、護られる前にオレが砕いてしまったか。或いは――
なんにせよ、オレとツクヨミは、骸骨武者たちを完全に破壊した。
――何か、違和感があった。
「なぁ、この骸骨武者さ、変じゃなかったか?」
「というと?」
「なんだか、太刀筋にキレがない。躊躇ってるみたいだ」
「異形達も戦いたくはないのであろう」
「そんな人間臭い……まさかね。『魑魅魍魎が人の様とは笑わせる』って言ったのはツクヨミだろう」
「……そんな事よりも」
一拍置いて、ツクヨミが露骨に話を切り替えた。
「この武家屋敷の異形から摂れる“無念”は特に強いようだな」
「それはどういう意味なの?」
「さてな……しかしこれは面白い。明らかに力が満ちてゆくのを感じるぞ。おかげで、あと少しだ」
「『あと少し』?」
「案ずるな。お前は『役に立っている』」
いつもなら、その言葉は俺の心に優しく染み込む筈だった。
「もう少しだ……」
期待に上擦った声で、ツクヨミが繰り返す。
あと少し、もう少しで、ツクヨミの力が満ちる。
(その時、ツクヨミは、オレは、どうなるのだ?)