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ツクヨミ・ユースフル  作者: 脚本家
4/7

三年三月の微睡み

 それからというもの、オレは、ツクヨミの指示するままに赴き、その行き先で目に映った骸骨を片っ端から叩き潰して回った。

 ツクヨミ曰く“契約の駄賃”として与えられた、このよどみなく動く身体と、それに宿る人の域を超えた剛力。それらを以てすれば、髑髏を骨粉に変えることなど容易かった。


 ツクヨミに言われるまま移動し、其処に居る骨だけの人型を壊す。

 見方によっては、オレは意思を持たない人形のようだったかも知れない。

 だが、屋敷から出る事も無いまま、車椅子に自ずと縛り付けられ、刀の代わりに筆を握らされ続けた、あの頃と比べれば、オレは遥かに生きる実感というものを得ていた。

 兄上たちの華々しい戦果に、オレは憧れていた。

 どうやら世界こそ(たが)えてしまったようだが、それでも、オレも兄上たちのように敵を蹴散らし、その成果をツクヨミが認めてくれる。

 それは、オレが欲しかったものと変わらなかった。






 例えば、こんなことがあった。


 「さぁ、今回は此処を更地にするぞ」と、ツクヨミに促された、其の場所は――

 いわゆる家屋や商店というものが軒を連ね、服を纏った人骨たちが往来する、異様な光景だった。


 「できれば、こんな形じゃなくて、元の世界に居た頃に観ておきたかったんだけどな」



 

 父上は名を上げた後、土地を任されたのだと聞いている。故に統治する街があり、その管理と守護も御家の責だった。

 だから、街についてはオレも知ってはいた。人々が行き交い、商いのやり取りをする、豊かな生活の場なのだ、と。

 しかし屋敷から出ることの無かったオレは、その、街というものがどの様なものなのか、やはり解らなかったのだ。




 それが今、目の前で展開されている。

 其処に在るのはすべて、オレが知りたかったことだった。

 ――骨が衣服を着て、隙間風のような声を上げていることを除けば。

 その隙間風が、渦となり嵐となり、オレの耳を煩わせて居た。

 (生きてもいない(あやかし)の分際で街とは……)


 着の身着のまま手ぶらで街を見るオレを、人骨たちは気にも留めなかった。

 (こいつらは何も見えていないのだろうか)

 不気味に思いながら、手始めに近くの頭蓋をひとつ握りつぶす。パキパキと、乾いた小気味よい音と手触りで、頭蓋が手の内に収まっていく。


 (さて次は……おや?)

 次に破壊する適当な骨を視界に入れたとき、骸骨たちの様子が変わったことに気付いた。

 いくつかの人骨が、パタパタと走ってオレから離れて行く。

 いくつかの髑髏の、何も見えていなさそうな暗い孔が、此方を向いている。顎が外れたかのようにガパリと空いてもいる。

 「なんだ、ちゃんと見えてるじゃん」


 尻餅をついて後ずさる人骨の胸を踏みつける。一気にアバラが砕ける感触を足裏に感じた。

 そして次の人骨へと、オレが足を踏み出した時、周りの骸骨たちは一斉に逃げ出した。まるで、凪いだ水面を伝う波紋の様に。池に落ちる葉っぱか花びらにでもなった気分だった。

 「逃げるんだな、妖でも。街に住んでることといい、なんか人間みたいだな」

 「可笑しな事を言う。魑魅魍魎を人の様だとは」

 クックッとツクヨミが笑う。

 「あ、確かにそうかも。妙だねオレ」

 笑い交じりでオレもそう返した。


 「池の波紋の花びら、か……こんなのはどうかな?」

 波紋を思い描きながら、飛び上がって振り上げた右の踵を、地面に叩きつけてみた。

 轟音とともに、右足を中心とした同心円状に、地面が跳ね上がって割れていく。建物も、骨も、其処に在ったもの全てが浮き上がり、叩きつけられて崩れた。

 「あ、できるんだね」

 「中々、風流な発想だ」






 動く骨たちの魂を集める放浪は、そんな調子で続いていった。


 ときに、ありもしない命を奪い合う合戦に乱入して全てを叩き潰したり。

 ときに、人間の真似事のような街で目に映ったものを全て砕いて回ったり。

 ときに、オレの様にひとりで歩いている骨の首をひねったり。


 思えば、腹が減ることも、眠いと思うこともなく、ただ、言われるままに骨を砕き回っていた。


 どれくらい、そんな日々が続いたのだろう。

 ツクヨミが居たために、月を勝手に慰めと妬みの依り所にしたりすることも無くなった。そもそも、今はそんな感情は消え去っていた。


 だから、オレが池に飛び込んでから、どれだけの時が過ぎたのか、オレはもう判らなかった。


 でも、それで良いと思えた。

 今のオレとツクヨミは、満月のように完全で、満ち足りていたから。

「やめろ! 私の事が分からないのか!?」

そう訴えかけても、彼は、雑音が煩わしいとでも言いたげな表情をした。

声は届かない。そう判断して刀を抜く。

ああ、なんと報告すればよいのか……。

いや、そもそも報告できるのか?

そんな迷いがあったからだろう。

私は、彼が足を振り上げていることに気付かなかった。

気付いた時には、私は宙を舞っていた。

こんな事があるのだろうか?

彼は、物怪にでもなったのだろうか。

あの時から何も変わらぬ姿のままの彼。

それでいて、何も伝わらない。

叩きつけられた私は、落とした刀を拾おうと藻掻く。

起き上がろうとした私を、彼が踏み抜く。

彼の右目には、冷たい月光のような光が浮かんでいた。

(ああ、もう彼は)

これが私の最後の記憶。

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