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ツクヨミ・ユースフル  作者: 脚本家
3/7

違う瞳

 気付いたら、オレは白い砂ではなく、緑色をしているであろう草の上に寝転がっていた。仰向けになって見れば、オレを囲むように並ぶ木立の輪の先で、青色が空を埋め尽くしている。昼間であるようだ。

 右目はもう痛くない。両腕も問題なく動く。そして両脚にも、血が通う感覚があった。


 「五体満足、なんて、オレが口にする日が来るなんてな」

 「お目覚めか? 動けるか?」ツクヨミが語り掛けてくる。

 「お前はどうなったんだ?」「私は常にお前と共に在る」


 草むらからゆっくり体を起こす。まだうまく立ち上がれないが、それでもしばらく脚を動かせば体に馴染んできた。

 「脚が動くのってツクヨミのおかげか? ありがとう」

 「礼には及ばない。役に立つ体が必要だっただけだ」

 「感謝するよ。脚を治してくれて、オレに“役に立つ”っていう役割をくれて」

 「まだ働いてもないのにそれを言うのか?」

 「それはそうなんだけど、でも言いたかったんだ。……それで? “魂を集める”って、具体的にどうすれば?」

 「ふむ、しばし待て」


 ツクヨミがそう言うと、周りの草が、その先の木々が、ざわりとした。


 「ふむ、此方(こちら)か」体が勝手にその方向へ一歩動いた。

 「よし、この先へ向かえ。林を抜けるのだ」







 言われるまま、その方向へ歩いていく。少しずつ、囂々(ごうごう)とした声が聴こえてきた。オレは、その音を聴いたことはなかった。そして林を抜けた、その先に繰り広げられていた景色は――


 鎧甲冑を着込んだ骸骨達の合戦だった。


 「……は?」

 「見ての通りだ。この世界は、互いを殺し合うような、愚かな魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蔓延る世界だ」


 骸骨の鎧武者が、刀で斬り合い、槍で突き合い、矢を射かけ合い、殺し合っている。


 「私は、このような魑魅魍魎どもの、怨嗟や無念、憎悪や悲嘆を吸い上げたいのだ。それこそが魂だからな」

 「なんでそんなものが……」

 「私は天の使いの如く、心が広いからな。世界から愚かな者どもを消し去り、負の感情を集めることが使命なのだ」


 オレは戦場となっている平原の端、林から顔を覗かせていた。


 「だけどそのためにはオレという肉体が必要だった」

 「然り。さぁ、私の役に立ってもらおうか」

 「え? なに、つまりその……戦えってことか?」

 「そうだ。ここにいる魑魅魍魎どもを殺し尽くし、血を浴びるのだ」


 骸骨達は此方に気付くことなく、あるかどうかさえ定かではない命を奪い合っている。


 「いやいや、待ってくれ。オレは丸腰で武装もしてないんだが?」

 「そのようなもの、必要がない。そうだな、試しに其処の木を折ってみろ」

 ごく普通の、切り倒せば丸太になりそうな木に視線が誘導された。

 「『其処の木を折ってみろ』?」

 「折れるはずだ。いとも簡単に、な」


 幹に右手の掌で触れ、少し力を入れて押してみる。

 メリともグシャッとも取れる音とともに、右手が幹に埋まった。木が豆腐で出来ていたかのように。


 「へ?」驚きのあまり、情けない声が出た。

 「そう、お前はすでに剛力無双。契約の駄賃だ」

 「この力で、あの骸骨達を薙ぎ倒せってか……。でもやっぱり得物はあった方が良い」


 オレは右足を後ろに引いて、一気に横に振り抜いた。回し蹴りだ。

 「()ぅ……!」

 なにも考えず蹴りを繰り出したせいで、オレは脛を強かに打って悶絶したが、木は一蹴のもと切断され、轟音とともに幹は大地に寝そべった。

 流石に片手では扱えず、両手で抱える格好になったが、それでも得物にはなるだろう。


 「それじゃあこれで……ん?」

 木を構えて、あらためて戦場に向き直ると、無数の黒い眼窩もまた此方に向いていた。どうやら木を蹴り倒した時の轟音で注目を集めてしまったらしい。

 「否、これは好都合だ。まとめて狩り尽くせ」

 「そうだね」

 端的に返事をして、オレは木を右から左へ振り抜いた。わらわらと集まっていた甲冑が、吹っ飛ぶ、木の枝葉に絡みつく、地に力なく倒れ伏す。振り抜いた勢いそのままに、オレが木を地面に叩きつけると、幾千の骨が幹に潰され砕ける音がした。

 「へぇ……これは、楽しいじゃないか」

 「その調子で、魑魅魍魎をすべて叩き潰せ」






 目に映るすべての骸骨を割り砕いた頃、日はわずかに黄色を呈していた。

 すべてを薙ぎ払うのは意外に容易く、木をそのまま振り回していたはずなのに、オレに疲労は無かった。


 「よくやった」

 「ありがとう。それで、ツクヨミ」

 「なんだ?」


 「次は何処に行けば良い?」

 「そうこなくてはな」

「ほ、報告ーーーー!」

「なんだ」

「な、なにやら……ゼェッ、木をそのまま振り回す、子供が!戦場にッ!ハアッ……兵がすでに、少なからず叩き潰されております!」

「お前はなにを申しておる?」

「本当ですッ」

「……矢を射れば良かろう」

「それが……弓兵いわく、『背中に射掛け確かに命中したはずが矢が弾かれた』と」

「そんな莫迦なことがあるか!!」

「しかs」

これが私の最後の会話。


次の瞬間、左手から樹の幹が。

陣幕を破り、部下たちを磨り潰しながら。

私が立っている場所に迫ってきた。

これが私の最後の記憶。

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